第11話 返事がない

「次ね。2番、加藤明莉あかりさん」


「はい」


すっと手を伸ばした明莉は微笑んでいる。


私は笑顔を返した。


明莉と明るい理衣子がいれば、やっていけるかもしれない。


そのまま、一人ずつ「さん」を付けて名前を呼び、出席のチェックを入れていく。


わざと大きな声で返事をする男子、はにかんで顔の横までしか手を挙げない女子。


15番目。


6年1組の最後は、和瀬亮わせりょうさん。


私の声が教室に響く。


返事がない。


手も挙がらない。


男子は6名、返事をしていないのは窓際の一番後ろ、黒のジャンパーの彼だけだ。


本を読む姿勢に全く変化はない。


まるで、彼だけ透明なカプセルに包まれていて、周りの音は遮断されている空間にいるような感じがする。


「和瀬、亮さん」


みんなが彼を見ている。


目だけで様子を見ている。


名前を間違えて呼んでしまった場合は考えていたけれど、返事がないなんて。


どうすればいいのか。


大学では教えてくれなかった。


もう一度、呼ぶべきだろうか。


声が、出るだろうか。


それでも、返事がなかったら。


「亮、呼ばれているよ」


理衣子がつまらなさそうに言った。


彼の反応はない。


もう一度息を吸い、「和瀬」まで声に出した。


「先生、亮は小さい声で返事をしました。次へいってください」  


 新担任に対して初めて敬語を使ってくれたのは、和瀬亮の前に座る鳥羽護とば守る、野球部の代表として朝礼台に上がっていた背の高いほうだった。


でも、次の人はいない。


私は6年1組と書かれた黒い表紙の出席簿を閉じた。


なんでも、そう簡単にはいかない。

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