第4話
討ち取った叔父の首を刈り取り、その髪をつかんで片手で持ち上げた。これを王に差し出せば、我が家門にかけられた嫌疑も晴れるはずだ。
「エーリヒ、ありがとう。」
「お前なんで、俺に禁術を使ったんだ?」
少し慌てた様子で、エーリヒが尋ねた。
「魔王をどうしても倒したかったから。それにあなたに『さようなら』って言ってなかったからかな?」
エーリヒの虚ろな瞳が、寂しげに揺れた。
「エーリヒ、私はもう一人で大丈夫だから。」
「大丈夫っていうのはどういう意味?俺は用済みってことか?」
「――あなただって知っているでしょ?どうして、この術が"禁術"なのか。あなたを使役した時間の分、私の寿命は短くなっていくのよ。」
「……。」
「もう、あなたもこの世に未練はないでしょ?それとも、あの聖女様のことが心残りなのかしら?だとしたら、私には何もできないけど、あなたの魂を、ちょっと強引に冥界に送り還すくらいはできるわ。」
「……聖女だと?あの女がなんか言っていたのか?」
みるみるエーリヒの眉間にしわが寄る。こんな憎々しげなエーリヒを初めてみた。私は淡々と続けた。
「だって、あなたと彼女は恋仲だったんでしょう?だから彼女は、聖女の力を失って、あなたを治癒できなかったって、陛下から報告があったわ。かわいそうに、リーゼロッテ様。今は公爵家で謹慎になっているって。」
「はあ?!俺はあの女と関係なんて持ってない!アイツは親の力を使って筆頭聖女になったんだ。それで、勇者に選ばれた俺に勝手に一目惚れして、パーティーに入ってきた。ろくな治癒魔法も使えないクセに。何度も言い寄られたけど、俺にはエルザっていう婚約者がいると、ずっと断ってきた。」
「え、うそ。じゃあ、リーゼロッテ様はもともと治癒魔法は使えなかったの?」
「ああ、聖女というにはお粗末な治癒魔法しか使えない。だからなるべく怪我をしないように、仲間の魔術師や剣士と協力して闘っていたんだが、最期は打ちどころが悪かった。生きて帰るって約束したのに――エルザ、ごめん。本当にごめん。」
なんだ。エーリヒは裏切っていなかったのか。それを聞けただけでも、うれしかった。そして、この国の一大事だというのに、一人の公爵令嬢のわがままで、能力のない人間をパーティーに入れた陛下と宰相であるノイシュヴァンシュタイン公爵に、沸々と怒りが湧いた。
「――最期に誤解が解けたのは良かったわ、エーリヒ。死者の魂は還るべきところに戻るのが一番なの。この世に全く未練の無い人なんていない。だけど安心して。私がちゃんと冥界まで送ってあげるから。これは、あなたにとっても最善の選択はずよ。」
「待って!やめろ!俺はあの世になんか行きたくない。」
「ファルクス・モルティス――死神の鎌。」
死神の鎌で肉体と魂を引きはがそうとすると、エーリヒに抱きつかれた。途端に彼の未練と執着があふれ出す。
「エルザは、俺がこの世からいなくなったら、どうするの?もしかして、辺境に戻って、他の男を婿にとるの?一生一緒にいようと約束したよね、エルザ?あれは嘘だったの?魔王が死んだら、俺は用済みなの?もし、エルザがそのつもりでも、俺は絶対、離さないから。」
冷たい腕に強く抱き寄せられる。生前の明るかった彼からは想像もつかないほど、執着に歪んだ表情。まるで捨てられる前の仔犬みたいだ。
「――そうだ。どうしても俺を冥界送りにしたいなら、エルザも連れて行くよ。」
エーリヒが私から離れ、少し悲しそうな笑みを浮かべながら、詠唱する。
「グラディウス・ルーキス――光の剣!」
光の剣を握りしめ、私の首筋に沿わせた。もしかして、本気で私を手にかけようとしている?!
「やめて、エーリヒ!分かったわ。あなたを無理にあの世に送ったりしない。」
「――約束だよ、エルザ。これからはずっと一緒だ。」
ほの暗い執着にからめとられて、結局、私は彼の魂を冥界に還すことができなかった。
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