【閑話】第3.7話 なんか、変なんだよ(再び)
三学期の朝。
教室の空気が……なんか妙に静かだった。
冬休み明けって、もっと騒ぐもんじゃねぇのかよ。
みんな普通に席ついて、普通に話して、普通に笑ってる。
その“普通”が逆に、俺には気持ち悪く感じた。
俺は自分の席に鞄を置いて、ぼーっと教室を見回した。
胸がざらざらする。
言葉にできない違和感が、ずっと喉の奥に引っかかってる。
「……なんか、変なんだよ。
二学期の始めも変だったけど……三学期も変なんだよ」
誰に言うでもなく呟いて、ため息が漏れた。
女子も男子も、天野を見てる目がやわらかい。
なんだよその空気。
あの狂ってた感じはどこ行ったんだ。
あと、なんか冬休み直前のことがおぼろげにしか思い出せない。
「冬休みの直前……なんかすげー事件があったような……
春原が倒れて……あれ……なんで倒れたんだっけ?
いや……ほんとに倒れたの、春原だったっけ……?」
思い出そうとした瞬間、こめかみがズキッと痛んだ。
「……っ、くそ……」
俺はこめかみを指で押さえ、息を整える。
思い出そうとすると、胸がざわざわして……
記憶に
「なんだよ……これ……」
視線が自然と天野の方へ向いた。
窓の方で春原と話をしてる天野は、そこらのガキと変わらない顔して笑ってる。
……いや、ガキなのは俺も同じなんだけどよ。
なんか“あいつのほうが先に大人になってる”感じがしてムカつくんだよ。
前みたいな危うさ、刺さる感じ、なんか落ち着かねぇ雰囲気――
全部どっかに消えてる。
「……今の天野は、普通のやつと変わらなく見えるんだよな。
なんか……丸くなったっていうか……優しい空気っていうか……
……やっぱ、変だろ、これ……」
机に肘をついて、視線を落とす。
気のせいならいいけど……いや、気のせいじゃねぇ。
冬休み……そうだ、あの時のこと。
「……冬休み……あいつら神社にいたな。
……あの時……俺……」
───
冬の午後。
俺が初詣で神社に向かってたときだった。
ぼんやり歩いてた足が、ふと止まった。
そこに――三人の姿があった。
天野。
春原。
それから……あの小さな巫女服の子。
三人で歩いてるだけなのに……なんか妙に落ち着く空気になった。
いや、落ち着くって言うのも違うか……とにかく“変”だった。
「……なんだよこれ……
三人歩いてきただけで……空気?いや……なんか……変だって……」
自分で言っておきながら、意味なんて分からない。
でも胸の奥がふわっと熱くなるのは、確かだった。
天野は柔らかい雰囲気で、なんつーか……今までより“ちゃんとした”顔してた。
「天野……前みたいに“誰でも落としそう”なヤバい雰囲気じゃない。
一学期はなんかイラついて……
二学期はなんか、ほっとけなくて……
でも今は……」
言葉が続かない。
胸の奥のざわつきと、天野の“普通っぽさ”がどうにも噛み合わなかった。
風が吹いて、三人の影がそろって揺れた。
その瞬間、胸がどきっと跳ねた。
「……なんて言うんだ……
安心?落ち着く?いや違ぇ……
近いんだけど……違ぇ……
……くそ、言葉にできねぇ……」
俺は巫女服の少女に目を向けた。
……誰だっけ?
「つーか……あの子……
なんか一学期にあんなの……いたよな?
でも二学期は絶対いなかったよな……?」
記憶の形が、ぐしゃっと歪む。
胸の奥がじりりと擦れるような感覚。
“なんか知ってる気がする”
でも、“知らないはずだ”
この矛盾が、妙に気持ち悪い。
それなのに……目が離せなかった。
「見てると……胸がムズムズすんだよ。
神罰くだしそうな雰囲気……いや……
なんか“謝らなきゃいけねぇ”って気持ちになる圧?
なんだよあの子……怖ぇ……けど……」
怖い。
でも嫌じゃない。
むしろ、見ていたくなる。
三人が並んで、あのガラガラやるやつの前に立ち、静かに祈りはじめた。
その姿が――ひどく眩しい。
「……でも……ほっとするんだよな。
あいつら三人……なんかいい」
その“良さ”の正体が分からないまま、
風に乗って
俺は、胸のざわつきを吐息に紛らわせる。
───
「……そうだ。
これが……どうしてか……胸に残ってるんだ……」
ぼんやりしていた意識が、ふっと現実へ戻っていく。
目の前にはいつもの朝の教室。
ざわめきの中に、冬の低い光がすっと差し込んでくる。
天野は春原と並んで話していて、そのすぐ隣には、巫女服の小さな子――あの子が静かに座っていた。
なんでだろうな。
思い出した瞬間、心の奥がふっと現実に戻ってくる感じがした。
「冬休み……あれ、見て……
なんか……“変わった”って思ったんだよ」
自分でもよく分からず、頬を掻いた。
三人はなんか自然に並んで笑ってて、空気もあったけぇし、変なピリつきもない。
「……あいつら三人、仲いいな。
天野、両手に花かよクソ……
……とは思うけど、前みたいにむかつかねぇ」
その言葉が、意外なくらい素直に口から出た。
ほんとだよな。
前みたいにイライラしない。むしろ――
「むしろ……見てるとほっこりすんだよ。
……なんか混ざりてぇって思うんだよな。
俺、そんな柄じゃねぇのに……
でも……なんか……あいつらの輪に入れたら……」
言い切る前に、視線がふっと揺れた。
胸の奥で、何かが温かく灯る。
素直じゃねぇな俺。
でも、嘘じゃない。
「……やっぱ変だよな。
でも……悪くないんだよ」
窓から朝の光が差し込んで、教室全体が淡く照らされた。
その光の中で、天野の笑い声がほんの少し聞こえる。
胸のざらつきよりも、その声のほうが強く残った。
「……ほんと、なんか変なんだよ」
でも――この“変”は悪いもんじゃない。
そう思いながら、俺はもう一度三人の方を見た。
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