【第45話(エピローグ)】 プロローグの終わり、あるいは「ただいま」を言うための旅路

(視点:アル・エルンスト)


 遠ざかる王都の港が、水平線の彼方に滲んでいく。  俺は甲板の手すりに寄りかかり、潮風を深く吸い込んだ。


「……行ったな」


 怒涛の日々だった。  再会、開発、動乱、そして裁判。


「何しんみりしてんだよ、アル! 冒険の始まりだぞ!」


 隣でリオが、全身で風を受けながら叫んでいる。  その元気さに、少し救われる。


「妖精大陸かぁ……。どんな美味い魚がいるかな。世界樹の樹液って舐められるのかな!」


「お前、向こうに行ったらまず『食欲の自制』から覚えろよ」


「えー、それ一番難しいやつー」


 足元では、ネーヴがブツブツ言いながら工具を動かしている。


「……魔力エンジンの回転数、ムラがある。  あと、手すりのネジ、一本緩んでる。  ……直していい?」


「沈まない範囲ならな」


 俺は苦笑して許可を出した。  相変わらずの二人だ。でも、この騒がしさが、今は心地いい。


 俺は懐から、エリシアから預かったペンダントのケースを取り出し、そっと握りしめた。  冷たい金属の感触。  でも、そこには彼女の数年分の「想い」と、俺たちの「約束」が詰まっている。


(……ふと、思うんだ)


 今回の騒動。  頭の中の計算機は、何度も「逃げろ」「切り捨てろ」と弾き出していた。  それが一番リスクが少なく、合理的で、効率的な正解だったからだ。


 でも、俺はそれを選ばなかった。


 計算を無視して、リスクを取って、泥臭い現場に飛び込んだ。  それは「正しさ」のためじゃない。


 ただ、好きだったからだ。


 先生が怒る顔も、ガルドさんの暑苦しい忠誠も、ルシアの不器用な笑顔も。  この騒がしい連中と過ごす時間が、理屈抜きで愛おしかったからだ。


 合理性だけで動くなら、俺はもっとうまく立ち回れただろう。  でも、感情で選んだこの「泥だらけの道」の方が、今の俺にはずっと価値がある。


 前の世界――日本にいた頃のこと。  学校から帰った時。仕事から疲れて戻った時。  玄関のドアを開けて、当たり前のように言っていた言葉。


『ただいま』


『おかえり』


 こっちの世界にも、似たような言葉はある。  でも、今の俺にとって、その言葉はもっと重くて、温かい。


「自分が帰るべき場所はここだ」という安心感。

「あなたを待っていた場所はここにあるよ」という受容感。  

それは計算じゃ弾き出せない、**心の「拠点」**だ。


俺は死んで、その温かさを失った。  

転生したからじゃなくて、アルという名前を失って、仮面を被って……ずっと、その言葉を言える場所を探していた気がする。


でも今、俺にはそれがある。


北の領地には、ガルドさんやレムスさんがいる。 王都には、ドワルガ先生やエリシアがいる。  隣には、リオやネーヴがいる。


みんなが、俺の帰りを待っていてくれる。  


俺が「ただいま」と言えば、心からの「おかえり」を返してくれる人たちがいる。


 それって、どんな魔法よりもすごいことなんじゃないか。


「……よし」


 俺はペンダントを懐にしまい、顔を上げた。  目の前には、どこまでも広がる青い海。  その向こうに待つ、妖精大陸。


 新しい技術、新しい出会い、そして新しいトラブル(絶対ある)。  全部乗り越えて、もっと強くなって、もっと大きな土産話を持って――


 また、先生。  そのときまで。


「行ってきます」


 風に言葉を乗せる。  誰に言うでもなく、でも、自分の中の大切な人たち全員に向けて。


 そして――


 ちゃんと、 「ただいま」


 って言って帰ってきます。  

それが、日本人(転生者)として、そして「アル・エルンスト」として生きる俺の、  計算を超えた、一番大切な「戦い方」だから。

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[1章完結]滅びた領地から始まった -多種族ごちゃまぜ国家再興計画- @Wingwind

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