第3話 大樹の中はゴミ屋敷!?

「えっ、き、汚い……」


 大樹の中とは思えない大きな部屋は、散らかり放題散らかっていて足の踏み場もない状態だった。


「散らかってると言っただろう。私は片付けが苦手なのだ。だがまあ、気にせず好きにくつろぐといい。今日は特別だ」

「く、くつろぐって……」


 服は脱いだままあちこちに散乱し、食器やグラス、本やよく分からないアイテムがいたるところに転がっている。

 木の実の殻や何かを包んでいたと思われる葉っぱなどの残骸も、部屋中に散らばっていた。

 リファは、こんなにひどい部屋を見るのは初めてだった。


「あ、あのっ!」

「なんだ?」

「その、か、片付けてもいいですか?」

「うん? それはまあ、片付けてくれるなら?」


 シルヴィスの返答を聞いて、リファは「やるしかない、ですっ」と呟き、ゴミ屋敷のような部屋を見据える。

 危険がないなら外の方がマシなレベルだ。

 リファは気合いを入れて、部屋の隅に転がっていたバケツにゴミを集めるところから始ることにした。


 ライア村では、休むことなど許されなかった。

 遅ければ殴られたり蹴られたり、怖くて痛いことが待っている。

 だからリファは、幼く小さい体ながらも少しでも早く終わらせられるよう、凄まじい集中力を身につけていた。


「す、すごい……。娘、おまえはいったい何者だ? 片付けの神様か?」


 そう言って唸るシルヴィスの声も、今のリファには聞こえていない。

 村では、リファに声をかける人間は皆怒鳴るか暴力がセットだったからだ。

 シルヴィスのつぶやき程度の声は、リファの集中力にかき消されてしまった。


「――ふう」


 ゴミをいったん外に出したら、今度はテーブルを綺麗にして食器を洗った。

 そして洗った食器をテーブルへ移動したら、次はキッチンを磨いていく。

 何が何やら分からない状態だった流し台や調理台も、みるみるうちにピカピカになっていく。

 ――だがそこで。


「!? あ、あれ――?」

「おい!?」


 リファは力尽き、その場に倒れて動けなくなってしまった。


 ――ど、どうしよう?

 途中でやめるなんて、また殴られる。

 でも体が動かないし世界がぼやけて――。

 昨日の朝からほとんど何も食べてないからかな?

 それとも背中の傷のせい?


「――おまえ、背中にひどい怪我をしているな? なぜ言わなかった」

「え……?」

「それに生命力が著しく落ちている。食事をしていないのか?」


 シルヴィスは、寝室へ行き、ベッドの上に散乱していたあれこれをすべて床に落として布団をバサバサと上下に振った。

 そしてリファを抱きかかえて布団にうつ伏せで寝かせ、服をまくって包帯代わりに巻かれていた布切れを外す。


「なっ――なんだこれは? 拷問でもされたのか? こんな子どもになんて惨いことを……」

「私はいけない子だから、仕方ないんです」

「…………」


 シルヴィスは否定も肯定もせず顔をしかめ、リファの背中に手をかざした。


「一瞬、少しだけ痛みが増すかもしれないが、我慢しなさい。すぐによくなるはずだ」

「は、い……。っあぅっ……」


 痛みに呻いたのも束の間、リファの背中の傷はみるみるうちに消えていった。


「――よし、これでいいだろう。まったく、そんな怪我で掃除のために生命力を消耗させるなど、信じられない愚か者だなおまえは」

「ご、ごめ……なさ……」

「いいからじっとしていなさい」


 シルヴィスはリファが洗ったカップに水を注ぎ、手をかざして力を込める。

 すると水がじんわりと美しく光り輝き、淡い水色の液体が完成した。


「ほら、これを飲んで」

「んっ……く……」


 シルヴィスはリファの上半身を支えながら少し起こし、カップの液体を少しずつ口に含ませる。

 液体は驚くほどスゥッと体に染み込み、リファの体力をみるみるうちに回復させていった。


「お、おいしい……」

「もう起きられるか? 無理はするなよ」

「は、はい。もう大丈夫、です。ごめんなさい……」

「べつに怒ってない。驚いただけだ。体力が回復したなら何か食べなさい。――って言っても、さっき採ってきたフルーツくらいしかないが」

「これ、食べていいんですか? あ、ありがとう、ございます……」


 シルヴィスから受け取ったみずみずしいマンゴーのようなフルーツを、リファは泣きながら貪るように食べ続けた。

 シルヴィスはそんなリファの様子を、少し困った顔をしながら静かに見つめていた。


「おいしいお水と食べ物、ありがとうございました。もう大丈夫です。食べた分働きます」

「もういい。散らかってても死にはしないし、どうにかなる」

「よくないです! 私にはそれくらいしかできないので、させてください!」

「……はあ。おまえは変わってるな。まあ元気になったなら好きにするといい。だが今日はだめだ。明日にしなさい」


 シルヴィスはそう言って、魔法で水のベッドを出した。

 ぷよぷよしていて、不思議と温かくて、水なのに濡れない不思議なベッド。

 そこに寝るよう促されたリファは、水の布団に包まれて、あっという間に眠りについた。

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