【22話】クソみたいな手札


 双葉さんが特殊な好みを持っているという話は、これまで聞いたことがない。

 オークやウンコを話題に出しても、受け入れてもらえる可能性はほぼないだろう。

 

 それどころか『うわぁ……』みたいな感じで、引きつった顔でドン引きされてしまうかもしれない。

 

 しかし、だ。

 ずっと受け身のままでいいのか? 、とも思うのだ。

 

 今日はせっかくの機会。

 積極的に攻めの姿勢でいきたいという気持ちもある。

 

 そんな俺の手に握られている手札は、二枚のみ。

 オークとウンコ。

 

 あまりにもクソみたいな手札だが、攻める場合にはそれらを使うしかない。

 ドン引きされるか乗ってくれるかは、神のみぞ知るといったところ。大きな賭けだ。

 

 どうする……!

 

 このままつまらない相槌を打ち続けるのか、それとも一か八かの大勝負に出るのか。

 人生最大の難しい二択を迫られる。

 

「大倉くん。ちょっとここに入ってもいいかな?」


 双葉さんが立ち止まる。

 そこは、ファミレスの前だった。


 俺は「え……あ、うん」と、ぎこちない返事をする。

 

 内心では、かなりホッとしていた。

 どっちでいくのか、落ち着いて考える時間が欲しかったからな。

 

 店内へ入った俺たちは、窓際のテーブル席へ。

 向かい合わせで座る。

 

 はぁ~、やっぱり天使だ……!

 

 窓から差し込む陽光に照らされている双葉さんは、それはもう最高に美しい。

 有名な絵画でも見ているかのよう。この世の奇跡だ。

 

 どんなに価値のある美術品でも、彼女の前ではかすんで見えてしまうことだろう。


「ごめんね」


 あまりの美しさにうっとりしていると、謝罪の声が聞こえてきた。

 正面に座っている、双葉さんからだ。

 

「買い物に行きたいって言ったでしょ? ……実はあれね、嘘なんだ。本当は大倉くんと二人で、ゆっくりお話をしたかっただけなの。ほら、学校だとみんながいるじゃない?」


 嘘をつかれたことはどうだっていい。

 双葉さんにならどんなことをされようが、俺はいっさい構わない。

 

 それよりも、だ。


 誰にも聞かれたくない話って、なんだ?

 ……あ! もしかして金か! 金の相談だな!


 ドラマとかでよく見る、定番のシチュエーションだ。

 こういうときはだいたい、「お金に困ってて……」的な展開になる。


 いや、全然貸すけどね! 貸すんじゃなくて、むしろ全財産あげるし!

 なんなら臓器だって売って金にするけど!

 

 必要最低限の臓器さえ残っていれば……いや、それもいいか。

 この際、一つ残らず全部売ってしまえ。

 

 俺の臓器が双葉さんの助けになる。

 そう思えば、大したことのなかったこの人生にも大きな意味が見出せるというもの。

 

 悔いなく逝くことができる。

 

「分かったよ双葉さん。俺の臓器が君の役に立つなら本望だ。喜んで全部差し出すよ」

「ええっと、うーん……どういうこと?」

「臓器を売って金を工面しようと思ったんだけど……違うの?」

「言ってる意味はよく分からないけど……勘違いしてるんじゃないかな」


 ふふふ、と朗らかな笑い声が響く。

 周囲を明るく照らす優しいその笑顔は、なんとも魅力的でかわいらしい。

 

 先走って変な勘違いをしてしまったことは恥ずかしいが、これを見られるなら問題なし。

 むしろ、恥をかいてよかった。

 

 怪我の功名ってやつだな!

 

「ねえ、大倉くん。初めて話したときのこと覚えてる?」

「もちろん! 食堂で、だよね?」


 双葉さんとの会話は一言一句すべて詳細まで記憶しているが、中でも彼女との出会いは特別鮮明に覚えている。

 あの日のことは忘れもしない。




 入学式の翌日。

 昼食を食べようと食堂に来ていた俺は、困り顔でキョロキョロしている同学年の女子を見かけた。

 

 あの子は確か、同じクラスの子だよな?

 

 名前はまだ知らないけど、間違いない。

 ものすごく美人だったから、印象に残っている。

 

 困っている様子からして、なんらかのトラブルが起こっているのは明らかだ。

 そしてそれを見て見ぬふりするほど、俺は冷たい人間ではない。

 

 彼女に近づいた俺は、そっと声をかける。

 

「どうしたの? なにか困っているみたいだけど大丈夫?」

「実はその……お財布を家に忘れてきてしまいまして……」

「なんだ。そういうことならここは俺が出すよ」

「いいんですか?」

「うん。大したことじゃないし、気にしないでいいよ」


 俺はニッコリと笑って、彼女の昼食代を出した。

 それが俺と彼女――双葉さんの、初めての出会いだ。

 



「私あのときね、大倉くんのことすごく優しい人だなって思ったんだよ。だって見ず知らずの私に、あんなにも親身になってくれたんだもん」

「そ、そうかな。困っている人を見たら、誰だってああすると思うけど」


 耐えろ! 耐えるんだ俺!

 

 嬉しすぎて、気持ち悪い笑い声(清澄さんのオークの鳴き声みたいなアレよりかはまだマシだけど……)が出てしまいそうだ。

 踏ん張って、なんとかそれを必死になってこらえる。


「ううん、そんなことない。大倉くんは誰よりも優しくて、とっても素敵な人だよ」


 双葉さんは少し恥ずかしそうに笑ったが、それは一瞬。

 すぐに真剣な顔つきになった。


「だからね……それからなんだよ。私が大倉くんに惹かれていたのは」

「――!?」


 飛び出してきたのは、衝撃の発言。

 

 あまりの驚きに、俺の思考は彼方へと一気に吹き飛んでしまう。

 ただパチパチと、まばたきすることしかできない。

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