第31話 欲望1




 大音高校に皆で話を聞きに行った、次の日の放課後。

 珍しく笑魔の方から声を掛けてきた。


 今日の彼はもう包帯を巻いておらず、代わりに額の縫ったところには、ガーゼが貼り付けられていた。

 昨日の一件で、さすがになにかを感じ取ったのか、イケメン大好き女子たちからは、ちょっと距離を置かれているようだが、本人はそんなこと、どうでもいいらしい。


 放課後の美術室で、笑魔が教えてくれた。


「昨日、話に出た事件は数十年前、実際あった事件で、経緯はS沢KNの話と、ほぼ同じのようだ。ただ、細かいことは違っていた。特に、遺体の遺棄について。記事によると、工事再開が決まり、大きな利益のため、急いでビルを建ててしまいたかった事業者にとって、A子の放置された遺体は本当に困った問題になった。現場責任者が上からの命令で埋めてしまうべき、とし、彼女は一度、ビルのコンクリートに埋めらてしまったが、後日、内部のリークによって掘り起こされた。だが、埋められた場所が深かったこと、捜索範囲が絞りきれなかったこと、埋められてから時間が経ってしまったことなどが理由となり、どれだけ掘り返しても腕と足しか見つからなかったらしい。結局、その事件があって、ビルは取り壊されたが、それでも首と身体は見つからないまま。今日に至る」


 それから、と笑魔は続けた。


「姉さんが、礼を言っておいてくれと言っていた」

「え、私に?」

「他に誰がいる」


 確かに、他の誰かに、だったら今、話す必要はないけれど。


 未遊は考える。


「お礼を言われるようなこと、したかな……」

「骨子はS沢KNに相談された、とか言ってたな?」

「うん」

「恐らく、奴らは作った話を、本当にあった話かのように骨子へ相談したんだろう。友達の友達の話として。骨子はアドバイスをし、それによって内容を、よりリアルになるよう変更したりもあったんじゃないか?」

「それが、お礼とどう繋がるの?」

「骨子は嘘をつかれることを、なにより嫌う。利用されるなんて以ての外。だから、あの結末を楽しんだのかもな」


 あの結末。


 ホラーゲームを作る延長線上で、怖い話の実験をしていただけ、と言っていた二人は、やってきたA子に相当怯えていた。

 S沢KNを名乗っていた、山伏香苗は他校の生徒なので、その後どうしたか分からないが、学校を休み、寝込んでいるというウワサだ。

 本物のS沢KN、塩沢希那子は病院にいくため、という理由で、今日はお休み。

どうやら足を捻っただけだと思っていたのに、実際には足首の骨が折れていたらしい。

 あの時は無我夢中だったので、窓の外の植え込みにダイブした時、どこかに打ちつけ、気がつかなかったのだろう、とのことだったが……


(S沢KNのアカウントは、朝見たらなくなっちゃってたし)


 もしかしたら未遊にはわからない、なにかものすごい恐怖を、二人はA子に感じたのかもしれない。


(今度会ったら、話を聞いてあげようかな)


 それにしても。


「骨子さんに、ちゃんと報告したんだね」

「いや、俺は、なにも。ただお前に、礼を言え、と言われただけだ」

「うん?」

「……もしかしたら、だが、骨子は、あの事件の話を続けていたら、A子がやってくることに、途中から気がついていたのかもしれない。気がついていて、止めなかった。それどころか、俺らにちゃんと話すよう、釘を差した。……ま、アイツに嘘をついて、このていどで済んだなら、まだ良かったんじゃないか?」

「う……骨子さんを怒らせると、怖いんだね」

「いや?」

「違うの?」

「アイツは、怒らなくても怖い」

「……」


 なんか分かるかも。

 未遊は思う。

 特に笑魔には辛辣そうだし。


(でも、べつに仲が悪そうではないんだよね……)


 未遊は一人っ子なので、よく分からないけれど、羨ましい気持ちはある。


(あんなお姉ちゃんや、こんな弟か……)


 毎日オカルトの話ができて、やっぱり、楽しそうだ。


「そういえば、下村先輩の話はどうなったの?」


 ずっと気になっていたのに、忘れていた。

 未遊が声を上げると、笑魔は首を傾けた。


「誰だ」

「この間、ストーカー事件を持ってきた先輩だよ。不方くんと、足を探して彷徨うおばあちゃんが、いるとかいないとか話してたじゃない? 実際に追いかけられた人を見つけたって言ってたけど、あの後、話してないの?」

「ああ……そんなのあったな。残っている怪異も、足の話がもう一本。ちょうどいい」


 色々あったから遠い昔のようにも感じられるけど、あのストーカー事件は、ほんの数日前の話である。


 行くか、と笑魔が立ち上がる。

 思い立ったら、即行動。悪くはないと思うけど。


 興味はあったけれど、下村小鳥が笑魔を好きなのは、人間関係にあまり興味のない未遊にもバレバレだったし、ここはしゃしゃり出ないほうが無難だと判断し、今回はただそれを見送ることにした。




 未遊が鞄を取りに教室へ戻ると、昨日、一緒に話を聞きに行ってくれた、剣人が待っていた。


 江利剣人。

 クラス内でカテゴリーを作るなら、お調子者集団に属していて、うるさかったり悪ふざけだったりで、先生から目をつけられているタイプ。

 でも、一人一人と話してみると、結構、普通だ。

 特に剣人は集団の中でもおとなしい方で、意外にも園芸部に入っている。

 彼がオカルト話に興味あるとは思っていなかったので、昨日、わざわざ、


「俺だけならいい? 話、興味あって」


 と、声を掛けてくれたのは、びっくりした。

 集団から離れ、一人の剣人は静かなもので、昨日も何度か声を聞いたレベルだったけど、


「俺たち、スゴイよな! たぶん……あんなこと、あったけど、元気だし! なんの問題もないなんてさ!」


 全員が沈んだ帰り道、そう大きな声を上げてくれて、なんだか有り難かった。


 あの、なんとかテリトリーに、結局、なにか意味があったのかは、未遊にもよく分からない。

 でも、あれがあったおかげで、全員の心の中に安心感が生まれたことは、確かだと思う。


 実際、塩沢希那子以外の昨日のメンバーは、全員、今日も登校しているし、普通に日常を過ごしている、と思う。


 少なくとも、未遊からは、そう見える。


 昨日の、あんなにヤバかった (未遊からすると、面白かった意味で) 話を誰もしてこない、という点では、ちょっと奇妙に思えなくもないけれど、元々、誰にも口外してはダメ、と言われて聞いた話だし、皆ちゃんと、それを守っているだけなんだと思われる。


 で、剣人。


 未遊に話があって、待っていたんだと言う。


「ゆっくり話をしたいんだけど……いい? や、大した話じゃないかもしれないけど」

「うん? いーよ」


 昨日はこっちが付き合ってもらったんだし、それに、彼が話そうとしているのは、なんだか、『普通のことではない』 気がする。

 長年、オカルトに従事 (?) している未遊がそう思ったのだから、間違いはない。

 正直、それ以外の話をされても、興味を持てる気がしないし。


 思ったとおり、彼に導かれて、初めて入った花壇スペースで、いかにも話しにくそうに剣人が話し始めた話は、未遊にとって、とても興味深い内容だった。


「ちょっと前の話なんだけど。俺……会っちゃったんだよ。足を欲しがる婆さんに。そもそも、ウチの近くに曰く付きの家があってさ……」


 で、彼は最近、世間で出回っている、足を欲しがるお婆さんの話を教えてくれた。



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