第2話 月明かりのデザート

 夜のファグルの森は、月が出ると少しだけ静かになる。昼のあいだ走り回っていた魔力の風が、まるで休憩に入ったみたいに落ち着くのだ。


 ドレグアはその静けさを利用して、ある特別なデザートを作る。


 名を 「ミリス(静月)パフェ」。


 月の光を一度だけ吸い込んで固めた“光の果実”を使う、森でも滅多に食べられない一品だ。


「さて…うまい具合に光が集まるといいが。」


 店の裏庭に出て、ドレグアは銀色の鉢を掲げる。

その中に淡い光がぽつぽつと落ち、やがて静かな果実の形になる。


 ちょうどそのとき、背後から声がした。


「…また来ちゃいました。」


 昨日迷い込んだ少女だ。今日は森の葉っぱをつけていない。少し明るい顔をしていた。


「迷ったのか?」


「いえ…今日は迷ってません。来たかったから、来ました。」


 ドレグアの口元がわずかに緩む。

 初めて見る種類の笑みだった。


「ほう。なら座れ。ちょうど出来上がるところだ。」


 少女が席につくと、店内にはいつもの客たちが揃っていた。


 獣人の親子は肉料理を争うように食べ、妖精たちは相変わらずテーブルの上で歌っている。


 古樹の守り人は椅子として使われている根っこをきしらせながら、スープをすすっていた。


「ドレグア、その光るのは新作か?」


「新作じゃない。気が向いた時だけ作るやつだ。」


「つまり気分次第じゃな。」


「うるさい。」


 そんなやりとりを聞きながら、少女はくすっと笑った。


 ドレグアは、出来立てのミリスパフェを静かにテーブルへ置いた。


 ガラスの器の中には、淡く光る果実がひとつ。クリームや飴細工は控えめで、光が主役になるよう丁寧に作られていた。


 「わ…きれい…」


 少女はそっとスプーンを入れる。果実はぷるんと揺れ、淡い光がひらりと舞った。ひと口食べた瞬間、表情がふっと和らぐ。


「やさしい味…あのスープとは違うけど、これもなんだか…安心します」


 ドレグアは肩をすくめた。


「月光は、心のざわめきを収める。お前の心が勝手に味を決めたんだ。」


 少女は一瞬考え、それから小さく笑った。


「じゃあ今の私、ずいぶん甘えん坊みたいですね。」


「人は甘える時期がいるんだ。森もそう言ってる。」


「森が…?」


「森は全部見てる。お前が昨日泣いたのも、今日笑ったのもな。」


 少女は頬を赤らめ、俯いた。そんな二人を見て、ズバニがガラガラとした声で言う。


「ドレグアよ。お前さん、少女相手にずいぶん優しいじゃないか。」


 ドレグアはむっつりして返す。


「客に優しいのは料理人の仕事だ。」


「ほほう。なら、儂にももっと優しくせい。」


「木は客じゃない。」


 店内にどっと笑いが広がった。


 少女も笑いながら、またひと口パフェをすくう。

その光は月よりも温かく、彼女の指先をほんのり照らした。


 食べ終えた頃、ドレグアがぽつりと言う。


「帰り道は、もう分かるか。」


 少女は静かに頷いた。


「はい。でも…また来てもいいですか?」


 ドレグアはあからさまに、面倒くさそうな顔をする。


「好きにしろ。森が許すならな。」


 だがその言葉の裏に、柔らかなぬくもりがあった。少女もそれに気づいたのか、ほっとしたように微笑む。


 外に出ると、森はやさしい風を送ってくれる。

少女はその風に導かれ、ゆっくりと帰っていった。


 レストランの灯りがまた一つ、森に溶けていく。

ファグルの森の夜は、今日も少しだけ甘く、明るく終わっていく。

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