第10話
週末には夏休みが終わる直前テストがあった。夏休み成果を図るのだ。
夏が終わっても暑さは全く減らない、暑さを避けるための夏休みという認識は改めるべきかもしれない。
家から出ると、竹本は親には黙って自腹で買った三千円の有線イヤホンをスマホに挿した。
スマホのライトニング端子に刺せば曲が聴けるのだ。
街中はうるさ過ぎて相当音量を上げないと聞き取れない。家だと最低音量でも大きく感じるのに、聴覚が心配になる。
ビートルズを聴くと不思議と気分が上がる。リスニングは苦手だから歌詞ははっきりとわからないけど、すごくいい。歩くだけで道の主導権を少し強く握った気がする。
富岡とは夏休み中にも出会ったが、夏休み明けというのは少し違う感覚があった。
ただの模試なのにみんな参考書を開き単語帳を見ていた。
そんなので底上げされたら実力じゃないだろと思った。みんながみんなスカしたように見えた。アピール主義者に見える。
イヤホンで防げるのは所詮、聴覚かもしれない。
無性に腹が立ってぶん殴りたい気さえした。
「ここでさ、見てテスト出たら実力以上の点にならない?」
スマホをスクロールしながら試験の時刻を待つ富岡に言った。
「本当、それ、まぁ、将来的に身につくならいいんじゃない?」
「でも、なんか隙間時間を全部勉強で埋めちゃったらそれはもう人じゃない」
自分の発言はぶん殴りたい奴らへの言葉の矢だと心が静止をかけるけど、言葉を止められなかった。
「クロックワーク・オレンジーズだね」
「前もそんなこと言ってたけど、何それ?」
「時計じかけのオレンジ? 時計じかけのオレンジってのはね、カルト的人気映画なの。ルドヴィコ療法って治療法で治療されると、絶対に悪いことができなくなるっていうやつなの、強制された善は正義が、っていうか善は強制されるものなのか、っていう感じがテーマだけど、勉強しかしない人間もきっとそれ同じ、見た目はそれっぽいけど中身がおかしいってこと」
面白いなと思った。ステレオタイプにハマる人間のつまらなさっていうのは、みんな時計じかけのオレンジで自分の役を演じてる。
テストが始まった、私の嫌いな塾の真っ白なセパレートの中で、このセパレートの中にいると屠殺前の鶏の気持ちになる。
最初は1ページの英長文、イマイチ覚えてない単語で話は切れる。
アフリカの子供の話らしかった、正直興味のない話だった。教育とか、レベルが低いとかそんな感じだろう。
わからないとどんどん、ストレスが溜まる。紙を捲る音が真っ白なセパレートに反響して、撃たれるように帰ってくる。
なんとなくとなぁなぁで済ます英語。
次の教科までは丸1時間の昼食を含めた休憩。
珍しくパンを買った。袋の擦れる音も反響して大きく聞こえる。
イヤホンで遮断しようとするといつも以上に咀嚼音が反響する。不味くはない。
食事が終わって周りを見渡すと、じっとみんな参考書は単語帳を開いて、気持ち悪い。
勉強する人って何か楽しいのかな、勉強をする意味がわからない、きっとみんなバカなんじゃないか。
自分より点を取れる人が勉強してるってことは、バカじゃなくて、一歩先の何かが見えてるのかもしれない、と考えると心の底が寒くるなるような感覚がするのだった。
近代史は中学でやった記憶を頼りに直観で解く世界史。
世界史はただの暗記ゲーム。覚えてれば単語の連続を見ただけで答えはわかるそんなクソゲー。
本文に戻って確認はしないけど、そこそこ当たる国語。国語なんていうのは下手くそな日本語を書く、大学教授だとかの駄文を解釈するだけ、あいつらがもっとマシな言葉を書ければ勘違いしないのに。
そのたったの三教科にも関わらず、終わった時には17時の後半だった。
試験は意外に頭を使わない、竹本の脳内はゆるく温かった。
模試を受けるビルから出て、イヤホンをつける。
駅前の空を見上げた。
赤浦の今の情景を思い浮かべた。名前の通り赤く染まっているかもしれない。でも、今から向かったらその頃には沈んでいるだろう。
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