第5話 工兵に配属されたけど

「馬蹄作りのクラーク爺さんからお前のことを聞いた。子供といっていい年齢の子の目がどんどん濁っていくのが耐えられないってな。俺に相談しに来たんで騎兵隊のアントン隊長からお前をもらってきた。行軍計画や大事な王室警護の日程や配置の仕事を新兵のお前に押し付けた事と、お前を殴っていた部下の管理不足について説明を求めたら快く譲ってくれたよ。俺の隊で気楽にやろう」ピーターを転属させてくれた理由をマックス隊長が教えてくれたが、想像している軍人像よりも軽い感じなのでヤコブ牧師を思い出してしまう。


「気楽にしてもいいのでしょうか。訓練も本気でやれと教わりましたが」ピーターも一応聞いてみる。


「戦争相手もいないのに?」 あきれたようにマックスが聞き返してきた。


「いないのですか?」ピーターはびっくりして質問してしまう。軍人は治安維持と戦争のために存在すると考えていたからだ。


「敵なんていらないんだよ。戦争よりも商売で国を富ませるように政治家が動いている。俺のその方針に大賛成だ。だから気楽でいいんだよ」


「できたら、その辺りも教えてほしいです。田舎の村では勉強できませんでした」ピーターの知的好奇心が刺激されて、久しぶりにワクワクする気持ちになってきた。


「いずれな。まずはお前の仕事場を案内する。トーマス。手伝いを連れてきたぞ。ピーター。これからは午前も午後もここで働いてくれ。トーマスは料理長だから指示に従うように。よろしくな」連れてこられたのは工兵隊が利用する食堂の厨房だった。茶色い髪の大男でマックスよりも大きかった。マックスと違い表情が変わらないので機嫌が悪いか怒っているのではと思い、急いで挨拶をした。


「はい。ピーターです。トーマス料理長。よろしくお願いします」


「おう。トーマスだ。マックスとは幼馴染でな。早速で悪いが手伝ってくれると助かる。その前に匂うな。風呂に入ってこい」鼻をつまんだトーマスが最初の命令をだした。


厨房仕事が進むよ


マックスがピーターを思い出したのはトーマスに預けてひと月が経った頃だった。マックスも書類仕事や行軍準備や野営訓練、橋の修理や水利、都市のインフラ整備計画で忙しく、ようやく手が空いたのだ。誰か書類仕事のできる手伝いが欲しいなと考えて本当に忘れていたピーターを思い出したのだった。

工兵隊の食堂に向かうとピーターが黙々と働いていた。手際よく動く姿を見てマックスはホッとした。少なくとも騎兵隊時代よりも幸せそうである。マックスはトーマスを見つけて話しかける。


「トーマス。ピーターを預かってくれてありがとう。明日から俺が引き取るから安心してくれ。ピーターはどうだった。ちゃんと働いていたか」気軽に話しかけたが、トーマスは真剣な顔で交渉をしてきた。


「マックス。俺たち親友だよな。お前がシンシアと結婚できたのも俺が紹介したからだよな。一生のお願いだからピーターを厨房にくれ。ピーターは他の料理人とも仲良くなって馴染んでいる。料理のレパートリーも増えた。あいつの幸せそうにしている。これからも厨房で働かせてやってくれないか」トーマスは顔の筋肉が固まって動かないんじゃないかと思うほどに無表情な男だが、部下の評価・管理はしっかりして教育するので配属された新兵や心が疲れた部下を一時的にトーマスに預けるようにしていた。


「お前にしては高評価だな。ピーターを預けたのは嫌な思いをした軍務から少し離すためだ。騎兵からすぐに工兵の仕事は辛いだろうと預けたんだ。ピーターは軍所属だから工兵隊に戻さないといけない。厨房は一般職として募集しているから軍人のピーターにはなれない。知っているだろう」今まで去る者は追わずのトーマスがここまで執着するのは初めてだった。


「なあ、一生のお願いだよ。ピーターをくれよー。大切にするからさー」年寄りの大男が同じ年齢の年寄りに甘える姿は控えめにいっても見苦しい光景である。


「お前、年一回は一生のお願いを使うだろ。おもちゃやお菓子をねだる子供じゃないんだ。トーマス。ピーターは今日まで。明日からは俺が適正を見て仕事を与える」

騒ぐトーマス料理長を放置してマックスはピーターと面談をする。久しぶりに見たピーターは落ち着いた顔をしていて安心をした。


「ピーター。明日から俺の副官としてついてこい。適正をみて仕事を与える。まあ、堅苦しいのはこの辺にして、料理人の仕事は楽しかったか」


「どこが堅苦しいのかはわかりませんが。ありがとうございます。村から出てようやく居場所ができたように思いました。トーマス料理長には自由にさせてもらいました。だいぶん仕事内容を変更させていただいたのですが、怒りもせずに褒めてくれました。僕を褒めてくれたのは村の牧師様だけなのですごくうれしかったです」ひと月ぶりのピーターは優しい顔になっていた。これならもう少しトーマスに預けてもよかったかもしれないと思った。それでも気になる事はある。


「そこだよ。トーマスがお前のしたことを喜んでいたが、具体的に何をしたんだ」


「別に特別な事はなにもしていません。村で牧師様に教わった『ヤコブ式』というやり方をしただけです。掃除してゴミを捨てて鍋やナイフをしまっただけです。あとは調理の順番を紙に書いて担当を振っただけです。今までは無駄があったので改善しただけですよ。」


「トーマスはお前を欲しがってた。やらんがな。とにかく、よくやった。ピーターは喜ばれる仕事をした。誇っていいぞ」


「ありがとうございます。嬉しいです。あと、これは保存期間が長くなるように作った菓子パンです。小腹がすいたら食べてください。ああ、僕の実家はパン屋だったんで味は保証できます」


「いただくよ。どれくらい持つんだ?」


「二週間ほどは腐りません。お酒と干し果物を使っています。何種類か用意したので感想をください」


「味もいけるし腹持ちもいいな。二週間も腐らないうえに片手で行軍しながら食える。短期の行軍ならこれだけでいい。荷物も軽くなるし、これだけで兵站の問題がかなり解決してしまうんだよな。仕事の片手間によく作ったな」マックスは仕事は義務と考えていて終わったら愛妻のいる家に早く帰りたいと思っている。自発的に糧食を改良しようとするピーターは仕事をしすぎるように思った。


「厨房では仕事が終わったら帰っていいと言ってくれました。僕は感動しました。いつかトーマス料理長に恩返ししたいです」ピーターのセリフが気になって故郷の村での一日のスケジュールを聞くと、仕事を効率よく詰め込んで、寝る時間を削って勉強していた。この年で3か国語と計算を修めるにはそれだけの努力をしていた事がマックスにはわかった。そして、忙しくてもピーターには休む時間を与えようと決心をした。

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