第8話 合格するしか退路無し
その日の朝の、アッディーン城館は、歓喜の嵐に包まれていた。なにせ、一家の至宝が半年ぶりに帰還したのだから。
パチリ…と、虚空を暫く見つめ……ホスロは、この、アッディーン家の麒麟児は、目を覚ました後。
昨日、ラヴェンナに言われた様に、父に報告する為に、のそのそ…と部屋から出て、無駄に長い廊下を歩いて行くと……使用人や親族から悲鳴が上がり、中には安心感で泣く者まで出始める。
(…狂人共)
やや恐怖しつつ……その反応に対してホスロは、別に、たった半年…半年だぞ、と、言いつけてやりたくなるのをグッとこらえて、一人一人に笑顔で挨拶をする。
ラヴェンナの様な反応が普通だろうに…この家は何だか、オーバーリアクションすぎやしないだろうか。
そして、一通りの挨拶が終わると、「若様、若様」と、早々にわらわらと捕まえられて、父と母とその他諸々と一緒に朝食を囲まされた。
諸々…そう。家族と、アッディーン家直属の騎士団連中以外の名など、ホスロは覚えていなかった。
(ただ、アッディーン家に居るだけの人達)
としか、この男は、認識していないのだろう。
ただ、家の食堂の、この微妙に焦げ臭い感じ…良いなぁと思いながら天井や料理を見渡す。
「ホスロぉ……無事で何よりだッ」
父、カイロ・アッディーンは、ホスロが帰って来た…と、ラヴェンナから聞かされた時からずっと、この調子である。
カイロは……伯爵位をマラレル王から授かり、アッディーン領を先代から引き継ぎ、既に三十年…領民から特に不満の声も挙がらず、良い領主なのだろう。
ただ、軍人としては、非常に凡庸であり、幾度も北方異民族の討伐を任されたが、その尽くを、失敗している。
「カイロでも将軍になれる」
との流行唄が出来るほどに、とにかく、凡庸であった。
__テーブルを囲う人々や世話役の人々の顔もしんみりしつつ、何処か嬉しそうな。
そして、皆、ホスロが宮廷魔術師の試験を受ける為だけに、態々任務を短期間で終わらして帰って来たとでも考えていたらしく、手紙一つ寄越さなかった事を怒るどころか、「任務のついでに試験まで受けるなんて」…と父も母も、流石は自慢の息子である、くらいしか言わなかった。
マラレル騎士ですら手こずる竜狩りを、余裕綽々とこなせるホスロなら大丈夫、と席を同じくする人々は口々に言いながら、激励しつつ、楽しげに食事を始める。
(……寒気がする)
「有難う御座います、父上………しかし、鍛錬に行かねば、試験も近いですし」
「食事を採る時間すら削るなんて……まぁ、ホスロ、なんて自分に対して厳しいのかしらッ」
母、エールが、立派になって…と目にハンカチを当てながら声を震わす。
エール・アッディーン。旧姓は、サール。地方の豪族の娘であった。
「流石で御座いますなぁ、坊ちゃま」
いやいや、気恥ずかしくて一緒に居たくない、と言いたそうにホスロはそそくさと席を立つと、スタスタと何処かに行ってしまった。
別に言葉通り、真面目に鍛錬する気もあったのだが、取り敢えず、兎に角さっさと会食を切り上げたかった。
それに今日は、専属の使用人である、ラヴェンナが早朝から何処かへ出掛けたらしく、あの場に話し相手も居ない。
(どうしよう、キルルワの街に手紙でも寄越そうか)とも考えたが、別にこんな真っ昼間からコソコソと部屋の中に籠るのは気分が良くない。
(やはり言葉通り鍛錬に……いや、オドアケルの所…門に行こうか)
そのままの足で城内を駆け抜けて、門へと向った。
やはり、城館外は、気分が良い。威勢がよい。
常に、剣と剣が交わる音が響き、活気に溢れている。
(これぞ)
これでこそ、アッディーン家。
そう、ホスロは叫び、喜びつつ、配下達を労いながら、門へと向かって行った。
__すると、昨夜と全く同じ姿勢で大男が、ロングソードを手に持って、狼の如く目を光らせている。驚くべき精神力、変わらない忠誠心。天晴かな。
ホスロは、甘えるような声音で、親しげに声を掛けた。
「オドアケル、内は、和やかすぎていかんわ、気が滅入る」
「左様で」
(つまらん男だ)
「……お前は、寡黙だな」
「有難う御座います」
彼は昔から生粋の兵士らしく、必要最低限の言葉しか発しない。なるほど、家臣としては理想的である。
「なぁオドアケル、久々に剣術教えてや、向こうであんまり剣を使うて無かったけん、鈍っとる」
試験も近いしな、とホスロが言うと、オドアケルは困った様な、何故か心配する様な顔で、時計(魔法により一定の間隔で秒針を動かす魔道具)を確認しながら
「承知致しました…」
と言い、おい、変わってくれと…その辺を歩いていた別の者を門番にして、ホスロと共に城門と正反対の方向にある、鍛錬場へと移動して行った。
アッディーン家の鍛錬場は、なんと、敷地の三分の一を占める程の巨大さで、規模だけで見れば、辺境の部族の、王宮に匹敵する。
まぁ、本当に鍛錬場の広さだけだが。
にしてもオドアケル…もといアッディーンの兵士達に剣技を教えてもらうのも、随分と久しぶりだ。幼き頃は、良く…この男を始め、アッディーンの剣技を収めた家臣に片っ端から挑んでは学んでいた。
尤も、魔術の方を重視する様になってからは素振りだけになってしまったのだが。
「さぁ、では構えられよホスロ樣」
「おう」
お互いに両手でロングソードを握りしめ、鋭い眼光を交える。
そう、そう……いつもホスロの方から動いては剣を打ち込んでいた。今日もそうらしい。
ヤァっ、と大声で駆け寄ると、思いっきり…真上に大きく上げた剣を、ザンッ…と振り下ろす。
だが、オドアケルは軽そうにソレを受け流すと、再び構える。
アッディーンの剣技は『柔を以て剛を制す』を基本としており、真正面から威力を相殺しようとせずに、ヌラリクラリと避ける動作を基本としている。
逆に、アドバイスをしながらオドアケルが打ち込む場面もあったが、ホスロの動きも全く変わらない。
「おやおや、剣を持っていなかった、と仰る割には随分と………さては先程の発言は嘘であると見える」
(カンウの爺さんや、サイエンの動きも取り入れながら、コソ練しとったけんなぁ…)
「流石じゃ、オドアケル」
そうして三十分くらい打ち合いを続けて居ると、一旦休憩とばかりに二人は剣を鞘に収めて、手拭いで汗を拭った。
(やはり、良いな、勝負は)
血が、滾ってきた。脳から快楽物質が溢れ、気分が良い。
気分が、良かった。
__突然、パカラッパカラッと馬が土を蹴る音が外からして来るではないか。
汗を拭う手を止め、即座に……ホスロとオドアケルは勘付くと、今度は鍛錬場から城門の横に隣接されている見張り台へと、急行した。
(…随分な魔力じゃな)
衛兵に任せるか、と一瞬考えたが、止めたのだろう。
……やはり、どうやら城の外から、誰かが近づいている、立て続けに魔力探知も行ったので間違いない。かなりの量の魔力。陛下か、貴族の使いかな……とでも思ったが杞憂だったらしい。
馬上の人物は……筋骨隆々とした、青年騎士は、ホスロの唯一の兄弟である『アーディル・アッディーン』であった。
同じ、エールの腹から産まれている。
「おぉ、アーディル様がご帰還なさった」
故に、城門を開けい、開けいと見張り台からオドアケルが叫ぶと、ギギギ…と見張りの兵士が、アーディルが下馬する必要が無い様に、先に開けた。
「ご苦労」
そう、アーディルは叫び、堂々、入城する。
そして、そのまま中へと入り、まっすぐ兄であるホスロの下へと、やって来る。
「兄上、兄上ッ……」
「久しいなぁアーディルよッ」
ホスロは見張り台の木の板からひょっこりと顔を出すと、ブンブンと大きく手を振る。
唾を吐き、大声を上げて、弟との再会を喜んだ。
そして、弟の方も……兄を見つけると、アーディルは嬉しそうに近寄って行った。
「おぉそこに居られたか、すぐに参ります」
そして、その姿を確認すると、馬を小屋に繋いで、小走りで歩み寄ってきた。ホスロの方も、自然と見張り台からハシゴを伝って降りてゆく。
この、アーディル・アッディーンは、二歳年下の弟で、将来は兄であるホスロの様な宮廷魔術師ではなく、どちらかと言うとネロが成った騎士候補(マラレル騎士団所属)になりたいそうな。
余談だが宮廷魔術師と騎士候補、この二つの分類は…どちらも王家直属であり、格も同じである。唯一異なる点としては、宮廷魔術師志望の者は近接戦闘が苦手な者が多い、という様に個人の能力によって分かれている所のみ。
つまり、剣技も魔術もどちらも卓越している、又は異常な程の肉体強度を持つもの(カンウやサイエン等)が騎士となり、純粋な魔術だけしか取り柄の無い者が宮廷魔術師を目指す。
「兄上……宮廷魔術師志望と言うに、肉弾戦を鍛えて…入庁すれば、周りから憎まれますなッ」
豪快に笑いつつ、アーディルは、ホスロが腰に剣を佩びているのを見て、破顔した。
「まぁ、そう言うな、俺はどうしても受からんといけん」
(何故なら、不合格になればネロの監禁部屋に連れ戻されるかも…なんて言ったら驚くじゃろうな……)
弟は、最近騎士候補の試験勉強の為に、標準語を学んでいるようだ。そのせいだろうか、訛りが取れている。
ホスロを深く尊敬し、敬語で話しているから、というのも有るが。
(にしても、丁度良いタイミングで来てくれた)と内心弟を、大きくホスロは褒める。
ホスロとしては、試験を受ける前に、自分の大体の実力を知っておきたかった。今まで戦ってきたのが、ネロやサイエンなどの、言ってしまえば…外れ値のような、化け物ばかりだったので、正直マラレル国内での自分の立ち位置が分からない。
「そうそう、アーディル、どうだ、手合わせでもせんか?」
「おや…急にですね……私などが、兄上と、ですか……」
「まぁ、まぁ、久しぶりになぁ」
ふと横をみればオドアケルが決闘用の結界を張り始めている。しっかりと、邪魔にならない城外に。
二人の話を聞きながら、(流石に門の目の前で戦いを始められたら困る)とでも言いたい風であった。
だが、にしても気が利く。
滾り、更に口角を上げつつ、兄弟は、うむ、と目を合わせると駆け出して行き、その結界に誘われるようにして、飛んで中に入る。
双方、佩びている剣に、不殺の魔法を張って向き合った。
そして、その姿勢のままゆっくりと…剣を鞘から外して、直立不動。ビシッと構える。
決闘の結界は、結界内の人数が二人になった瞬間に完成する。
オドアケルは「十、九、八……」
と数えながら結界の外へ向けて歩き出した。
「四…三」
「……纏炎」
「纏電」
「二、一………」
そして…出た、瞬間、物凄いスピードで、剣と剣がぶつかり合い、バチッ、と火花が散る。
アーディルの固有の能力である『操電』は、ホスロの『操炎』と同じく、アッディーン家の伝統的な固有能力として有名である。
戦闘スタイルも兄弟らしく、これでもかと言う程に似ている。どちらも、電気や炎を纏って肉体強度と瞬発力を底上げして殴り掛かる、当に脳筋の戦法。
強者は、強者たるべき。
それが、アッディーンの家風であった。
近接戦闘開始後、八秒。
ただ…純粋な殴り合い、という点ではやはり…背はホスロより低いものの、曲がりなりにも騎士を目指しているアーディルの方が上手らしい。
ギィン、ギィン、と何度も何度も剣を重ねる度にホスロの方が削られ、押されてゆく。
「兄上、衰えられたかッ」
「いやぁ…そりゃ分からんで」
(馬鹿な、脳筋めが)
ただ、ホスロは魔術師である。近接戦では敵わんと見ると、思いっきり炎を撒き散らして、結界一面。砂埃を舞わせた。
焦げた砂と煙が、狭い結界内に充満する。
「ゴホッ…ゲホッ……!」
自分が生み出した炎から発生した煙ならば、『操炎』の操作範囲内なので、ホスロは煙の妨害を喰らわない……が、アーディルは違う。当然口から大量の煙を吸い込み、苦しくなってゆく。
電気を大量に放出しても、別に煙が晴れる訳でもないし、第一やったとしてもその後の隙をつかれて負けるだろう。
砂埃が多すぎて、索敵も出来ぬ。
どうしようもなく、がむしゃらに剣を振り回す
「ハァ………ゲホッゴボッ……ハァ…ハァ゛………」
もう、呼吸も出来ない程にヘロヘロになった所で、ようやく煙は晴れた。
晴れれば、背後には、余裕をぶっこいて、ロングソードを研いでいるホスロが居た。
「ハァ……ハァ………卑怯ですね…兄上」
「戦場だったら死んどったで、アーディル」
ホスロはクックックと低く笑いながら言うと、少し怒った様な顔で、注意をする。弟は昔から正々堂々……強者は強者らしく、という感じで勝負をする。故に心配なのだろう。
(まぁ、これで俺の大体の実力が分かったわ、騎士目指しとる子に余裕持って勝てるくらいなら、試験も安心出来そうじゃな)
ところで、肝心の試験の日程は何時なのだろうか、急に気になったホスロは、ふと結界外に控え続けているオドアケルに尋ねてみた。
「なぁオドアケル、そういや宮廷魔術師試験って何日なん?」
例年は、この時期くらいにしていたハズ、早くても一週間後くらいだろうと高を括っていたが、どうやら見当違いだったらしい。
「明日です」
「ん…?」
「宮廷魔術師庁で行われる最終認定試験(勝ち上がり形式のみ)は明日行われます」
「えっ、ちょっ……ん……ホンマに言っとる……?」
「はい」
オドアケルは、面長な…冷静な顔で言い放った。
「ならもう移動せんと、王都まで半日掛かるんじゃで?」
「お供致します」
「お供しますね、じゃ無いわッ」
ホスロとしては、傲慢ではあるが…呑気に試合する前に言っとけよ、と思う訳である。
「あぁ…いえ、ホスロ樣はそれを承知で、余裕を持って最後の鍛錬をされたのかと思いまして……」
「むぅん……それは……まぁ、確認してなかった俺が悪いわ」
貴方を信用していたからこそ、と言われれば何も返せない。
ホスロは、そそくさと城内へと踵を返すと、自室に戻ってポーションやら包帯やらをケースに詰め始めた。
(全く……なんで行きたくもない試験に行かんと……ネロめ……)
ここで試験を受けずに、あの監禁部屋へと逆戻りなど冗談ではない。ホスロは不愉快そうに口を曲げながらも、せっせと手だけは動かし、荷造りを完成させて行った。
田舎に引き篭もろうとしたらヤンデレに執着されました。 ミドリヤマ @midoriyama2006
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