第8話 お掃除と誇らしき儀式
シジャックには亜人が少ない。一生、一回も亜人をみたことがない人も珍しくないぐらいだ。
それは人間の寿命が人種の中で一番短いことに理由があった。シジャックは魔界に占領された歴史のある都市。その時期を覚えている長い寿命の亜人は誰しもが辛い記憶を耐えられず立ち去ってしまったのだ。
「すごい…」
セナも人間じゃない人、つまり亜人を見るのは初めてだった。
「お嬢さん強いね。」
「なんだ、亜人だったのかい?お陰様で仕事が楽になったよ。」
作業員たちは笑いながら感謝を言った。シジャックの人たちは人外に会う機会が少ないため、亜人の種類にも詳しくなかった。エルフもドワーフも何もかも全部亜人なのだ。元々、魔族だけは『特別』扱いだが誰も魔王が魔族だとは思わなかった。
調子に乗った魔王は胸を張って言った。
「もっと褒めちぎりなさい!」
「ははは、面白いお嬢さんだね。素晴らしい仕事ぶりだったよ。」
「お疲れさん。俺たちはもう行く。」
二人の作業員は階段を上がった。魔王はその二人にお辞儀するセナに聞いた。
「宿の仕事って意外と簡単!次は何すればいい?」
セナは魔王を連れて二階に向かった。
「次の業務はお客様がお出掛けになった部屋の掃除です。」
掃除道具を手にしたセナは廊下を過ぎてあるドアを開けた。ニコニコしていた魔王の顔に緊張の表情が浮かんだ。
「なんなの?これは…」
部屋の中は血まみれだった。ベッドの上も床もそうだった。でもセナは平然と中に入った。
「え?入るの?事件でもあったんじゃ。」
セナはそういう魔王の反応を予想したというようにしゃべり始めた。
「ご存じの通り、シジャックは魔界から一番近い町でございます。周りに魔物やモンスターがしばしば出現します。」
「そうなんだ。」
「その故、沢山の冒険者が活動してくださっています。私たちの宿はそういった方々によく使われています。その方々は仕事上の理由で血や泥に浴びてお帰りなさる場合が多くございます。」
「それでこの部屋も…」
魔王は納得して頷いた。
「さようでございます。でも宿という所は憩いと癒しの場であるべき所。いつでも清潔で心地よい場所でいなければなりません。なので掃除は業務の中でも重要度の高い仕事だと言えます。」
「確かに。」
「これはただ空間を片付けることではなく苦労してくださる皆さんへの感謝の言葉であり、平穏だった日々への賛美でございますから。」
セナの説明を聞いて魔王はやる気が湧いた。
帝王学にも掃除についての教訓がある。勇者との争いは戦闘が終わってからではなく戦いがあった場所を片付けてから終わるという教えだった。
戦場にはもちろん血や汚れが残る。破損される所も少なくない。魔王は普通それらを自分の手で払い、修繕する。それはただの後始末ではなく自分のために戦ってくれたみんなへのありがとうであり、自分の強さへの誇らしき儀式であった。
「一応モップをお取りください。」
魔王はセナのいう通りにした。
「もう硬くなった血は消しにくいですから、力を入れて拭いてください。」
魔王は掃除することに才能があった。特に血を消すことには自信もあった。何回も練習してきたから。
魔王は話もせずひたすら床を拭いた。そうしたら床はキラキラするほどきれいになった。
「顔が映って見えるぐらいです!」
セナが尊敬を込めて言った。でも魔王の顔はなんだか不満そうにみえた。
「あれ何回拭いても消せない。」
魔王は床のうえの染みを指さした。
「古くなったからでしょう。あれぐらい残っていても結構です。」
魔王は黙って考え込んでいた。暫くして、彼女は床に跪き人差し指に魔力を込めて染みにあてた。そうしたら染みが焼かれて消えた。
「えっ?魔法も使えますか?」
「勿論!まあ、下手だけど。」
セナは明日から仲間になるはずのこの亜人が気に入った。有能で謙遜だ。
「そんな!お見事でございます。」
「後はベッドシートの洗濯かな?」
「ええ。洗濯室にご案内いたします。」
二人はダライに水を溜め、サボン草と灰汁を混ぜた溶液を注いだ。そして中にシートを入れ、足で踏み続けた。
血の汚れを落としたシートを絞った。小麦粉の袋48個も運べる魔王の力は今回にも大変役にたった。仕事の進み具合が普段より何倍も速い。セナは魔王との一日がもう楽しみだった。
「お腹空いた。」
屋上の乾燥場に洗濯物を吊るした後、魔王がお腹をこすった。
「では、厨房での業務を説明しつつ食事もとりましょう。」
「やったー!」
魔王は今回だけセナより速く階段を駆け下りていった。厨房の前に着いた魔王は、
「ヒイイッ!」
と怯えた声を出しながら床におしりをついた。
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