第5話 二つの世界を結ぶ糸
第四章:2月21 日PM〜22日AM
隔離施設の一室で、中原健太郎は、スマートフォン画面の向こうに広がる、船内の真実を凝視していた。
「信じられない…」
船会社の危機管理担当役員、藤木誠の事務的な対応に不信感を抱いた健太郎は、連日SNSを漁り続けていた。
そして、ついに匿名で投稿された、『オリエンタル・ドリーム号』クルーを名乗るアカウントの告発に行き当たった。
それは、船内の乗員エリアの劣悪な衛生環境、過密な隔離室、そして発熱者が仕事を続けているという、ぞっとするような現実を詳細に伝えていた。
特に目を引いたのは、「私たちは乗客のワインリストを心配する会社の駒にすぎない」という、痛烈な言葉だった。
この情報が真実ならば、恵子が閉じ込められている客室も、完全に安全とは言えない。外部から見えていた「検疫」という名の統制が、内側ではいかに崩壊しているかを示していた。
「これを、使える」
健太郎はすぐに、神奈川の総合病院の連絡先を探し出した。
この件で患者を受け入れている病院なら、内部の情報と外部の混乱を結びつけられる医療のプロがいるはずだ。
【神崎医師との連携】
電話は、いくつかの部署をたらい回しにされた末、ようやく神崎拓海医師へと繋がった。
「私は、中原と申します。『オリエンタル・ドリーム号』の乗客で、下船者です。今、船内にいる大切な人に関する、重要な情報を入手しました」
健太郎の必死な訴えを聞いた神崎は、夜勤明けの疲労を忘れ、思わず姿勢を正した。
「お待ちください、中原さん。あなたの情報は、もしかすると、私たち医療チームが最も求めているものかもしれません」
神崎は、病院で初めての陽性者を確認して以来、常に危機感を抱いていた。
東京の院内感染のニュース、そして船内対応に当たった仲間の医療者から聞く、「現場の混乱と対策の矛盾」。
彼の予感は、このクルーズ船で感染制御が機能していないことを示唆していた。
健太郎がアダムの告発内容を伝えると、神崎は低い声で呻いた。
「やはり…。乗員の隔離ができていないとなると、船全体が巨大な培養皿だ。
乗客の客室隔離は、一時的な延命措置に過ぎない。この情報は、私たちが政府への介入を強く要請するための決定的な証拠になる」
健太郎は、医療のプロの冷静な判断に、わずかな光を見出した。
「私は、外部から船会社へ圧力をかける。恵子だけでなく、船内の全員が助かるために、私にできることを教えてください」
【行動の開始】
二人の間に、目に見えない協力体制が築かれた。
神崎は、健太郎から得た乗員デッキの情報を、直ちに厚生労働省の対策チームへ送った。
「船内の実態は、公表されている検疫基準を満たしていません。医療資源の投入に加え、感染制御の専門家による指揮系統の確立が不可欠です」
彼の報告書には、船内の環境が感染を拡大させているという論理的な裏付けが加わった。
一方、健太郎は、船会社へ直接動き出した。
彼は、グローバル・レジャー・ライン日本支社の藤木役員に対し、公衆衛生の観点から乗客の客室環境と、船内に残る恵子への衛生管理状況の開示を求める嘆願書を準備した。
隔離施設の一室から、健太郎は再び恵子にメッセージを送る。
今度は、ただの不安を共有する言葉ではない。
健太郎:「君がそこにいる間、僕は戦うよ。僕らは、この船の『外側』で手を組んだ。君も諦めないで。必ず、無事に迎えに行く。」
健太郎の指が、送信ボタンを押した直後。
船内。孤独な客室で横たわっていた恵子のスマートフォンが、静かに光った。
彼女は、それをじっと見つめ、バルコニー越しに見える夜の横浜の街灯を強く睨み返した。
彼女は、この「楽園の監獄」の中で、生き抜く決意を固めた。
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