第11話 ナマケモノとのゴロゴロデート

 休日。

 私は駅前の時計台の下で、虚空を見つめていた。

 待ち合わせ時間は10時。

 現在は11時15分。


 樹懶太郎(きだら たろう)は、来ない。


「……帰ろうかな」


 そう呟いた時、スマホが震えた。

 太郎からだ。


『ごめん。今起きた。あと5分で着く(気持ちは)』


 気持ちだけ先走らせるな。身体を持ってこい。


 結局、彼が現れたのは11時半だった。

 寝癖がついた髪。半分閉じた目。

 そして、なぜかパジャマの上にパーカーを羽織っただけの姿。


「……おはよ、こころちゃん」

「おはようじゃないよ。1時間半遅刻だよ」

「ごめん……夢の中でこころちゃんとデートしてて、楽しくて起きられなかった……」

「言い訳がファンタジーすぎる」


 私はため息をついたが、不思議と怒りは湧かなかった。

 太郎のまとう空気が、あまりにも緩やかすぎて、怒る気力が削がれるのだ。

 これがナマケモノ系男子の特殊能力か。


「で、どこ行くの? 映画?」

「ううん……今日は、天気がいいから……」


 太郎は空を見上げて、ふにゃりと笑った。


「公園で、光合成しよう」


 デートの誘い文句として、これほど斬新なものを私は知らない。


 ◇


 私たちは近くの大きな公園に来ていた。

 芝生広場には、家族連れやカップルがたくさんいる。

 太郎は木陰のベンチを見つけると、吸い込まれるように座り込んだ。


「……ふぅ。疲れた」

「駅から徒歩5分だよ?」

「5分も歩いた……偉い、俺……」


 太郎は自画自賛しながら、ベンチにごろんと横になった。

 公共の場ですよ。


「こころちゃんも、座りなよ……ここ、風が気持ちいいよ」

 太郎が自分の隣をポンポンと叩く。

 私は少し躊躇したが、彼の隣に腰を下ろした。


 確かに、風は心地よかった。

 木漏れ日がキラキラと揺れている。


「……ねえ、こころちゃん」

「ん?」

「俺さ、こころちゃんの声、好きなんだ」


 唐突な告白に、ドキッとする。


「……何それ、急に」

「なんかね、聞いてると眠くなる……いい意味で」

「それ、褒めてる?」

「最高の褒め言葉だよ……俺にとって睡眠は、人生の喜びそのものだから」


 太郎は目を閉じて、幸せそうに微笑んだ。

 人生の喜びと同列に扱われる私の声。

 複雑だけど、悪い気はしない。


「……だからさ、ずっと聞いてたいんだよね」


 太郎の手が、そっと私の手に触れた。

 指先が絡まる。

 体温が伝わってくる。


「……太郎くん、寝る気でしょ」

「うん……こころちゃんが隣にいると、安心して眠くなる……」

「デートなのに?」

「夢の中でもデートするから、2倍お得……」


 太郎の言葉が、だんだんあやふやになっていく。

 握られた手の力が、ふっと抜けた。


「……すぅ」


 寝た。

 秒殺だ。


 私は呆れて、彼の寝顔を見つめた。

 長いまつ毛。整った顔立ち。

 黙って寝ていれば、ただの美少年なのに。


「……まあ、いいか」


 私は彼の手を握り返した。

 たまには、こんなのんびりしたデートも悪くない。

 隣で規則正しい寝息を聞いていると、私まで眠くなってくる。


 検証結果。

 『ナマケモノ系男子は、どこでも寝る。そして、その寝顔と緩い空気に、こちらまで巻き込まれてしまう』

 ……危険度、星3つ。ただし、癒やし効果は絶大。


(第11話 完)


次回予告:

「夜の僕は、ちょっと違うよ?」

夜梟透からの深夜の呼び出し。

月明かりの下で見た彼は、普段の眠そうな彼とは別人で……?

「君をさらいに来たんだ」

次回、第12話『フクロウ男子の深夜襲撃』。

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