第15話 あたしのおしりはまだ準備が…!
公園にはピクニックをしている人々が多かった。みんな何か食べながら幸せそうに笑っていた。直前までは魔王もそういう光景の一部だったが、今は自分の犯したことのカルマに怯えている異邦人になっていた。
彼女はなんだか見られているような気がして下の方を見た。そこにはフレイヤ…じゃなくてその年頃の女の子が見上げていた。
「おいしかった?」
「ヒッ!」
魔王はフレイヤに責められるような気がして罪悪感を感じ、体を縮めた。女の子は魔王を指さした。
「おいしかったでしょう。」
「ゆ、許してください!」
魔王は自分の罪を知っていたためつい謝ってしまった。
「ほら、人をそんな風に指しちゃ行けないったら。」
その時、女の子の親が近寄って魔王を指している手を下させた。
「でも、あのねえさんのくちもとにソースがついている。」
魔王は自分の口元を拭った。本当にクリームがついていた。
「すみません。この子そちらのグラタンが気になったみたいで…」
魔王は頷いた。女の子の両親は魔王に目礼をし、子の両手を繋いでその場を去った。
「あのねえさんのグラタンとても美味しそうだった。」
「そうね。どこの店で買ったのだろう。」
「自分で作ったんじゃないかな。」
遠ざかって行く家族の会話が魔王の耳に入ってきた。
「あの…!」
魔王はその家族を呼び止めた。配達業がうまく行くよう広告して置きたかったのだ。
「これ作ったものではなく、配達できるものなの!」
振り向いた家族の中で父が尋ねた。
「配達…?どこのお店で注文できますか?娘が欲しがってるみたいで。」
「えっと、それは…」
魔王は答えられなかった。自分が自分の住んでいる場所であり、働いている場所である宿の名前すら覚えていない馬鹿だという事を再確認しただけだった。
「それは…それは…内緒なの!」
と叫んで公園から逃げた。
彼女が宿に帰ったのはその日の夜遅くだった。でもすぐ入らず外で内部の様子を見ていた。セナにバレないようにこっそり入ろうと思ったのだ。顔を合わせたら怒られるに決まっているから。今日はもう疲れた。どうせ叱られるのなら明日まで先延ばしにしたかった。
魔王は自分が一日中犯した過ちを思い出した。道に迷い、配達用の食事を食べ、宿の名も知らず広告のチャンスを台無しにした。
ロビーでまだ仕事をしているセナが寝にいくのを待ちながら魔王は初めて宿の正門に掛かっている看板をよく見た。『うたたねの宿』。それが宿の名前だった。
「かわいい名前じゃん。」
魔王は正門の傍でしゃがみこんで呟いた。そしてこっくりこっくりし始め、しゃがんだまま寝込んでしまった。
「マオウノ様!」
その大声で魔王は目を覚ました。前には眉をひそめ、腰に両手を当てているセナが立っていた。
「ヒィィッ!あたしのおしりはまだ準備が…!」
魔王はすぐ立ち上がって自分のおしりを両手で隠し、壁に張り付いた。
「遅くなりましたね。」
セナは一歩前に近づいた。
「フレイヤとリーフの所に行かれなかったと承っております。」
魔王は答える代わりに聞き返した。
「どうしてまだ起きてるの?」
「まだしなければならない事が残っていましたので。」
セナは固まった表情で魔王の目を真っすぐに見た。魔王は思った。おしりを叩くために待っていたんだ!
魔王は何もかも諦めて壁からおしりを離した。
「ごめん。怒らせちゃって。」
もうユーズにされていたようにセナにもおしりをパンパンされるのだろう。と怯えていた魔王にセナは、
「心配していました。」
とだけ言って宿の中に入った。予想していたのとまったく違う反応に、魔王は戸惑って動けなかった。
「お入りください。」
魔王はこわごわと中に足を運んだ。
「怒ってないの?」
「怒っています。お帰りになってもすぐにお知らせしてくださらなかったこと、そして私を避けようとなさったこと、その二つです。」
魔王は申し訳なくて黙り込んだ。
「練習でしたから、失敗なさっても怒りません。ですからたっぷりミスをして正直に話してください。上達するための練習なのですから。」
魔王はほっとして頷いた。
「食事はいかがなさいましたか?」
「申し訳ありません…グラタンが冷めてるんじゃないか確認だけするつもりだったけど…」
「一人で召し上がってしまいましたね。」
「うん…」
「いつ召し上がりましたか?」
「昼ご飯に…」
正直言えと言われたけれども、正直しすぎたのかなと魔王は思った。が、セナはひそめていた眉をほどいて微笑んだ。
「今はお腹が空いていらっしゃるはずですね。おにぎりを準備してあります。」
魔王の表情はすぐ明るくなった。
「本当?」
「ええ。お出ししましょうか?」
「うん!」
セナは幸せそうにおにぎりを食べる魔王に、今日できなかった配達はまた明日しましょうと告げた。
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