第14話 不幸ノート5
「でも実際さ、本日の着地点はどこになるんだろうね?」
未遊の言葉は笑魔に向けたものだったが、小鳥が間に入るように、不審そうな顔をした。
「何の話?」
「いやあ、もしただのストーカーだったら、とりあえず今日を凌ぐのが目標ですよね。戸高さんを無事、悪漢に家を知られることなく送り届けられたらミッションコンプリート。だって、道ですれ違う、ニヤけたオジサンってだけで、喧嘩をふっかけるわけにもいかないですし……」
他の家の敷地や塀の上を通っているかもしれない、と思えば犯罪だけど、確証や証拠があるわけじゃないし、あったらそれは、警察の仕事だ。
「なら、人数が増えたほうが隠れにくくなるっていうか、ぞろぞろ歩いてたほうが目立ちそうっていうか。だったら、例えば戸高さんに自転車を貸したり、いつもとまったく違う方向から帰ってもらうとか、それこそ、お金はかかるけど、タクシーを使って帰ってもらう、とかが安全な気がしませんか?」
先生にこのことを話し、車で送って貰う……なんて言うのは、
『大袈裟にしたくない』
と姫乃は嫌がるだろうが、すれ違う場所が家に近づいているなら、それを逆手に取って、近所からタクシーを拾えばいい。最近のタクシーはアプリで呼ぶことだってできるのだから。
「それなら、俺は帰れるな」
ぜんぜん気乗りしていなかった笑魔が、これ幸いと立ち上がろうとする。
慌てて小鳥が止めに入った。
「いやいや、ダメ! ダメに決まってるでしょ!」
「なぜ?」
「だって…………やっぱり戸高さんは私たちを信用して、相談してきてくれたんだろうし……ほら、不方くんはお兄さんの事件も解決してあげてるわけだから! 安心感が違うんじゃない?」
もっともらしいことを言ってるつもりのようだけど、言葉の端々から、ただ笑魔と一緒にいたいだけ、なのが透けて見えている。
もしここで、未遊が、
「私は帰ろうかな」
なんて言おうものなら、
「わかった、じゃあね」
なんて、追い出されるに違いない。
だが、あいにく未遊は気を使ったり、嫌悪するより、自分の好奇心を優先する人間だった。
そして笑魔は。
「もしかしたら、今日は襲ってくるかもしれないじゃない? そしたら、その、血を吸うやつで、カッコよく倒しちゃってよ!」
そう言われてしまうと、悪い気はしないようで、大人しく椅子に座り直した。
(やっぱり単純!)
姫乃には悪いけれど、未遊はこの状況を、なんだかんだで楽しんでいた。
「あ、いいこと思いついた! 伊坂さんが偶然を装って、オジサンにぶつかってみるのはどう? そうしたら、向こうの反応を伺えるでしょ?」
小鳥がいかにもナイスアイディア! と言わんばかり声を上げたのは、それからすぐのことだった。
「私?」
「ロープを探しに行こうとしてたんだから、それくらいできるでしょ」
どういう理屈かは分からないけど、幸い未遊はそういうことに、抵抗のない女子だ。
なにより好奇心が勝ってしまう。
「確かに、そうすれば、相手がただのストーカーか、怪異かもハッキリするかも……」
「ほらね! 相手が実在の人物だったとしても、普通の反応なら、偶然が重なったダケおじさん。過剰に反応したら、わざと付き纏ってるヘンタイおじさんになるってこと!」
「なるほど」
「じゃあ、お願いね。伊坂さん」
「わざとぶつかるのって、ちょっと難しそうだけど……」
道の広さによっては、かなりの距離を移動してぶつからなければならなくなるかもしれない。
(酔っ払いみたいな感じ?)
頭の中で、ちょっとだけシミュレーションしてみたけれど、現場がどんな場所になるかわからないので、あまり自信がない。
考え込む未遊に対し、
「大丈夫。伊坂さんならなんとかなるでしょ」
小鳥は、超適当。
結局、未遊は美術準備室からダイヤロープを少々、ゲットしてきたが、
「なにかあっても大丈夫なように、準備、整えながら待ってるから」
なんて言ってた小鳥は、笑魔にべったりで、彼へ質問することしかしないまま、部活動の終わり時間を知らせるチャイムが、鳴った。
あと三十分もすれば、最終下校時間となる。
「家族構成は?」
「不方くんっていい匂いね。どんなコロン使ってるの?」
「好みのタイプは?」
笑魔はぜんぜん答える気がないし、未遊も分からないことだらけだったので、答えはほぼなかったけれど、小鳥は事あるごとに、思いついた質問を繰り返していた。
たぶん彼女にとっては、質問とか、怪異とか、おじさんとか、そんなことより、笑魔が自分の側にいてくれる。
そのことが大事だったんだと思う。
運動部の部室棟の近くで、部活の終わった戸高姫乃と合流し、四人は彼女の家へと向かう。
姫乃の家は、学校から歩いて三〇分ほどの距離にあり、通常なら自転車通学を許される距離だが、姫乃は運動も兼ねて、徒歩で通学していた。
部活の遠征で朝が早かったり、試合の日だけ、自転車で来ることもあるけれど、基本は徒歩で通学しているらしい。
帰宅はいつもこの時間。
寄り道などは、よほどの予定がない限りしない、とのことだった。
話し合ったとおり、ちょっと早めに別れて、歩くことにする。
最初に、姫乃が一人。
二番目は未遊で、電話の通話を姫乃と繋いだままにし、姫乃から合図があれば、疑わしいオジサンにぶつかってみる係だ。
最後が笑魔と小鳥。
「伊坂さん、危険じゃない?」
姫乃はそう心配してくれたが、小鳥は当然のように笑魔と歩くつもりだったので、まあ、順当にこうなった。
とりあえずの目標は、姫乃の家近くにあるらしい、小さな公園だ。
不審者に会おうが会うまいが、そこで様子を伺うことになっている。
また不審なオジサンに未遊がうまくぶつかれなければ、後方の二人がオジサンを追跡するのもありだと言う話もあったが、周囲はかなり薄暗くなっているし、黒っぽい服を着た人間を、土地勘もないのに追いかけるのは難しいかもしれない。
この辺りは住宅街で、それなりに家は建ち並んでいるけれど、すぐ側に大きな公園を伴った老人ホームがあったり、神社があったりして、この時間だと言うのに、道を歩いている人は多くなかった。
特に姫乃の家に近づくにつれ、人の気配は減り続け、さっき、犬の散歩で歩いている二人連れが立ち去ってからは、ぜんぜんだ。
道はそれなりに広いのに、車さえ通らない。
外灯は少なめで、視界全体がぼやっと薄暗い気がする。
閑静すぎる住宅街、と言った感じ。
誰の会話も、まったくない。
たまに通り過ぎる家から、人の話し声やテレビの音が漏れているのが聞こえるくらい。
逆に言えば、それくらい静か。
そのまま暫く、歩き続ける。
(まだ二〇時前とは思えないなあ)
未遊の家も住宅街にあるけれど、近くに車通りがあるので、この時間に、こんなに静かなことはない。
この状態で同じ人と二度すれ違うのは、マジで怖いだろうな、と思う。
久々に見かけた自販機が、なんだか物悲しく感じられた。
と、前方から、やっと足音が。
なんとなく緊張する。
定期的な低い足音。
だが、近づいてきたのは、ランニングしている女性だった。
それから、カップル。
それから。
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