第28話 きい、きい4
S沢KNが話し終えたようで、深く息をつき、背筋を伸ばした。
静かだ。
特にこういう話を聞いて、コメントすることもないものね。
それにしても不気味な話だった。
未遊も息をつく。
オカルト的な要素も怖かったけれど、人間関係の歪みたいな部分も怖かった。
五人は仲良しだったはずなのに、いつの間にか、A子は誰からも裏切られ、そして裏切っていたのかもしれない。
とにかくヘビーな内容だった。
お陰で誰も、動こうとすらしない……
かと思いきや。
「やはり、犯人なのか……」
そう呟くように声を上げたのは、笑魔だった。
そういえば、と未遊は自分が推理していた話と、今の話を擦り合わせてみる。
『話を聞く人間を最低限にしたいのは、語り手自身が、『しでかしちゃった』 過去や犯罪を、本当は隠したいのではないのか』
S沢KNの話は又聞きが多くてややこしい気がしたけれど、どこかで自分の推察と当て嵌まる部分はないだろうか……
いや、まさか、そんな。
隣町でそんな大きな事件が起きたら、さすがに知らないわけ、ないもの。
いや、日本全国どこでも、そんな奇っ怪な事件が起きたら、マスコミは大騒ぎするに違いないし、だったら未遊が知らないとは思えない。
未遊の好奇心は様々な方向に向いているので、オカルト以外のニュースも、一応、毎日チェックしているつもりだ。
今回の話の中の犯人は、ちゃんと捕まっているようだし、目の前のS沢KNが今の話に登場できるような部分は、どこにもないように思える。
あるとしたら、たまたまBくんに会ってしまった、少女。
男性教員に目をつけられてしまったという、少女。
男性教員は、もしかしたらサイコパスだったのかもしれない。
もしくは妄想癖が強い、サイコパス。
『それについて深く考えたり、誰かに話したりしなかったから、まだ無事でいられている』
だったら彼女はただの被害者だ。
ただ、たまたまBくんを見かけてしまった。
そしてたまたまそれを、サイコパスに話してしまった。
いや、もしかしたら、その教員がA子を呼び寄せている可能性もありそうだ。
彼はきっと興奮しすぎて、話をしすぎてしまったのだろう。
で、彼女が余計な詮索をしたり、話をしないよう、監視している。
たぶん、今でも。
少なくとも彼女はそう思っているのだろう。
だったら、ただトラウマを植え付けられただけの、可哀想な被害者。
未遊は再び口を開こうとしていた笑魔を押し留めた。
「そっか……あまりこの話を拡散したくない理由って……」
微妙な表情を浮かべるだけだったS沢KNと目が合うと、彼女は未遊へ、言い含めるようにゆっくり、頷いた。
「……そうです」
彼女は怯えている。
話をした男性教員に。
自分が気づいてしまった、事実かもしれない、『なにか』 に。
それが真実であろうがなかろうが、関係ない。
一%でもその可能性があるなら、彼女は怯え続けなければならないのだ。
うっかり男性教員から話しを聞き、目をつけられてしまったがために。
「でも、話し続けなければならない理由があって……」
恐らく、真理子のように、よく分からない、『なにか』 から実害が出て、悩まされているのだろう、と未遊は思った。
A子から、かもしれない。
知っているなら話してよ。
少なくとも頭の場所を知ってるんでしょう?
……と。
「……大丈夫なんですか?」
余計な詮索はしない、という約束だったけれど、つい、未遊は心配の声を上げた。
S沢KNは疲れた顔で、頷く。
「友達の友達のことなら……たぶん……きっと。ええ」
「そっか……」
「でもこうしてあなたがたが聞いてくれたおかげで、彼女の背負ったものが少しでも軽くなったと思うから……ありがとうございました」
「え、犯人じゃないのか……?」
笑魔が、再び小さく呟いた言葉を、未遊は聞かなかったことにした。
彼は見えない誰かと話しているかのように、さっきからブツブツ言葉にならない言葉を呟き、たまに意味のある単語が聞き取れるって感じ。
ここにいる誰もが、彼を無視することに決めたようだ。
少なくとも、そういう空気が流れている。
「これで話はおしまいなので、また、校門のところまで送っていきますね」
S沢KNが、肩の荷が下りた顔で、言った。
長い話を一気に話し終え、疲れているのもあるのだろうが、それ以上にホッとしたようだ。
「ありがとうございます、貴重なお話を……」
未遊はそう言って立ち上がる。
他の者たちもぽつぽつ、お礼を言いながら立ち上がったけれど。
笑魔だけが、S沢KNを見つめたまま、立ち上がろうとしなかった。
「不方くん? どうかした?」
「犯人じゃ、ない」
笑魔はS沢KNを指差し、まだ言う。
今度のは完全に、聞こえる大きさの声。
未遊は眉を寄せる。
「なんの話、してるの? もう終わったよ」
「いいや、まだだ」
「え?」
「それどころか、これから、」
「なにが?」
「そうか……まあ、そんな理由もあるだろう。これだけ……ならば……」
「不方くん?」
「事件の犯人は、もう捕まってますよ? そのうち一人は亡くなってしまったようですが」
S沢KNが眉間にシワを寄せ、呆れた声で、言った。
本当は言葉を返したくなかったけれど、笑魔が立ち上がらないから渋々、といった感じだった。
笑魔は、きれいな顔で笑った。
にこ、というより、にこお、と言った感じの、笑顔。
それから、勢いつけて立ち上がると、今まさに誰かが出ようとしていた、部屋の扉を指で指し示す。
「くるぞ」
彼は大きな声で断言する。
扉に手をかけていた女の子が、慌てて手を離し、扉は半開きの状態になった。
「なにが……?」
S沢KNが、いかにも不審そうに顔を歪める。
笑魔は、まだ笑っていた。
「A子」
「なにを馬鹿なことを……」
S沢KNは話疲れて掠れた声を、さらに震わせた。
「聞こえないのか?」
「え?」
「音だよ」
きいきい。
笑魔は口角を上げるようにして、その音を真似る。
きいきい。
きいきい。
静かな空間に、その高い音は、やたらと響いて聞こえた。
「え……?」
言われたから、なんとなくそんな気がしたのだろうか。
本当に何処かから、その音が鳴っているような気がした。
気のせい、だと思うけど。
いや……
き、き……
笑魔の口真似が続いているのかと思ったけれど、そういうわけでもないようだ。
なにより今、鳴っている音は、とても遠くから響いているような気がする。
どこから?
そう疑問に思った瞬間、背筋に恐怖が降りてきた。
「ヤダ、気持ち悪い!」
女の子の一人がビビって耳を抑え、背を丸めた。
やはり自分だけが聞こえているわけじゃない、とそこにいた全員が一斉に認識したのだろう。
不意に空気が変わった。
「大丈夫?」
もう一人の女子が彼女の身体を支えるように身を寄せ、扉から離れる。
き、ききぃ、
きい、きいぃ
その間も音は鳴り続ける。
徐々に大きく、近づいてくる。
真っ直ぐ立って、どういうわけか笑っている笑魔の視線を追うと、やはり、扉の方に向いていた。
扉の向こうの、廊下の奥。
少しずつ。
だが確実に、音はこちらへ近づいてきている。
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