第15話 聖水瓶と、液漏れ対策

「この先は『嘆きの墓地』です。アンデッドが現れますから、心してかかりましょう」


 聖女ルナが厳かに告げた。

 俺たちは目的地である聖地の手前、古い墓地エリアに差し掛かっていた。

 辺りには薄気味悪い霧が立ち込め、土の匂いと腐敗臭が混ざった空気が漂っている。


「アンデッドか。私の剣じゃ分が悪いな」


 エルザが顔をしかめる。

 物理攻撃が効きにくい霊体や、切っても動くゾンビは剣士の天敵だ。


「ご安心ください。私には、教会で聖別された『聖水』があります」


 ルナは腰に下げたガラス瓶を指差した。

 掌サイズの小瓶で、中には透明な液体が入っている。

 これをアンデッドに浴びせれば、浄化の力で消滅させることができるらしい。


 だが、俺は気づいていた。

 その瓶から、微かに「漏れている」ことに。


 俺は歩きながら、彼女の腰元を「鑑定」する。


 【聖女の聖水瓶】

 【品質:C(瓶自体の気密性)】

 【状態:コルク栓の劣化、内容物の揮発(残量40%)】

 【注記:栓が痩せており、振動で中身が漏れ出している。また、聖気(揮発成分)が抜けきっており、現在はただの『少し綺麗な水』になっている】


 ダメじゃん。

 コルクが乾燥して縮んでいるせいで、隙間から成分が逃げている。

 炭酸が抜けたコーラみたいなものだ。

 あんなものをゾンビにぶつけても、「冷たくて気持ちいい」と思われるのが関の山だ。


「少し休憩して、聖水を準備しましょう」


 ルナの提案で、俺たちは墓地の入り口で小休止をとった。

 彼女は瓶を取り出し、祭壇代わりの岩に置いて祈りを捧げ始めた。

 祈るのもいいが、物理的なメンテナンスをしてくれ。


 俺は彼女が目を閉じて祈祷に入った隙を見て、動いた。

 彼女の背後に回り込み、岩の上の瓶を素早く回収する。

 代わりに、同じ重さの石を置いておく。


 木陰に隠れて、瓶を確認する。

 やはり、栓が緩い。振れば漏れるレベルだ。

 俺は劣化したコルクを引き抜いた。

 プシュッ、という音もしない。完全に気が抜けている。


 これを復活させなければならない。

 俺は道具袋から『高純度岩塩』と『銀の粉末』を取り出した。

 聖水の主成分は「祈り」かもしれないが、物理的にアンデッドに効くのは塩と銀だ。

 俺は瓶の中に岩塩を限界まで溶かし込み、さらに銀の粉末を混ぜた。

 ただの水が、ドロリとした白濁液に変わる。


 次に、栓だ。

 縮んだコルクは捨てて、俺が持っていた『ゴム製の密閉栓』をねじ込む。

 さらに、その上から溶かした『封蝋(シーリングワックス)』を垂らして完全に密封した。


 シャカシャカと振る。

 漏れない。完璧な密閉だ。

 中身は、聖水というより『対アンデッド用化学兵器』に近いが、効果は保証する。


 俺は再び音もなくルナの背後に近づき、石と瓶をすり替えた。

 作業時間、三分。

 ルナはまだ祈っている。


「……アーメン」


 祈りを終えたルナが目を開けた。

 彼女は瓶を手に取り、少し首を傾げた。


「あら? 少し色が……白く濁っているような?」

「聖なる力が凝縮されたんじゃないですか。祈りが通じたんですよ」


 俺が適当なことを言うと、彼女はパァッと顔を輝かせた。


「そうですわね! 瓶が温かい……神の熱を感じます!」


 それは俺が手で握って作業していた体温だ。


「グオオオオオ……」


 その時、地面から無数の手が伸びてきた。

 ゾンビだ。

 腐った肉を纏った死者たちが、土を掘り返して這い出てくる。

 数は三十体以上。


「ひぃっ! か、囲まれた!」


 ソフィアが悲鳴を上げる。

 彼女の魔法は強力だが、詠唱に時間がかかるため、乱戦には向かない。

 エルザが剣を抜くが、ゾンビは切っても止まらない。


「下がりなさい! 私が浄化します!」


 ルナが前に出た。

 彼女は手にした聖水瓶を、群れの中心に向かって全力で投擲した。


「邪悪なる者よ、光に還れ!」


 瓶が空を切り、ゾンビの頭蓋骨に直撃した。


 パリーンッ!!


 瓶が砕け散る。

 その瞬間、圧縮されていた内圧と共に、高濃度の塩水と銀粉が爆散した。


 ジュワアアアアアアッ!!!


 凄まじい音が響き渡る。

 聖水を浴びたゾンビたちが、まるで熱したフライパンに水をかけたように激しく発煙し、溶け始めたのだ。


「ギャアアアアアッ!?」


 ゾンビたちの断末魔。

 高濃度の塩分が腐肉から水分を奪い、銀の粉末が呪いの魔力を中和して焼き尽くす。

 その効果は劇的だった。

 たった一本の小瓶で、周囲十メートルのゾンビが一瞬でドロドロの肉塊へと変わったのだ。


「す、すげえ威力……」


 エルザが剣を下ろして呆然としている。

 ソフィアも眼鏡をずり落としそうな顔で凝視している。

 普通の聖水なら、青白い光が出て「浄化~」となるところだが、今のは完全に「化学熱傷」の反応だった。


「……見ましたか?」


 ルナが振り返った。

 彼女自身も驚いているようだが、すぐに「聖女」の顔を作った。


「これが神の怒りです。不浄なる者たちへの、慈悲なき鉄槌なのです」


 彼女は胸を張る。

 足元には、ドロドロに溶けたゾンビの残骸が広がっている。

 かなりエグい光景だが、彼女には神々しい奇跡に見えているらしい。


「さすが聖女様だ! 一撃で全滅させるなんて!」

「一生ついていきます!」


 護衛の騎士たちが涙を流してひれ伏す。

 ルナは「お立ちなさい」と優雅に微笑んでいる。


 俺はこっそりと鼻をつまんだ。

 塩と腐敗臭が混ざった匂いは強烈だ。

 だが、これでこのエリアの脅威は去った。

 俺は道具袋の中にある岩塩の残量を確認する。

 まだ半分ある。

 次の休憩で、予備の聖水瓶にも「ドーピング」しておくとしよう。

 彼女の信仰心が物理法則を凌駕することはないが、塩と銀は裏切らないからな。

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2025年12月6日 19:11
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鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった 仙道 @sendoakira

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