第14話 男子陣

「そうだ。琴のお部屋を案内するよ」


 夕海が思い出したように立ち上がった。

 そして琴を見る。


「そろそろ荷物届くよね。私たちはもう、荷物とか入れちゃっているから。あとは琴だけだよ」

「よし。俺も着いて行こう」


 凛太郎がお兄さんらしく胸を張る。

 瞬間、夕海が思いっきり眉をつり上げた。


「はぁ? だめに決まってるでしょ。男はここで仲良く待っていなさい」

「そうだよ、凛太郎。仲良く待っていようよ」

「むう」

「別に仲良く待ってなくてもいいんじゃないのか」

「固くなるなって、涼人」

「では主上はこちらに」


 朝陽の後ろで控えていた織也が声をかけた。


「宰相殿がお呼びです」

「わかった」


 朝陽が立ち上がり、皆を見回す。

 威厳のある佇まいは、先ほど琴に名前を呼ばれてたじろいでいた者ではない。この国を背負う、帝としての凛とした姿勢があった。


「近日、聖職者決定による貴族のみの宴がある。備えておけ」

「はい」


 五人一斉に返事をする。


「では」


 帝はさっと踵を返し、広間を後にする。

 織也は一礼すると、音を立てないように襖を閉めていった。


「さて」


 朝陽が退室した広間で、夕海が凛太郎を見た。

 そして、まだあどけなさが残る顔に、にやりとした笑みを浮かべる。

 その怪しげな笑みに、凛太朗は「何だ、その笑みは?」と怯む。


「さっき私たちに着いて行きたいって言ったよね」

「おう、そうだぞ!」

「よく考えたら、重い荷物を私たちだけで運べないのよね」

「つまり、着いて来たいのなら荷物運びをしろと」

「正解!」


 夕海がびしっと指を立てた。


「と言うわけで、凛太郎。行きますよ!」

「僕も行く!」

「凛太郎の監視と言うことで」

「なんか、ありがとうございます」


 将大と涼人も、高く手を上げる。

 琴はなんだかよくわからないまま、頭を下げた。


「いいのよ、琴。じゃあ、凛太郎は箏を持って! 将大と涼人は侍女さんから荷物を受け取って。ほら、琴。こっちだよ」

「わわわ」


 夕海に引っ張られ、琴は廊下に出る。

 庭院に面した歩廊に出た途端、爽やかな風が琴の髪を揺らした。

 夕海に手を引かれて、まるで幼子のように琴は歩く。そんな二人の後ろから、箏と荷物を持った男性陣の声が聞こえた。


「なんで二歳も年下の夕海に命令されるんだ」

「俺なんか三歳も年上だぞ」

「精神的には夕海が一番上じゃない?」

「凛太郎が一番下だ」

「俺は、歳も精神も一番上だっ!」

「確かに年齢は凛太郎が一番上だし、僕と涼人は凛太郎のひとつ下だけど。精神的には違うと思う」

「同感だ」

「くっ。お前たち、後で覚えとけよ!」


 凛太朗が声を張り上げる。

 そんな年長者に向かって、涼人と将大の同年組は顔を見合わせる。


「どうだろ」

「忘れたいな」

「そうだ、涼人。凛太郎、うるさいから後で眠り薬を作って飲ませようよ」

「俺と将大が組んだら、最高の眠り薬が作れるな。それよりも、この前作った新薬の効果を凛太郎で試してみよう」

「それ、本当の意味での毒味だね」


 なかなかおもしろい会話だ。

 琴の兄弟にも男子はいたが、皆は己の力を自慢することばかりの日々だった。

 兄弟なのに仲良くしないし、優しさを与えない。己が一番勝っていると言う。

 男子にとって大切なのは権力だけで、仲の良さはないものなのだと思っていた。だからこそ、こんなにも楽しげな会話は、琴にとって新鮮なものだった。


 琴は、夢中になって男子陣の話を聞く。

 その間、繋がれた手が震えているのに気がつかなかった。

 気がついたときには既に後の祭り。聖麗殿に、大きな雷が落ちたところだった。


「うるさーい!」


 夕海は後ろを振り返って、きっと睨む。

 雷を落とした主を見た男子陣は、ぱたりと会話を止めて、おそるおそる夕海を見た。


「あんたたち、本当にうるさい! もう、男の子ってほんと子供なんだから」

「俺たちは子供扱いかよ」

「凛太郎がいけないんだろ」

「僕もそう思う」

「ほんと、おもしろいですね」


 こらえきれなくなった琴は笑い出した。

 ぽんぽんと出る会話が本当におもしろい。ずっと聞いていても飽きないだろう。それくらい、男子陣の話は笑うところがたくさんあった。


「ほら、琴に笑われちゃったわよ」

「凛太郎のせいだ」

「俺のせいじゃない!」

「凛太郎! あんた、琴の箏を持っているんだからね! 傷つけたら許さないわよ」

「あわわ。そうだった」

「忘れてたのかよ!」


 将大と涼人が同時に怒声を上げる。


「ひぃぃぃ!」

「すみません、持ってもらってしまって」

「大丈夫だよ、琴。夕海ほど荷物も重くないし」

「あれは、裁縫道具が入ってたの!」

「ところでさ」


 涼人が辺りを見回してつぶやいた。

 喚く凛太朗のことなどは完全に無視し、自分がいる場所を確認している。

 その様子を見て、琴も真似るように辺りを見渡した。


「俺たち、聖麗殿を一周しちゃったぞ」

「あれ?」


 改めて見ると、先ほどいた広間の前にいた。

 琴の荷物を手渡した侍女たちが、ぽかんとして琴たちを見ている。


「み、皆さま?」


 そんな侍女たちに凛太郎は明るく言った。


「どうも、ただいま!」

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