第13話 聖女の巡礼と、重すぎる法衣
「神に仕える身として、この程度の苦難は甘んじて受け入れましょう……」
白く輝く法衣に身を包んだ少女、聖女ルナが、悲痛な面持ちで呟いた。
彼女は教会の象徴であり、今回の護衛対象だ。
俺たち『銀の牙』とソフィアは、彼女を隣国の聖地まで送り届ける依頼を受けていた。
「おいおい、まだ一時間も歩いてないぞ。もう休憩か?」
エルザが呆れたように言う。
ルナは額に脂汗を浮かべ、杖にしがみつくようにして立っていた。
「申し訳ありません……。ですが、これも神が与えたもうた試練なのです。私の信仰心が試されているのです……」
彼女はそう言って、痛みに耐えるように目を閉じた。
周囲の信者や護衛の騎士たちは「なんと敬虔な」「痛々しいほどのお姿」と涙ぐんでいる。
だが、俺にはわかっていた。
彼女が苦しんでいるのは、神の試練でもなんでもない。
単に、服が重すぎるだけだ。
俺は彼女の背後から、その豪華絢爛な法衣を「鑑定」する。
【聖女の儀礼用大聖法衣】
【品質:S(素材価値のみ)】
【総重量:15kg】
【状態:重心バランス最悪、肩部への荷重集中】
【注記:金糸や宝石、補強用の金属プレートが無駄に使われており、着用者に常に鎖帷子を着て登山しているのと同等の負荷を与えている。着用者の肩と腰は限界寸前】
馬鹿げている。
見た目を豪華にするために、機能性を完全に無視した設計だ。
特に酷いのが肩の部分だ。
巨大な金の刺繍が入った肩当てがあるが、その裏地に補強用の鉄板が入っている。
それがルナの華奢な肩に食い込み、血流を止めているのだ。
あれでは、どんなに体力があっても一時間で動けなくなる。
「少し休みましょう。聖女様の体調が最優先です」
俺が助け舟を出すと、ルナは感謝の眼差しを向けてきた。
いや、そんなキラキラした目で見られても困る。俺はただ、行軍速度が遅すぎて野営地まで辿り着けないのを懸念しているだけだ。
休憩中、ルナは侍女の手を借りてテントに入り、重い法衣を脱いで休息に入った。
法衣はテントの外にある専用の衣装掛けに安置されている。
騎士たちが見張っているが、彼らは外側を警戒していて、内側にある法衣には背を向けている。
今しかない。
俺は「荷物の整理をする」という名目で、衣装掛けの近くに陣取った。
そして、自分の体で死角を作り、素早く法衣に手を伸ばす。
重い。
持ち上げてみると、ずっしりと手首に来る。
これを着て歩かされていたのか。虐待に近いな。
俺は道具袋から、金属加工用の『金剛ヤスリ』と『極薄ノミ』を取り出した。
やることは『徹底的な肉抜き』だ。
まず、肩に入っている補強用の鉄板。
これを内側から削り取る。強度は必要ない。ただの形状維持用なら、もっと薄くていいし、なんならプラスチック(樹脂)でいい。
俺は鉄板を剥がし、代わりに道具袋に入っていた『硬質ゴム板(魔獣の革を加工したもの)』を同じ形に切って差し込む。
これで重量は十分の一になった。
次に、無数に縫い付けられている金属の装飾ボタンや飾り金具。
これらも裏側をドリルでえぐり、中空構造にする。
見た目は変わらないが、中身はスカスカだ。
さらに、一番の問題である「荷重の分散」を行う。
肩の部分の裏地に、俺の古着から切り出した『フェルト生地』を何重にも重ねて縫い付け、クッション(肩パッド)を作る。
これで、細い一点に集中していた重みが、肩全体に分散されるようになる。
作業時間、二十分。
冷や汗が出るような精密作業だったが、なんとか騎士たちにバレずに終えた。
見た目は全く変わっていない。
だが、総重量は15kgから8kgまで減量されている。
俺は法衣を元の位置に戻し、何食わぬ顔で荷物整理に戻った。
一時間後。
休憩を終えたルナがテントから出てきた。
侍女に手伝われて法衣に袖を通す。
「……っ?」
その瞬間、ルナの動きが止まった。
彼女はキョトンとした顔で、自分の肩や腕を見下ろしている。
「聖女様? いかがなさいましたか?」
侍女が心配そうに尋ねる。
ルナは震える声で答えた。
「……軽い」
「はい?」
「体が……羽のように軽いです!」
ルナはその場でくるりと回ってみせた。
さっきまでは一歩歩くのもやっとだったのに、今はまるで舞踏会で踊るかのような軽やかさだ。
肩に食い込んでいた鉄板の痛みはなく、ふんわりとしたクッションが優しく支えてくれている。
重さ自体も半減しているため、彼女の体力でも十分に支えられるレベルだ。
「おお……! これは!」
ルナは感極まったように両手を組み、天を仰いだ。
「聞こえます……神の声が! 私の信仰心が認められ、神が重荷を取り払ってくださったのです! これぞ奇跡! 天使が私の肩を支えてくれているようです!」
彼女の目から涙が溢れる。
周囲の騎士や信者たちも「おお、奇跡だ!」「聖女万歳!」と大騒ぎだ。
「……はん。また変なことになってるな」
エルザが呆れ半分、感心半分で見ている。
ソフィアは「集団催眠の一種ね」と冷ややかに分析している。
天使じゃない。
お前の肩を支えているのは、俺の古着のフェルトとゴム板だ。
だが、真実を言う必要はない。
彼女が機嫌良く、早く歩いてくれるならそれでいい。
「さあ、参りましょう! 今の私なら、地の果てまでも歩けます!」
ルナは輝くような笑顔で先頭に立ち、スタスタと歩き出した。
その速度は、熟練の冒険者である俺たちでも早足になるほどだ。
「おい、待て! 置いてくな!」
慌てて追いかけるエルザたち。
俺もリュックを背負い直して後に続く。
ルナは時折、自分の肩を愛おしそうに撫でていた。
そこに神の愛を感じているのだろう。
……まあ、俺の裁縫技術(愛ではない)が詰まっている場所だが。
こうして、遅々として進まなかった巡礼の旅は、驚異的なペースで進むことになった。
俺の仕事は増えたが(定期的な法衣の「肉抜き」メンテが必要だ)、彼女の悲痛な顔を見なくて済むようになったのは精神衛生上良いことだ。
ただ、彼女が俺の方を見るたびに、妙に熱っぽい視線を送ってくるのが気にかかるが……。
まさか、天使の正体に気づいたわけではないよな?
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