春待つ乙女のしあわせな縁切り
高里まつり
はじまり 春雷
このまま雪に解けて消えてしまいたい。
何度も雪に足を取られながら、
「お願い誰か……っ」
逃げなければ。誰にも見つからないところへ。捕まる前に。
耳の奥にまだ異母妹の嘲笑がこびりついていた。
門まであと少し――桜子が切れる息を吐き出した、その時。
「なあ、お嬢さん。その結婚、止めとった方がええよ」
やおら掛けられた声に桜子はびくりと肩を震わせる。
見れば目の前、雪で濡れる棟門の陰に見知らぬ男が立っていた。
歳は二十代中ごろか。すらりとした痩身に洋装がよく映える、目を
「ど、どなたですか」
男の
「まともな人間やったら、そないな縁談、普通受けへんよ」
西の言葉――ゆったりとした耳馴染みのいい声が鼓膜を揺らす。男の色素の薄い茶がかった瞳が、驚愕に見開かれる桜子の目を無感情に射抜いていて。
「どうして、それを」
いつも
だから今回の結婚で、ようやく人生に春光が差すのだと思っていた。こんな自分でも少しは幸せになれるのだと信じたかったのに。
桜子は震える喉を引きつらせる。
「無理なのです。知っていたとしても、私ではもうどうにもならないんです。だから……っ」
「ああ成る程、気付いてはったんや。どないしたん。婚前逃亡でもしはったん?」
男はおかしそうに肩を揺らした。
「助けてほしいんやったら、その
外套に隠れて気づかなかったが、よく見ると男は腰に太刀を
この文明開化のご時世に刀を持てる人間がいるとすれば、それは――。
気づけば男が目の前に迫っていた。口を開くいとまも与えられず、鞘から引き抜かれた白刃がすらりと桜子の眼前で
桜子は太刀を振り上げる男の姿を、ただ呆然と見上げることしかできない。
これが全ての終わりであり、全てのはじまりだなんて――この時の桜子は知る由もなかった。
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