限界社畜が天涯孤独少女を引き取ることになった話
町 玉緒
第1話 社畜、隣屋 誠(27独身)
「…おじちゃんと一緒に住むか?」
「……」
あぁ、俺は何をしているんだろう。
何故こんなことを言ったのだろう。
でも、どうしても、彼女を放っておくことが出来なかったんだ。
○△□
2日前。会社内にて。
俺は、書類の中に埋もれていた。
なぜなのか。理由は明快。俺が断れずに、先輩や部下の仕事を受け持っているからだ。
「隣屋くん、これよろしく」
「あっ、俺のも〜」
「これくらい出来るよね?期待してるから」
「…あは…。はーい……」
かすれた声で返事をする。先輩たちはいつもの決まり文句を言いながら書類を積むと、忙しそうに席へ戻りスマホを弄り始めた。
今は昼休憩の時間。周りが弁当を食べる中、俺は1人いそいそと仕事を片付ける。
やつれた頬に、濃い隈。クタクタな背広にボサボサの髪…。昼時にinゼリーを絞りながら書類の山と格闘する俺の姿は、誰がどう見ても“社畜”そのものだった。
「昼休憩終わり!午後も頑張ってこう!」
部長がそう声をかける。若い女性社員達はぶつくさ言いながら席に戻り、さりげなく俺の机に書類を置いていった。
(気づいてるっつーの……)
……なんて言えるはずもない。
人が怖くて仕方の無い俺は渋々とその書類に手をつけたのであった。
○△□
ピピピ……ピピピ……
アラームが鳴り、はっと我に戻る。
集中して気づかなかったが、とっくに定時は過ぎていて、社員は俺1人しか残っていなかった。
ちらりと時計を見ると、
時刻は11時50分。
はぁ、とひとつため息をつき、言葉を漏らす。
「今日で五徹目か………クソっ!今日こそは家に帰りたかったのに…!!」
窓の外を見ると、大通り方面が赤と緑の装飾で賑わっている。
はい。今日はなんとクリスマスイブ。
そして俺の誕生日でもあった。
「はぁ〜…。俺もあと数分で27…。そしてあと3年もすればアラサーか…」
ほろり、と涙が頬をつたる。
「今頃俺に仕事を押し付けた部下たちは聖なる夜を……」
「クソっ!」
あぁ、虚しくて、情けなくて涙が出る。
憧れだった先輩……。新卒の頃は優しく接してくれたのに、いまや俺への態度はゴキ○リ以下だ。
可愛かった部下よ……。彼女自慢ウザかったけど、それでも憎めない奴だったのに…!
「なんなんだ!俺は奴隷か!?奴隷なのか!?いや、奴隷以下……?」
そこまで考えて、また虚しくなる。
あぁ人生。あぁ自分。
なぜこうなったんだい?
プルルルル……プルルルル……
一人で絶望していると、聞き慣れないコール音が鳴った。
この初期設定の音は……俺のスマホだ。
「…なんだよこんな深夜に…。上司か?部下か?今の俺は無敵だぞ?」
もう12時を回っている。こんな夜中にかけてくるなんて、相当な常識知らずか、家が火事だとか、そんなとこだろう。
ま、流石に火事はないだろうが……
「はい、隣屋――」
「隣屋くん!無事でよかった!落ち着いて聞いてな、実は―――」
「え?」
○△□
「嘘……だろ……?」
目の前には、黒く変貌した、俺の部屋。
辺りには人だかりが出来ていて、消防車のサイレンが鳴り止まなかった。
「中年女性の火の不始末が原因らしいわよ…」
「まぁ……隣の部屋の人、可哀想だったわね……」
《イカれた隣人memo》
ジンブツ:隣のおばさん
トクセイ:今回の火事の原因!髪の毛の入ったカレーを渡してくるぞ!
「おいおいおいおい」
「嘘だと言ってくれよ……?」
火災保険……入ってたっけな?てか部屋の家具全部燃えたのか…?
いや、それよりも……!!
ダッ
「あっおい!危ねーぞ兄ちゃん!」
人混みをかき分け、自分の部屋へと突入する。もうこの際家具はどうでもいい!アイツが、アイツさえ居れば…!俺は生きていけるんだ!!
「っ……!太郎ーーー!!!」
《イカれた同居人memo》
ジンブツ:太郎
トクセイ:クレーンゲームでとった亀の人形だぞ!
「人生で初めてクレーンゲームで取れた俺の相棒……!俺の…俺の心の拠り所だったのに!!」
人生で初めて掴み取った成功、太郎。いつも辛い時そばに居てくれた大切な人形だ。
……しかし、そんな太郎は今や真っ黒に焦げ、原型が分からなくなっていた。亀と言われたら、「…亀?あー、うん。…うん?」となるくらいにだ。
「隣屋さんですかー!まだ危ないので戻って貰えると助かります」
「ヘァ…ハィ…」
外からの消防士の掛け声に、気を取り直す。
外はいつの間にか野次馬で賑わっていて、近所のマダム達が俺を指さし話していた。
ザワザワ…ザワザワ…
「まぁ……隣の人、あの人じゃない?」
「うわぁ…悲惨……」
仕事場からそのまま抜け出てきました、とでも言いたげな、煤の付いたヨレヨレのシャツに、右手には黒焦げな何か(太郎)を持っている俺の姿は、さながら“社畜+家が燃えた人”を表していた。
「はは……はぁ…」
残業で疲れ果てた俺にはいささか刺激が強すぎたようだ。うん。
きっとこれは夢だ。うん。
「隣屋くん…気を確かにね……」
「大家さん……」
辞めてくれ…。そんな風に憐れんだ顔で見られたら、現実だと思うを得ざるなくなるではないか。
「はい、これあげるよ…」
「大家さん……」
辞めてくれ…。間に合わせです、みたいなボロいうさぎの人形を渡すのは。てか俺が人形好きって知ってたんですか?
「うう…」
涙が溢れて止まらない。仮にも誕生日ぞ?
大家さんに背中をさすられながら、俺は静かに涙を流していた。
プルルルル……プルルルル……
「っ……!なんなんだよ!」
またスマホに電話が来る。今度は誰だ?正直今誰が来たとしてもキレる自信あるぞ。
「隣屋くん…お母様じゃないか!出た方がいいぞ!」
画面いっぱいに表示されたのは、“母さん”の文字と、ち○かわのアイコン。
紛れもない俺の実母だった。
もしかして、俺を心配して……?もうニュースになってるの……?
しかし、この時俺は、この電話が今後の人生を大きく変えるということに、まだ気づいていなかった―――。
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