第39話 聖香師


「愉快な聖職者だねぇ」


 そのとき、誰かの声が割って入ってきた。

 のんびりとした声。三人で一斉に振り返ると、そこには将大が立っていた。


「将大?」

「なんか楽しそう。僕も入れて」

「あ、将大。ちょうどよかった」


 夕海は萌黄の巾着袋を手渡す。

 受け取った将大は、珍しそうに袋を眺めた。


「何これ。練り香とか入れるの?」

「まったく、どいつもこいつも。皆の衣の布が余ったから作ったのよ。真珠入れたらどうかなって」

「なるほど。真珠用か。そうだと思ったよ」

「皆、個性が強すぎるわ。まともな人がいないじゃない」

「もしかして皆さま、わざと言ってたなんてことは……?」


 こんなに息がぴったりなのだ、何か企んでいるのかもしれない。

 琴がおそるおそる問いかけると、涼人と将大はにやりと笑った。

 その顔を見て、夕海は腰に手を当てて怒り出す。


「あのね!」

「はいはい夕海、落ち着いて。その巾着袋、朝陽の帝にも渡すの?」

「うん。そうだけど」

「なら早くした方がいいよ。そろそろ呼び出しがあるから」

「えぇ、呼び出し⁉︎」


 夕海が、驚愕の声を上げる。

 琴も驚いて、夕海を見上げた。


「お姉さま、何か怒られるのですか?」

「おもしろいな、琴。怒られる呼び出しだったら、最高におもしろい」

「ちょっと! 私は素直に生きてきたわよ!」

「さようなら、夕海」

「お姉さま、大丈夫ですか?」


 涼人が目頭を押さえるふりをし、琴が心配そうに夕海を見る。

 そんなふたりに将大は苦笑した。


「そんな訳ないでしょ。夕海、叫ばないの。涼人は琴をからかうの止めてね」

「え、私、からかわれてたんですか?」

「だっておもしろいから」


 涼人を見ると、彼はあっけらかんとして言った。

 目が完全に笑っている。

 彼らしいが、してやられた。琴は、悔しくなって頬を膨らます。


「そんなぁ」

「それより、夕海の呼び出しって何の用だ?」

「なんかね、明日の宴に出る雅楽団の衣を見て欲しいんだって。さっき従者さんが来てたよ」

「あ、そういえば私、雅楽団の衣を駄目出ししちゃったんだっけ」

「そんなことしたのか」

「だって、色の重ね合わせが下手だったんだもん」

「そりゃ聖衣師に言われたら焦るな」

「とにかく行った方がいいよ」

「わかったわよ」


 夕海はしぶしぶうなずくと、金茶色の袋を取り出した。

 気品のある色は、高貴な人に似合いそうだ。これはおそらく、朝陽のものなのだろう。


「これ。帝さまに届けてくれない?」


 そう言って、夕海は琴の手に巾着袋を置いた。

 巾着袋を受け取りながら、思わず目を丸くする。


「え、私ですか?」

「うん」

「いいと思うよ。朝陽の帝も喜びそう」

「そ、そうですか?」


 将大はにこやかに笑みを浮かべると、夕海と琴の後ろに回った。そして、手で背中を押される。


「はい、行ってらっしゃい」

「ちょっと、押さないでよ!」


 夕海と琴は半ば追い出されるようにして、聖麗殿を後にした。

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