第6話:異世界で獄にぶち込まれる人

 その日のバイトは結構なお金が手に入った。三千二百五十メント。この間と合わせて五千メント以上稼いだし、僕はちょっと休みを貰うことになった。


 大金は持ち歩くなとケクママに言われたことがあって、僕は銀行に向かった。ルーラシアにも銀行はある。と言っても貸金庫みたいなものだけど。

 せっかくだから端数五十メントで何か買おうかな……そんなことを考えて、銀行に三千メント預けて残りの二百五十メントを財布に入れて銀行を出た。


 街は夕暮れに傾いている。煉瓦と石畳の街並みは綺麗に整っている。夕飯までは時間があるし調理当番でもない。課題も終わらせているので、僕は思い切ってレビサット(レストランと雑貨店を組み合わせた店の総称)に入った。

 イェールとサンドイッチを頼んで置いている雑誌を見た。ルーラシアの文芸雑誌『山羊の毛皮』があったのでそれを手に取ってみた。


 少しゆっくりしていこう……人権ない立場だけど、お金は稼いでるしたまにはこういうのもありだろう。

 雑誌にはルーラシア語で色んな話題が載っている。この世界にも作家はいる。翻訳の仕事なんてしてるとどうしても気になってしまう。この世界の小説は雅文で書くのが普通というよく分かんないルールがある。

 イェールとサンドイッチが届くと、僕は本の定価を見た。十二メント。お金入ったばかりだと財布の紐が緩くなりそうで怖い。

 でも、それどころではなくなった。


「ねえ」

 不意に声をかけられた。


「はい?」

 慌てて雑誌から顔を上げる。


 紫色の髪の毛を長く伸ばして、前髪の左サイドをくくっておでこを出した僕とかメダくらい小柄な少女だった。紫と白のしましまの三角ビキニみたいなトップスにマント、滅茶苦茶短いスカートを合わせてる。背中に何かを背負っている。この辺では珍しくあまりお金を持ってる風ではなかった。


「相席いい?」

「え……」

 気づくと、周りは連れ合いの女性たちで埋まっていた。カウンターもほぼ満席だ。


「どうぞ」

 僕は断るのも申し訳ないので、頷いた。


「ありがと」

 彼女は座って、イェールとコッコ(鶏の別名。料理店だと骨付きチキン)を頼んだ。


「ねえ、あなた氷都ティンムドラ人?」

 僕が本を置くと、彼女は両肘をテーブルについて尋ねてくる。


「いえ……花都ギバイルクのニナギ島の出身です」

「そう。ごめん、厚着してる人って大抵ティンムドラ生まれだから」

 キールさんは氷都だと厚着が普通だとか言ってたし、王都の人から見るとそうなのかも知れない。現代人の感覚だと普通に春服の制服だけど。


「でもその紋章、王立学院の生徒でしょ」

 胸のエンブレムを指して彼女は言った。


「はい。高等科一年、ニナギのギドです」

「なら私と歳は変わんないじゃない。私はジグザ。生まれは輝都ジェケドットだけど最近王都に出たの」

「そうなんだ」

 歳が同じってことは敬語を使わなくていいってことが基本なので、僕は敬語を捨てた。


 ジグザは背負っていたものを置いて届いたコッコを齧った。高いのを平然と頼んでるけど、お金は割と持ってるっぽい。


「あ、会計この子につけてください」

「は?」

 ジグザは急にコッコとイェールの会計を僕に頼んできた。


「いいでしょ。王立の学生なんだから金持ちでしょ」

「いや、僕は……」

 口ごもるしかなかった。実際魔法科の周りは金持ちが多いし、僕はバイトと言う手があるのでお金を持っている。


「いいってことね」

 ジグザは満足そうにコッコを齧った。

 コッコの料金を見たけど、十メント。イェールは二メントだから払えないわけではない。なんだってお金入ったばかりでこんな目に遭うんだ。


「はあ……分かったよ」

「ありがと。得したわ」

 ほとんど強盗じゃん……と思ったけど口には出さなかった。僕はサンドイッチを取った。


 ジグザはなんだってお金もないのにこんなレビサットに入ったんだろう……僕がこっそり気にしていると、彼女はコッコを食べながらあるテーブルを見ている。

 一ヶ所を観察してる……? 僕がそのテーブルを見ると、赤いワンピースを着た痩せた黒髪の人と金を持ってそうな金髪の人が喋っていた。

 あの赤ワンピ……例の怪しい勧誘の奴か。前に見たのとは違う、痩せすぎなくらい痩せた黒髪の人だけど、服は同じ、持ち物も似ていた。


「あの二人を気にしてるの?」

「しっ」

 ジグザは人差し指を立てた。


 明らかに何か盗み聞きしてる? 金髪の金持ちは何かの革袋をテーブルに置いた。


 その瞬間、ジグザはコッコとイェールを持って立ち上がり、二人の方に向かった。


 え――なんだ? 思っていると、ジグザは革袋をひったくって戻ってきた上、置いていた包みを持って店を走り出ていった。


「お待ちなさい!」

 金髪の金持ちが叫ぶけど、もうジグザの姿は見えなくなった。


「では、私はこれで」

 ジグザの後を追うように、赤ワンピは立ち上がり急ぎ足で店を出た。

 なんだろう……僕がサンドイッチを食べていると、金持ちは僕の方にきた。


「どなたかこの方を捕まえなさい! 銀貨二枚払います!」

 それを聞いて、戦士風の二人組が僕につかみかかってきた。


「大人しくしろ!」

「王立学院の生徒だな、逃げたのも仲間か!?」

「ちょ、待ってください!」

 僕は必死に抵抗を試みるけど、力が強くて振りほどけなかった。


「王立学院の生徒が置き引きとは恥知らずですね」

 金髪の金持ちは僕の方に歩み寄って、持っていた扇子で小突いてきた。


「違います! あの子とはたまたま相席してただけです!」

「それも打ち合わせの内でしょう! 引っ立てなさい!」

 何を言っても信じて貰えそうにない。彼女はエンブレムの入ったカードを取り出した。貴族にのみ発給される身分証で、紋章は雷都ラドキゼガンのもの……僕はそれだけ覚えて引っ張られるに任せた。


 外には馬車がいて、僕はそれに無理やり乗せられた。

 馬車は音を立てて動く。雷都の貴族はどうした……いやそれはその内分かる、あの子はなんだったんだ? 結局名前と出身地しか分からないけど……あの革袋を狙ってた?


 王都の中を馬車に揺られて、僕は警察署にぶち込まれた。


 何を言っても信じて貰えないのは分かってる。問題は冷静さを欠いていること……とにかく学院に連絡がいく筈だ。それで誰かくるのを待とう……僕はその間、目を閉じて瞑想していた。



 地下に石造りでできた牢屋のスペースに人が入ってくる。


 僕がゆっくり目を開けると、赤い髪の毛をサイドテールにして、紺色のビキニアーマーを身にまとったこの場には不釣り合いな人物……王立騎士団長ザラがきていた。

 会うのは……学院の挨拶関係を除けばニナギで僕が男とバレた時以来だから、十年ぶりくらいか。まったく年老いていない。


「思ったより落ち着いているな」

 ザラ団長は複数人の警官を連れていた。僕はどうなるのか……気になったけど。


「鍵明けの魔法くらい使えるんですよ、素手で。それをしなかったのがどうしてか分かりますか?」

 僕ははったりを交えて言った。


「大賢者様の耳に入る……と思ったな?」

「はい」

「正解だ。鍵を開けて彼を釈放しろ。無罪と既に判明している」

 ザラ団長の言葉で、警官が狼狽える。


「しかし……」

「王命である」

「は、はい!」

 とりあえず鍵開けの魔法は使わなくて済むらしい。警官が僕の牢に入ってきて、僕の手枷を取る。


「荷物を受け取ったら取り調べにきて貰う。大賢者様も全て分かるわけではない……ただ、お前が第一種機密事項に触れる存在だから解放するというだけだ」

 僕はザラ団長の後からついていく。


「そんなことだろうと思いましたよ。でも、本当に巻き込まれただけです」

「詳しくは調書を取りながら聞くが……相手は雷都公の三女ペリオ・ラドキゼガン公女だ。それも含めて知らなかったのか?」

「あの金髪の人が、ですか?」

 雷都の紋章が入った身分証を見せている以上、勿論雷都の人間だとは思ったけど、貴族の三女か……。


「そう。何か大切な所有物をお前の仲間に奪われたと主張しているが……」

「見たものはお話ししますけど、とりあえず『僕の仲間』ではないですね。寧ろ、ペリオ公女は何を考えているんですか?」

 僕は気にかかることを尋ねることにした。


「何がだ?」

「ペリオ公女が話していた人物が着ていたのとまったく同じ赤いワンピースを着た女に妙な勧誘を喰らいました。あれは――最近ではニナギまで勢力を伸ばしている新興宗教じゃないですか?」

 ザラ団長は僕の方を振り返って、ふっと笑った。


「どうやら単なる馬鹿には育たなかったらしいな。詳しく聞こう。内容次第ではお前の言う『男の人権』を叶えられるかも知れん」

 絶好のチャンス――いつ王命で処刑されるか不意に考える日々におさらばすべく、僕はさっきあった事を取調室でザラ団長に話した。


 その後、夜遅くに僕は釈放され、ザラ団長自らに送られて学院に帰った。



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