第8話 ピーターの退役

ピーターの入隊から5年が経過した。徴兵期間を無事に終えて今後の事を考えなければいけなくなった。

ピーターは工兵部隊で信頼の篤い隊長副官として有名になっていた。5年の間に新兵教育のカリキュラムの効率化。糧食の改良・開発にトーマスと取り組んで短期間の遠征での食事が劇的に改善され、さらに小型荷車によって物資の運搬が楽になった。

改良された糧食と小型荷車は工兵隊全体に浸透し、ピーターの名前も兵士、下士官に知れ渡った。そのピーターが退役するという情報が広がり、各隊長がスカウトに来た。工兵隊以外にも歩兵や一部の上級士官からも副官待遇として引き抜きの話があった。騎兵からも話が来た時はマックス隊長の所でお断りをして、ピーターにまでは伝わらなかった。


「騎兵の奴らの面の皮の厚いこと。ピーターをトイレの番人にした奴らが何を言っているんだか。ピーターの希望は退役だ。すでに自分で全て手配済みだよ。退役の噂が広まる前に。俺はあいつを部下にできてよかった。軍人生活の最後の5年間は毎日が楽しかった。息子ができた気がしたよ。シンシアもピーターを気に入って養子にしたがっているんだよ」

マックスとトーマスも同じ時期に55才の退役の時期を迎える。


「ピーターのヤツ、シンシアのシチューが一番の大好物と言っていたぞ。料理長の俺にだぞ。退役してこれからあいつは何をするつもりだろう」


「その相談にこれから来るって言っていた。あと、ピーターはニシンが苦手だからお前の料理が苦手じゃないのかな。おお、ピーター。よく来た。座って話をしよう」話をしているとちょうどピーターがやってきた。


「えっ、ピーターはニシン嫌いなの。俺は好物と思って大盛で渡していた。」トーマスがびっくりしてマックスに聞き返した。


「マックス隊長、トーマス料理長。今まで大変お世話になりました。僕が5年間向いていない軍務を続けられたのはお二人のおかげです。ありがとうございました。」ピーターが頭をさげて挨拶をした。マックスは出会った5年前を思い出しながらうなずいた。


「なあ、ピーター!お前ニシン嫌いなの?」トーマスは今度はピーターに尋ねる。


「ああ、今までお疲れさま。まあ、俺たちもすぐに退役になる。ありがとう。隊を代表して御礼を言わせてくれ。それでこれからどうするつもりだ。徴兵とはいっても少しは給料がでているが、働かないと生きていけないくらいの薄給だろ。良ければ仕事を紹介するぞ。軍と一緒で薄給だが衣食住は揃っている職場でインテリを募集している。お前ならぴったりだ」


「ありがとうございます。お金は使う機会がなかったので少しは貯まっていますが次の仕事がないと飢え死にします。その前に一旦故郷に帰るつもりです。父親からはもう来るなと言われたましたが、恩師に挨拶だけでもしたいので」マックスは好々爺のようにうなずいた。


「なあ、なんで言ってくれないの。お前への『持ち帰り』はニシンのブローチェ(サンドイッチ)が多かったよな?」トーマスはしつこく聞いている。


「一度報告に戻ってこい。シンシアも心配する。あと馬を手配してやる。馬車で往復するよりいいだろう。ちゃんと返せよ。体に気を付けろ。あとトーマスうるさい」いい加減うるさい幼馴染に向けてマックスが叱った。


「はい。ありがとうございます。必ずご報告にきます。ニシンは骨が多いので苦手です。チーズは好きでしたよ」ようやくトーマスの目をみて返答をした。


「・・・大盛にして悪かったな」寂しい気持ちでピーターの肩をたたく。


「トーマス料理長もありがとうございます。行ってきますね」


「おう、行ってこい」二人に送り出されてピーターは故郷へ戻る準備をした。

来るときより少し増えた荷物を持って馬に乗って南へと旅立った。

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