第27話 きい、きい3




「今から十五年ほど前、クラスの中で、仲の良かった五人組の男女がいたんだ。


 中心人物とも言える活発で可愛いA子。

 優等生で人気の高いBくん。

 Bくんと仲の良い明るく元気なCくん。

 中学の時からA子の親友で頭の良いDちゃん。

 A子を慕っている大人しくて静かなEちゃん。


 五人は入学以来、ずっと仲が良かったんだけど、A子はどうしても特別な存在になりたくて、Bくんに告白した。

 A子は器量よしで、クラスでは人気者。

 Bくんとは一番仲も良かったし、断られるとは思っていなかったけれど、Bくんからの返事はノーだった。


 A子は深く落ち込んで、それを慰めてくれたのが、Cくんだった。

 Cくんは、実はA子のことがずっと好きだったんだ。

 それから、DちゃんもEちゃんも、親身になって話を聞いてくれた。

 皆、優しくA子に寄り添ってくれたんだ。


 でもA子は諦めきれず、もう一度Bくんに告白する。

 だがやはり答えはノー。

 その理由を知りたくて、A子はBくんを激しく追及した。

 あまりにしつこかったので、とうとうBくんは教えてくれた。


『Cがどれだけ君を好きか知っている。それに比べると僕は、君をあそこまで大切に想えないと思う』


 そんな理由を言われては、A子が納得するはずがない。

 A子が好きなのは、Bくんだったから。


 A子は人が変わったように、Cくんに冷たくなり、Bくんへの告白を続けた。

 そのあまりのしつこさに耐えかねての演技だったのか、もしくは本当に感情が重なったのか、そのうち、BくんはDちゃんと付き合うようになった。


 A子の様々な仕打ちに心を病んでいたCくんは、Eちゃんと仲良くなっていった。


 どんどん自分から人が離れていく。

 そんなの、少し前まで自信に満ち溢れていたA子が許せるはずない。


 ある日、A子はBくんを呼び出した。


『お願い、自分の心に正直になって。あなたがDなんか好きなわけない。裏切り者のCなんかどうでもいいじゃない。本当のことを言って! 答え次第で私、あなたを殺してから、死ぬわ』


 悲劇のヒロインさながらに、叫ぶ。


 もみ合った結果、A子は自分が持ち出したナイフで、うっかり死んでしまった。


 Bくんは自首しようと思ったけれど、他の三人に止められた。



Cくん「俺は確かにA子が好きだった。けど、最近の言動が酷すぎて……もう好きかどうかは分からない。彼女が死んだことに対して、悲しいと思えない」


Dちゃん「実は、けっこう前からA子をよく思っていなかった。聞いたでしょ。A子は口では親友だって言っておきながら、心の中では、私を自分よりずっと下の人間だと思っていたのよ。そう言うの、最近、ずっと感じてた。べつにざまあみろなんて思わないけど……でもこうなったのは、しょうがないこと。彼女の自業自得だよ」


Eちゃん「最初はすごく話しやすくて……私、中学の頃はなかなか友だちができなくて。でも、高校生になった時、A子ちゃんが色々話してくれて、嬉しかった。だから、彼女のためになんでもやった。購買部にパンを買いに行かされても、ファミレスで奢ってって言われたときも……友達って言ってくれると、嬉しかった。けど、お小遣い足りなくて、もう無理ってA子に言った時、『親の財布からお金、盗んでも案外バレないよ』 って言われたこと、あって。そこからかな。ちょっと距離置こうかなって。でも彼女はそういうの、許してくれなくて。少し怖かった。可哀想だと思うけど、今は、ちょっとホッとしてる」



 幸いBくんの家は学校から近く、出張が多い親は暫く帰ってこないという。

 ドラマで見た知識を使って、死後硬直が始まる前に大きなスーツケースを家から持ち出し、協力し、詰めて、運んで、四人は浅はかな知識を用いてA子をバラバラにしてしまおうと考えた。


 A子は不良ではないけれど、ものすごく真面目な学生だったわけでもない。

 年上の友達と、ごく稀に夜遊びなんかもしていたから、死体が見つからなければ誤魔化せるとでも思ったのかもしれない。


 でも、死体をバラバラにするのは、大人でもとても難しいことなんだ。

 専門知識がないとね。

 脂肪もあるし、関節と言っても、骨が複雑に入り組んでいるから、素人じゃ、ノコギリを使ったって、なかなか切り離せるもんじゃない。

 たとえチェーンソーでもね。

 日本で売ってる園芸用のじゃ、無理だよ。


 四人は風呂場で解体を初めてすぐに、自分たちの浅はかさに気がついた。


 でもその時には、A子の死体はもう血だらけのぐちゃぐちゃで、今更どうしようもなくなっていたんだ。


 阿鼻叫喚しながら色んな箇所に挑戦したけど、結局、彼らは足一本すら切り落とせず、死体を深夜、ビルの建築現場の奥へと運んで隠し、各々家に帰った。


 その建築現場はちょっとした金銭のトラブルから、工事が一時中断しててね。


 でも、三日後には事件が発覚し、日本の警察は優秀だからね。

 四人はすぐに逮捕されたんだけど、その時、死体の状況を聞いて、驚いたのさ。


 A子の死体は手足と首が切断された状態で、手足だけ、見つかったんだって。

 工事現場の中で、なにかあったのか、なかったのか……それは分からない。

 ただ手足だけが、無造作に置かれた状態で見つかったんだって。


 Bくんは、A子が死んだのも、他の三人を犯罪者にしてしまったのも、すべては自分のせいだと責め続け、事情聴取が終わった後、自ら死を選んでしまった。


 そして、暫く後、Cくんの家の天井裏から、なぜかA子の頭だけ出てきたという噂が流れたけれど、真偽は誰も知らない。


 Bくんは未だに、彼女に 『言われて』 彼女の首を探し続けてるって話だよ。

 死んでもなお、許されないままね。

 例え本当に頭が見つかっていたとしても、Bくんはそれを知らないままなんだろうね」


 つまり彼女が見たのは、亡くなったBくんだろう、とその先生は、まるで数学の公式を教えるみたいに簡単に、言ったわけだ。


「先生、詳しいんですね」


 彼女は話の内容に、かなり引いていた。

 親しかった先生がそんな話をすることもショックだったんだと思われる。


 なにしろ、


「僕が前に先生をやってた学校にも、たまに現れていたからね」


 なんて、隠しもせず、言って、笑うもんだから。


「え、本当に……? やだ、怖がらせようとしてますよね?」

「イモ子は、まだ彷徨ってるんだ。いろいろな学校を、場所を、時間を。自分の身体をちゃんと見つけてほしい、と彷徨い続けている。そしてBくんは、彼女の頭を探し続けることを強制されてるってわけだ」

「イモコ……?」

「そう。キイキイって音、君も聞いたんだろう? それは、イモ子が移動してくる時の音だよ。手足もなく、首もなく、何故か身体を布に包まれた状態でA子は彷徨っているらしいんだけど、まるで芋虫みたいな状態だろ?」

「いもむし……」


 きいきい。


 確かに彼女も聞いた音。

 まだ耳に残っている。

 彼女は背筋を震わせた。


 まだ、暖かい時期だったというのに、身体が芯から冷えて冷えてしょうがなかった。


 顔面蒼白で佇む少女を前に、男性教員はそれでも続けた。


「その音は、笑っているんじゃないんだよ。芋虫イモ子が地を擦ってる音。布と床が擦れて音を立てるんだ。キイキイキイキイってね」

「そんな……」

「芋虫みたいな状態なのに、すごい速さで移動することができるらしい。君も、気をつけなさいね」


 気をつけろと言われても、実際、なににどう気をつけていいのか分からなかったけれど、とにかく彼女は、ウンウンと頷くことしかできなかった。


 男性教員は、異様に白く見える歯を見せ、まだなにか話を続けようとしたのかもしれない。

 もしくは、「早く帰りなさい」 と言ってくれようとしていた可能性もあるけれど。


「まだ残っているの? もう最終帰宅時間を過ぎていますよ!」


 やってきた他の女性教員に言われて、彼女はハッとして時間を確認した。

 最終帰宅時間のチャイムに気がつかないことなどありえない、と思ったけれど、確かに時間は過ぎていた。

 チャイムが鳴らなかった可能性は……あるのだろうか。


 彼女は先生二人に頭を下げると、逃げるように家に帰って、以降卒業まで、その男性教師に近づくのを止めた。


 後になって色々考えてみると、彼はあまりに知り過ぎていたので、やはり話は自分を驚かすための創作なんだろうな、と思えたけれど、それはそれで嫌だと思ったし、

もし万が一、本当だとしたら……


 一箇所、すごく違和感のあるところがあって、それは、自分の頭をA子が探させている、という点だった。


(A子は頭が見つかっていることを知っていて、まだBくんに探させているんだろうか。死んでもなお、Bくんを自分のものにしておきたいから……。でも、だったら身体を探してもらえばいいのに……)


 つまり。


(もしかしたら、A子もまだ、頭がどこにあるか、知らないんじゃ? なのに先生だけが、Cくんの家の天井裏にあることを知っているんだとしたら……)


 それは、どういう意味を示すのだろう……


「……」


 彼女はそれ以上、考えることを止めた。

 恐怖から、考えたくないと思った。


(もしそれを知ってしまったら……)


 ……知らないままでいなさい。


 本能が、そう言っているかのように思えて、それに関しては、今でも思考を停止し続けているのである。


 同じ学校内で生活していれば、男性教員と顔を合わせることもあったけれど、目が合う度、その目が自分を見据えている、というか、監視されている……そんな気がして怖かった。


 男性教員はなにかの事情から次の年の春には、惜しまれながら他の学校に異動していったけれど、彼女は未だに、


『それについて深く考えたり、誰かに話したりしなかったから無事でいられている』


 と信じている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る