第3話

 ドゥンケルシュタットに向かうにつれ、瘴気が強くなっていく。街には強烈な死臭と瘴気が漂っていた。魔王は大量の魔獣を引き連れて、この地に奇襲をしかけたと聞く。住人の多くは訳も分からぬまま惨殺された。街には行き場を失った大量のアンデッドが、魔獣とともに徘徊していた。


 叔父は私と同じで魔力は強かったらしい。だから最後まで兄である私の父が家を継ぐことに納得できなかったという。魔王を名乗るだけあって、叔父は何千何百ものアンデッドを同時に使役できる。ただ私がエーリヒに施したような、魂の憑依や高度な肉体再生はできない。これは何代か前の当主が亡き妻を蘇らせるために編み出した禁術の一つで、シュヴァルツ家嫡子にのみ、その魔導書の閲覧が許可されているからだ。


 街の中央通りを行くと、腐りかけた肉体が次から次へと私たちに襲い掛かってきた。


「ウンダ・テネブラルム――闇の波動!」


 魂が宿らないアンデッドを衝撃波で吹き飛ばしていくが、これはキリがない。


「グラディウス・ルーキス――光の剣。」


 エーリヒはだいぶ肉体に魂が馴染んだのか、魔法を詠唱した。さすが、光の勇者。魔獣と闇魔法で使役されたアンデッドの群れを、光の剣でなぎ倒し、浄化していく。


「ありがとう、エーリヒ。だいぶ体に魂が馴染んできたのね。」


「ああ。大丈夫だ。――エルザ、一つ聞いていいか。俺は死んだのか?」


「そうよ。魔王を倒したら、ちゃんと冥界送りにするから、覚悟しておいて。」


「――そうか。」 


 魔獣達をなぎ倒しながら、エーリヒは悲しそうに俯いた。少し不思議だった。彼の魂の未練は魔王討伐ではないのか?未練がなくなった魂は、自然とあるべき場所に還っていくものだ。


 エーリヒがしっかり戦えるようになると、大量の雑魚魔獣とアンデッドは簡単に倒すことができた。そして、まがまがしい瘴気を放つ、本丸のドゥンケルシュタット城に向かう。おそらく魔王は、あそこに陣を取っているはずだ。


 次々襲い掛かるアンデッドの群れに切りかかり、弾き飛ばしながら、魔王に制圧されたドゥンケルシュタット城に攻め入る。城の階段を駆け上り、領主の間にたどり着くと、私と同じ黒髪の叔父がドス黒い瘴気を漂わせながら、待ってましたと、不気味にほくそ笑んだ。


「叔父上、お久しぶりです。そして、さようなら。私はここであなたを倒します。」


 叔父は私が幼い頃に家を去った。だからこうして対面するのは、だいぶ久しぶりだ。


「久しいな、エルザ。大きくなった。――そして、勇者?ま、まさか、シュヴァルツの禁術に成功したのか!」


 叔父が黒い瞳を恍惚とさせて、私を見つめる。


「ええ。我がシュヴァルツ家の生き恥である、あなたを野放しにしておくわけにはいきませんから、頑張りました。」


 叔父は、高らかに笑いながら言った。


「面白い、実に面白い。我が姪よ、手を組まないか?一緒に世界を征服しようじゃないか。」


「お断りします。叔父上は我が家門の使命をお忘れのようですが、私はあなたのようにはならない。」


「交渉決裂か。まあいい。兄に似て、正義感が強いようだが、ワシはそういうところが一番気に食わんのだ。」


「あら、奇遇ですね。私もあなたの何もかもが気に食わないです。」


「ふふ。お遊びはここまでだ。この世は力だ。思い知れ、エルザ!ファルクス・モルティス――死神の鎌!」


 死神の鎌を持った叔父が、一瞬で迫り、私の首元に斬りかかってくる。早い。私も必死に応戦する。


 私が生きている限り、エーリヒは何度でも蘇る。属性の相性が悪いエーリヒを相手にするよりも、直接、術者である私を叩くのは理にかなっている。この展開を予想はしていたが、まさかここまで、叔父の技の展開と動きが早いとは思わなかった。


 お互い、闇魔法は知り尽くしている。そこで勝敗はつかないだろう。死神の鎌で相手の魂を肉体から切り離すのが確実だ。必死に攻防を繰り返す。


「おい、魔王!エルザから離れろ。プリフィカ・テネブラス――闇を清めろ。」


 エーリヒが光を放ち、闇魔法によるアンデッドの支配を解いていく。彼自身も私の闇魔法で使役されている訳だが、あの禁術は少し特殊だ。私の魂を代償とした契約のため、光の魔法の影響を受けない。


 浄化しても浄化しても、すぐに無数のアンデッドが、あちこちからあふれ出して、エーリヒを取り囲む。やはり多勢に無勢か。一方で、鎌と鎌とがぶつかりあう音が激しく城内に響き渡る。


「エルザ、エルザ!!」


 エーリヒが叫ぶ。これではキリがない。うむ、どうしたものか。


 一瞬でも叔父の魔力が途切れ、アンデッドたちがその支配から外れれば。私の魔力量は叔父のそれを上回るから、たとえ詠唱が被ったとしても、こちらにアンデッドの支配を移すことができるだろう。なんとか隙を作らねば。私は、昔魔獣狩りの時によく使ったハンドサインをエーリヒに送った。何を伝えたかったのか、すぐに分かったらしく、エーリヒが小さく頷いた。


「ベネディクティオ・ルーキス――光の祝福!」


 まばゆい光が部屋を包み、城の全体を浄化していく。アンデッドたちがその場に倒れた。間髪入れずに詠唱した。


「インペリウム・モルトゥオルム――死者よ、服従せよ。」


 すると、一気に形勢が逆転した。次々と起き上がったアンデッドが叔父を突撃していく。


「クソ、貴様!」


「――エーリヒ、今よ!」


 その瞬間、エーリヒの光の刃が叔父の心臓を貫くと、魂が肉体から離れていくのが分かった。死神の鎌でそれをしっかり刈り取る。――終わった。やっと終わった。

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