SMNの構築


 入り込めない場所がある。

 学生諸君はその問題に遭遇した。

 

 稲や野菜、魚や鶏、豚や牛など漁業・農業・酪農業を担うものたちや、鉄鋼、自動車、半導体など製造業を担うものなど……つまりは営利目的で生産されたものたちに関してはそう簡単にローラー出来ない。

 もししれっと眼鏡工場で他の眼鏡たちのなかに入り交じって「うちの教授はポンコツで、将来が不安になりました」などと人生相談していたり、眼鏡屋の店頭でさも新顔ニュー・フェイスである風を装って「あれはダメね。稼ぎがなさそう」などと新たな出会いを求めていたりすると、学生諸君にはどうにもできない。この事実に気が付いたタカモトは悩む。そしてこう結論づけた。


「よし、システム導入を提案しよう」

 

 あらゆる場所で教授の眼鏡捜索を可能にする。そのために、タカモトは眼鏡因子センサー、「眼鏡美人めがねびじん」を搭載した学生諸君監視ネットワークSMNの構築を実現することにしたのだ。


「ヨシザワ学生。眼鏡美人めがねびじんの精度はいかほどか」

「うーん。美人好き、というよりフェチっすね。美人好きではあるんすけど。眼鏡が好きすぎて、眼鏡っ娘だろうと眼鏡紳士だろうと反応するっす。眼鏡親父だけには無反応っすけど、まあ、教授の眼鏡は単体ですし。問題ないかと」

 

 眼鏡美人めがねびじんはヨシザワ学生の所属する眼鏡紛失対策研究室で開発されたセンサーなのである。よって学生諸君のなかではもっとも詳しい。


「承知した。ヨシザワ学生は眼鏡美人を教授因子センサーとできるようチューニングしてくれたまえ」

「教授の眼鏡が美人だといいんすけど。センサー界も眼鏡界もルッキズムが浸透してるんで」

「マニアックな性癖にしようとかまわない。とにかく、教授の眼鏡だけにアラートをあげられるようにしてくれたまえ」


 そういうわけでヨシザワは無茶ぶりを引き受けたわけだが、運がいい。教授の眼鏡のメーカーを調べたところ、その眼鏡はみなツルが独特の形状で、眼鏡美人の性癖に刺さった。あとはセンサーの反応を拾うためシステムを作るだけである。センサーと指定されたスマートフォン通知およびGPS情報を連動させる仕組みを開発すると、学生諸君はその設計書と提案書を持って各地へ散らばった。彼ら数人は各所でこう言うのだ。

 

「どうです、最近は治安もよろしくなく不安なこともあるでしょう。わたくしども学生諸君はイーサン・ハントもインポッシブルだと諦める監視システムを提案しております」


 彼らは学生であり、営業マンだ。あの手この手と絶妙な言葉尻で言い包め、営業先をうんと肯かせる。むろん、初めはうまくいかないことだってあっただろう。だが彼らは学生だ。学生というものは学習し成長するものだ。気が付けば日本全国各所に教授眼鏡因子センサー、「眼鏡美人めがねびじんツー」を搭載した学生諸君監視ネットワークSMNが築かれていた。

 体制は24時間365日体制だ。いつでもアラート検知ができるよう、学生諸君のうち選ばれし俊足の戦士たちが三交代制でアラート受付当番を担い、「教授眼鏡因子を発見!発見!」の警報が鳴ると、海のなか山のなかだろうと飛び出して、アラートの指し示す現場へ急行する。彼らはメロスのように雨の中雪の中ひょうの中を駆け抜けて、教授の眼鏡を走り求めた。

 はじめは除外設定がうまく働かず、教授の眼鏡と同じメーカーの眼鏡使用者ユーザーがちょっとクシャミをしたり、たじろいだりしただけだった、というオチが多発した。そのつどにヨシザワが頭を悩ませて、


「教授の眼鏡って……どうして教授の眼鏡なんすかね?」


 と哲学的な問いをぶつけた。

 同じメーカーの独特ツルの眼鏡があったとして、それが教授のものかそうでないか、どう見分けるのか。戸籍が異なるので、彼らは別個の存在だ。だが――戸籍を隠された状態の場合、その見分けはどうつけるのか。そこらの双子よりうんとそっくりさんな彼らは判別付きづらい。


「摩耗具合が個体によって違うだろう、ヨシザワ学生」

「でも、その確率はひどく低いかもしれないかもですけど、偶然に偶然が重なって、まったく同じように摩耗するかもしれないじゃないすか」

「教授の指紋が付着している」

「偶然、同じ眼鏡を掛けている者同士取り違えて触れたかもしれないじゃないっすか」

「ううん……難しい」


 タカモト学生は悩む。教授の眼鏡とは何か。眼鏡とは何か。人間とは何かという問いと同じくらい難しく深い問題だ。そして今すぐ結論の出る問題でもない。タカモトは教授の「3」の目を一瞥し、ひとつの結論を導く。何も教授の眼鏡である必要はない。

 

「ターゲットを絞ろう。現在使用者がおらず、新品でない眼鏡に」

「新品か中古かはどうやって判断するんすか」

「手垢が付いているか否かだ」

「なるほど。独身処女ではなく、子持ち人妻を狙うんすね」

「下品だぞヨシザワ学生」


 そういうわけで、眼鏡美人―2は再チューニングを受けた。試行錯誤だ。閾値しきいちを高めに設定しすぎると、中古っぽい眼鏡を見つけると何でもかんでも「教授眼鏡因子を発見!発見!」とヒステリックに知らせ、閾値しきいちを低めに設定しすぎると、確実に中古の眼鏡なのに「ま、言えって言われてないしいいでしょ」と見過ごされてしまう。ヨシザワはチューニングにチューニングを重ねた。人力ではどうにも間に合わないので、アラート調整用AI「メガネテス」も開発して学習と調整を繰り返したほどだ。

 ようやく眼鏡美人―2が良い塩梅になるころには、アラートの誤検知も見過ごしもだいぶ件数が減った。各地でローラーしている面々は隙間時間に地元料理を堪能する余裕ができ、アラートに目を光らせている俊足の戦士たちは合間にウェブ開催の大腿二頭筋だいたいにとうきんコンテストに参加できるようになる。つまり、見つからないのだ。タカモトは「眼鏡無し」「グラサンあり」「ゴーグルあり」と記された日本地図を睨み、深い溜め息を落とす。

 

「どうやら、教授の眼鏡は本当に密航というあるまじき愚行を行ってしまったようだ」

「じゃ、どうするんすか?」


 ヨシザワの問いに、タカモトはまた小さく息をつく。


「世界へ目を向けよう」


 教授の眼鏡を探す会PGSGプロジェクトがグローバル化した瞬間である。

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