第3話 生徒会室で起きた膝乗り事件
放課後の生徒会室は、静寂に包まれていた。
書類をめくる音と、時計の針が進む音だけが響く。
私は、生徒会役員でもないのに、なぜかここにいた。
理由は単純。
生徒会長の月読零(つくよみ れい)に呼び出されたからだ。
「……で、用件は何?」
私が長机の向かいに座る零に尋ねると、彼は手元の書類から視線を外さずに言った。
「桜井さん。君のノートの記述について、検証が必要だと思ってね」
出た。
またその話か。
「『猫系:無視すると膝に乗ってくる』……これは、いささか科学的根拠に欠けると思わないか?」
「だから、あれは私の主観だってば」
「主観だとしても、再現性がなければデータとして不十分だ」
零は眼鏡の位置を直しながら、真面目な顔で言った。
この男、面倒くさい。
顔はいいのに、中身が理屈っぽいのだ。
「そこでだ。今から僕が仕事をしている間、君は僕を無視してくれ」
「は?」
「僕が本当に膝に乗るような非合理的な行動を取るのか、実験したい」
……この学校の男子は、どいつもこいつもマゾなのか?
「断る。帰る」
「待ってくれ。協力してくれたら、君の遅刻を見逃そう」
「……何分?」
「今月分すべて」
「乗った」
私は即座に承諾した。
背に腹は代えられない。
◇
実験開始。
私はスマホを取り出し、SNSのチェックを始めた。
零は黙々と書類仕事をしている。
5分経過。
静かだ。
撫人の時とは大違いだ。
さすが優等生の生徒会長。仕事に集中している。
15分経過。
零がペンを置いた。
チラリとこちらを見る気配がする。
私は気づかないふりをして、スマホ画面をスクロールし続ける。
「……桜井さん」
呼ばれた。
でも無視。
私は契約を遵守する女だ。
「……聞こえていないのか?」
無視。
カタン、と椅子が鳴る音。
零が立ち上がったようだ。
足音が近づいてくる。
私の背後で止まる。
「桜井さん」
耳元で囁かれた。
いい声だ。
でも無視。
すると。
私の肩に、何かが乗った。
零の顎だ。
「……!?」
思わず声が出そうになったが、なんとか堪える。
零は私の背後から覆いかぶさるようにして、私の肩に顎を乗せているのだ。
重い。
そして、近い。
「……本当に無視するんだね」
零の声が、鼓膜を直接揺らす。
吐息が首筋にかかる。
ゾクゾクする。
私は必死にスマホを見つめ続けた。
ここで反応したら負けだ。
零はしばらく私の肩に顎を乗せていたが、やがて不満そうに鼻を鳴らした。
そして、信じられない行動に出た。
私の手からスマホを取り上げ、机の上に置いたのだ。
そして、クルリと私の椅子を回転させ、自分の方に向けた。
「え、ちょっ……」
私が抗議しようとした瞬間。
零が、私の膝の間に割り込むようにして、座り込んできた。
正確には、私の太ももの上に、自分の体重を預けてきたのだ。
「はあぁぁぁ!?」
今度こそ声が出た。
生徒会長が!
私の膝の上に!
乗っている!
「……検証完了」
零は私の胸元に顔を埋めたまま、ボソリと言った。
「被験者は、無視されると極度のストレスを感じ、対象との物理的接触を求める傾向があることが判明した」
「どいて! 重い! ていうか何してんの!?」
「……動かないで。落ち着くんだ」
零は私の腰に腕を回し、さらに強く抱きついてきた。
甘えている。
完全に甘えている。
普段のクールさはどこへ行った。
「零くん、誰か来たらどうすんの!」
「鍵はかけた」
「確信犯!」
私は零を引き剥がそうとするが、意外と力が強い。
というか、零の体温が伝わってきて、頭がクラクラする。
その時。
零が私の胸元で、小さくくしゃみをした。
「……くしゅん」
「え、大丈夫?」
「……猫アレルギーなんだ」
「は?」
「君の服、猫の毛がついてる……」
そういえば、今朝、近所の野良猫を撫でたんだった。
「じゃあ離れなよ!」
「……やだ」
零は目を潤ませながら、私を見上げた。
鼻が少し赤くなっている。
「アレルギーでも……猫は好きなんだ」
それは、猫のことなのか。
それとも、私のことなのか。
零は私の服に顔を擦り付けながら、喉の奥で小さく音を鳴らした。
ゴロゴロ……という、聞き覚えのある音を。
「……嘘でしょ」
「……うるさい」
零は顔を真っ赤にして、さらに強くしがみついてきた。
生徒会長室の西日が、私たちを照らす。
私は諦めて、零のサラサラした髪を撫でた。
彼は気持ちよさそうに目を細める。
検証結果。
『猫系男子は、無視すると膝に乗ってくる。そして、アレルギーでも構わず甘えてくる』
……危険度、星5つに修正しておこう。
(第3話 完)
次回予告:
「先輩、僕のことも忘れてませんよね?」
屋上に呼び出されたこころを待っていたのは、笑顔の白蛇悠真。
「先輩が他の男の匂いをさせてるのが悪いんですよ」
逃げ場のない屋上で、ヤンデレ後輩の独占欲が爆発する!
次回、第4話『屋上で「先輩は僕のもの」発言』。
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