【第34話】 先生、ごめんなさい。ゴブリンを領民にしました。
(視点:アル・エルンスト)
ドワルガ先生、ごめんなさい。
報告書の最後に小さく書く勇気がなかったので、この手紙で先に謝っておきます。
……ゴブリンを、領民にしました。
でも、信じてください。
ちゃんと考えてやったつもりなんです。
本当に。
たぶん。
おそらく。
◆ 光る畑の泥棒
きっかけは、あの畑でした。 先生とネーヴが全力で作ってくれた、「歌って光るニンジン畑」。
夜になると、畝うねがほのかにオレンジ色に発光して、かすかに「ン〜〜〜♪」という重低音のハミングが響く。 どう見ても「ここだよー」「おいしいよー」って、魔物を誘ってるようにしか思えない演出です。
で、案の定、来ました。
夜の畑に、ちょこちょこした影。
手にはニンジン、口にもニンジン。
目もニンジンに釘付けの、教科書どおりのゴブリンが数匹。
普通なら、迷わずこうでしょう。
「魔物だ、討伐せよ」
「畑を荒らした害獣は駆除だ」
先生なら、「畑の肥やしにしなさい」と即断したかもしれません。
でも――あの夜の俺は、剣を抜く前に、ふとこう考えてしまったんです。
『ここまで来るの、怖かっただろうな』って。
だって、この領地は今、ガルドさん率いる精鋭部隊と、血気盛んな獣人たちが警備してるんですよ?
そこをかいくぐってまで盗みに来るなんて、よっぽど腹が減ってたに違いない。
……僕だって、腹ペコの時に目の前でカツ丼が光って歌ってたら、我慢できる自信がありません。
◆ 「うまいか?」と聞いてしまった
結局、リオと一緒に挟み撃ちにして、現行犯で取り押さえました。
ゴブリンは、かじりかけのニンジンを胸に抱いたまま、ガタガタ震えていました。
殺すか? 追い払うか? それとも見せしめにするか?
頭の中で選択肢を並べていたはずなのに、口から出たのは、まったく別の言葉でした。
「……うまいか?」
自分で言ってビックリしました。 でも、もっと驚いたのは、その返事です。
「……ご、ごめんなさい」
震える声で、ちゃんと謝ってきたんです。
“魔物”が。 “ゴブリン”が。
その瞬間、僕の中で「敵」という認識がガラガラと崩れました。
◆ 前の世界の記憶と、ゴブリン
その時思い出したのは、前の世界――日本での光景じゃなくて、途上国で見た景色でした。
貧しい村で、パンを盗んだ子供が大人たちに囲まれている光景。
あの時、僕は思いました。
「腹が減ってパンを盗むのは罪だけど、腹を減らしたまま放置している社会も大概だろ」って。
目の前のゴブリンが、あの子どもと重なりました。
だから、僕はこう言いました。
「そのニンジン、うまいか?」
もう一度聞くと、ゴブリンはこくこく頷いて、ぽつりと続けました。
「……おなか、すいた。 ほか、なにも、ない」
ああ、やっぱりそうか。 だったら――剣を抜く代わりに、**「取引」**をしよう。
「分かった。 食べた分、働いて返せ。 ここでちゃんと働くなら、追い出さない。飯も食わせる」
これが、後に先生を頭痛に追い込むことになる「ゴブリン領民化計画(事後報告)」の始まりでした。
◆ ホル、ハコブ、サボル、そして――
そこからはもう、勢いでした。
最初に捕まえた三匹は、ニンジンを食べた影響か、こちらの言葉を理解してくれました。
・ホル → とにかく穴を掘る。止めない限り永遠に掘る。用水路工事のエース。
・ハコブ→ 自分よりデカい石材を運ぶ。文句を言わない運搬のプロ。
・サボル→ すぐサボる。でも気配察知が異常に鋭く、魔物の接近を誰より早く知らせる。
彼らは懸命に働きました。
「腹いっぱい食べるため」に。
\でも、問題はそこからでした。
彼らが住み着いて数日後――森の奥から、ぞろぞろと小さな影が現れたんです。
ホルたちの家族でした。
奥さんらしきゴブリンや、ヨチヨチ歩きの小さな子供たち、腰の曲がった長老みたいなのまで。
「……え、増えた?」
リオが目を丸くする横で、ホルが申し訳なさそうに、でも必死に頭を下げてきました。
「かぞく。みんな、はらぺこ。 オレ、もっと、はたらく。だから、こいつらも、おいてくれ」
……ダメとは言えませんでした。
子供ゴブリンが、泥だらけの手でニンジンの葉っぱを握りしめているのを見たら。
結局、彼らのために集落を作り、風呂の時間割を調整し、今では数十匹規模の**「ゴブリン村」**が出来上がっています。 ルシアが「……これ、もう魔王軍の小隊規模じゃない?」と遠い目をしていました。否定できません。
◆ 先生への“完全にアウトな”事後報告
ここで一番の問題は、これが全部、先生に無断で進行していることです。
獣人との共存、魚人との提携。
ようやく軌道に乗り始めたこのタイミングで、
「先生、ゴブリン拾いました! 家族ごと増えました! 今では立派な自治区です!」
なんて言ったら、先生の血管が何本か切れる音が聞こえそうです。
本当はすぐに連絡するべきでした。 でも、怖かったんです。
怒られるのがじゃなくて――「処分しろ」と言われるのが。
ゴブリンは魔物です。討伐対象です。それがこの世界の常識です。
先生のような合理的な人が、「リスク管理」として彼らを排除しろと言う可能性は高かった。
特に、数が増えて集落化しているなんて知れば、なおさら。
だから俺は、既成事実を作ることにしました。
まず働かせて、結果を出して、 「ほら、こんなに馴染んでますよ? 子供たちも可愛くないですか?」という状態にしてから報告しようと。
……完全にダメな部下のムーブです。分かってます。
でも、あの夜の俺には、それしか選べなかった。
◆ 丘の上から見えた“正解”
それから1週間。
最初は警戒していた領民や獣人たちも、 黙々と働くホルやハコブを見て、 風呂で背中を流し合ううちに、毒気を抜かれていきました。
そして何より――ゴブリンの子供たちの存在が大きかった。
今、父さんと母さんが眠るこの丘から領地を眺めると――
人間の子、獣人の子、魚人の子、そしてゴブリンの子供たちが、光りながら転がる「走るニンジン」を追いかけて、一緒になって転げ回っている。
「まてー!」 「キャハハ!」 「ニンジン、はやい!」
種族も、言葉も、肌の色もごちゃまぜで。
でも、笑い声だけは、ちゃんと同じ音で響いている。
……悩んでいた自分が、急にばかばかしくなりました。
(ああ、これでいいんだ)
合理性ゼロかもしれない。
「甘い」と笑われるかもしれない。
でも、目の前のこの景色を「間違い」だと言うなら、僕はこの世界の「正解」なんていらない。
そう思えるくらいには、この丘からの景色はまぶしいんです。
先生、本当にごめんなさい。
でも、もしこの景色を一緒に見て、それでも「ダメだ」と言うなら――
その時は、ちゃんと怒られて、げんこつをもらって、それでも俺は「やりました」と胸を張ります。
「ゴブリン帝国」と笑われてもいい。
感情のままに動いた結果が、今のこの光景なら。
俺はきっと、あの日の自分を、一生褒めてやりたいと思います。
――以上、秋休みの宿題レポート(追伸)でした。
王都に戻ったら、覚悟を決めて職員室へ向かいます。 美味しいお酒とおつまみを持って。
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