第5話:異世界に忍者がいるって? そんなバカな。
放課後は調理当番がない限り部屋で勉強かバイトだ。
その日の僕は課題を済ませて、バイトで訳してる「卍」の関西弁をどうやって訳すべきか考えていた。ルーラシアの方言で関西弁はあまりないらしい。
そこにドアがノックされた。
「はい」
僕が出ると、長い黒髪を一本のおさげにしたそれなりの背丈の麗人――隠都アマツヒツキのカゲツがいた。
「忍者を見にいきませんか」
「忍者?」
よく見るとメダとプオル、聖都ザラベルガのマシスもいた。カゲツとマシス、プオルは騎士科なのでそういうのも役に立つのかも知れない。
というか忍者って普通忍んでるから忍者なのであって、この世界の忍者がどんなものなのかはまったく分からない。興味はある。
「待って。どこで見れるの?」
「街中に忍者が技能を見せる場があるんですよ」
それはもう忍者ではない気がする……。
「いく。ちょっと待って」
僕は財布だけ持って、部屋を出た。
「ギドでも忍者に興味はあるんだな」
マシスは浅葱色の短髪に褐色の肌の持ち主だ。見た感じには僕達の中でもトップクラスに美少年っぽい。キールさんとマシス以外は美少女っぽいとも言う。
「いや気になるじゃん、技能見せる忍者って」
「忍者屋敷って言うらしいわよ」
メダは知らないんだろうけど、それは一般的に忍者屋敷ではない……ということを僕達は説明する必要があった。ルーラシアと向こうでは常識が違うので。
とはいえ、侍と忍者の都アマツヒツキ出身のカゲツに言わせるとこちらの忍者も基本は忍ぶものらしい。
技能を見せるのはあくまで小遣い稼ぎであり忍者認知運動と呼ばれている。認知されちゃダメじゃないかなと思うんだけど。
そんな話に花を咲かせながら僕らは忍者屋敷に着いた。一般に忍者屋敷と言って想起される和風家屋ではなく、この辺では普通の煉瓦造りだった。入り口には受付の人がいるけど、入っていく人は少ない。入場料十メントはちょっとした出費だ。
そこにいたのは藤色の髪の毛をポニーテールにして、露出の多い服に身を包んだ小柄な女性が率いる集団だった。
中は広いホールになっており、彼女達を囲むように観客がまばらに集う。その中で忍者の皆さんは火を吹いたり水を出したりした。
「魔法とそんな変わんないわね……」
メダが小声で言う通り、あんまり忍者感はない。
「カゲツ、これが忍者なのか? 分身とか……」
「見られるかはともかく、やろうと思えばできますよ。ここまでの技能は忍者としては寧ろ平凡です」
平凡なんだ……マシスとカゲツの会話に驚いていると、女性忍者集団は一枚の分厚い板を用意した。
「さあ! 壁抜けの術の時間よ!」
藤色の髪の毛の忍者がそこに飛び込むと、するりとその体が板を抜ける。壁抜けは忍者っぽいな。手品な気もするけど。
「俺のルーラポケでできそう」
「空気を読めプオル。土に潜る技能で板を抜けられるわけないだろ」
「バカじゃないの?」
空気をぶち壊しそうになったプオルをマシスとメダが止めた。プオルにできるかっていうと多分土壁じゃないと無理だ。
「続いてお目にかけますは本日のメイン! 分身殺陣でございます!」
藤色の忍者は周りに他の忍者を集め、印を結んだ。
同時に、彼女は六人に分身して小太刀を抜いた。
周りを囲んでいた忍者たちは武器を取って襲い掛かり、藤色の髪の毛の忍者が次々に彼女達を倒していく……と言っても実際に血飛沫は飛ばず、あくまで柄で小突いてるだけだ。そこまで残虐なショーではない。
アシスタント忍者が全員倒れると、藤色の髪の毛の忍者は一人に戻り、中央で両腕を広げた。
「本日はご観覧いただきありがとうございました。アマツヒツキ忍者団では忍者認知運動を行なっております。ご興味の方はパンフレットをお持ちください」
それだけ言って、忍者たちはドロンと消えた。
「最後消えるのが一番派手な気がする……」
「殺陣は迫力あったけどねー」
僕とメダはそんなやり取りをして、パンフレットを売ってるさっきまで舞台にいた忍者を見た。一冊二十メント。幾らなんでも高い。コーラ並みに人気の飲み物であるイェールが二メントと考えると薄いパンフ一冊に二十メント(二千円換算)は出せない。
けどカゲツは同郷の人達だからか、一冊買った。
「お前よくそれ買うな……高くない?」
「ささやかな心づけですよ」
僕達はそんな会話をしながら忍者屋敷を出た。出る時に忍者の一人が包装された水煎餅とか言うお菓子をくれた。
「むう……カゲツの勧めできたはいいが、いまいちだったな……サーカスっぽいというか……」
マシスは短い髪の毛を指先でいじっている。
「まあ騎士科の役に立つような技能はあまりありませんよ。剣の使い方や体さばきは見事でしたが」
カゲツもそんなに感心してないっぽい。カゲツはカゲツで若い内に死んでるんだけど、その割には落ち着きがある。
「ってかカゲツはなんできたんだよ」
プオルは青い髪の毛をいじって愚痴っぽく尋ねる。
「久しぶりに故郷の風を感じたくなっただけです」
アマツヒツキでは普通の光景なのか……? 謎はかえって深まる。
「もし、そこの学生さん」
不意に僕達に声をかける赤いワンピースの女性がいた。鞄を下げて、手に一冊の本を持っている。
珍しいな、ルーラシアでワンピースなんて……思っていると。
「よければ少し話をしていきませんか」
と思ったらこの人多分……。
「いえ結構ですー。私達門限もあるんでー」
メダがきっぱり断る。赤ワンピが手に持っている書物は厚さ的にパカンナントではないし、そんなものを持って声をかけてくる時点で怪しい。
「なんか変な日だな。忍者見た帰りに変なのに声かけられるって」
「同意するけどプオルの語彙力もう少しどうにかならなかった? あれ多分新興宗教の勧誘か何かじゃないの」
僕は以前ママから聞いた話を思い出していた。
「ニナギに出たというあれか?」
マシスが興味深そうに聞いてくる。
「うん。細かい特徴は聞いてないけど……でもあの手のって基本詐欺なんでしょ?」
僕はメダに尋ねた。
「詐欺詐欺兎。女神ルーラを除く神なんていないんだから、金せびる口実でしかないわよ」
一般的なルーラシア人の回答はこれだ。メダはその辺がルーラシアの基準なので信用できる。
「ちぇっ、忍者はつまんねーし詐欺師には引っ付かれるしなんて日だ」
概ね、プオルに同意できる。忍者も期待ほどの感動はなかったし。
「水煎餅を貰えたのは儲けものですよ。王都では滅多に売っていないので」
カゲツは包みを開けて四角い煎餅をかじった。
「水煎餅って聞いたことないけど、アマツヒツキにあるもの?」
「ええ。名産品の一つです」
と言ってもアマツヒツキはあまり人の行き来がないとも聞く。僕が水煎餅をかじると、それはぐにゃりとした感触と甘い味で迎えてくれた。美味しいけれど濡れ煎餅とも違う不思議な食べ物だった。
「独特の味だが、美味いな」
マシスも水煎餅を食べていた。
「こういうのあるならアマツヒツキにもいってみたいわねー。世界旅行なんて夢のまた夢だけど」
メダは口の箸に煎餅の欠片をつけて言った。
「メダ、ついてるよ」
僕がそっとメダの口元の煎餅を取って口に含むと、メダは赤くなった。
「……子どもみたいに扱わないでよ」
同時に、カゲツたち三人の目が厳しくなる。
恋愛禁止は第一条件だ。生存の。勿論そういう意図でやっているわけではないけれど、誤解されると僕は処刑されることになる。
「いや、違くて……」
「いいよなお前はいざとなれば幼馴染と駆け落ちすればいいんだから……」
プオルが恨みがましい目で僕を見る。いやメダとのつきあいの長さは一年しか変わんないじゃん。
「よせプオル。ギドも噂が立つようなことは控えろ。『男は安全な生き物』それを証明しないことには俺たちに人権はないんだ」
マシスの言う通りなので、僕は素直に謝ることにした。
「ごめん、今のは迂闊だった」
「……というか疑問なのですが、王立学院の外に『男子生徒』の存在はどの程度知られているのでしょうね」
カゲツの言うことに思い当たる。
「王立学院に男が入ったニュースはあったけど……でも制服違うし分かるんじゃない?」
「ならやはりギドさんは迂闊ですね」
「ごめんて……」
でもメダが赤くなってるのは普通に気になる。
……え、メダって僕のことそういう目で見れるの? 女しか恋愛対象いない世界の住人だから普通に女好きかと思ってたんだけど……。
でも夕飯の頃にはメダも全然いつも通りになっていた。なんだったんだろう。
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