EP1:静まる夜の出会い


深夜、あるいは早朝の1時30分ごろ。

丑の刻とも呼ばれるこの時間では賑やかな都会や繁華街ならば兎も角、特に目立つ産業や建物がある訳でもなく反対に家の一件もない様な田舎道でもない平々凡々を地で行く所の綾岡市では特に目立つ音もなく、月明かりも通さない曇り空の下では夜道を照らす街灯のほかに何か照らす光もない。


都心部からは遠くもないが特別近い訳でもないので遅い帰りの会社員なども歩いておらず、こんな夜更けに外に居るのは猫か虫かのどちらかしかない。

普段なら、の話ではあるが。


そう、今晩はいつもの様子とは少し違っているのだ。

こんな夜更けに彷徨く影が一つ。周りをやたらと気にした様子で、曲がり角の度に恐る恐るに周囲を見渡しながらも歩み自体に迷いはなく目的地に向けて進んでいく。

言ってしまえば挙動不審な不審者である。何かを警戒しているのか、はたまた夜の闇が持つ雰囲気に呑まれて怯えてしまっているのか定かではないのだから。 



しかしその正体を見ればこの市の住民の幾人かは笑い、幾人かは呆れ、そして幾人かは烈火の如く怒るだろう。間違いないのはその中に怯え泣く様な大人は1人もいない事だけは確かな事だ。

なぜか。それはとても単純な事。


靴はサンダル、服装はジャージにサイズが大きくブカブカのジャンバー。しかも靴下は履いておらず、足下をスマートフォンのライトで照らしながら半泣きで外に出た事を後悔している様な子供などに出会っても、恐怖で逃げ出す様な人間はいないだろう。

むしろ大抵の大人は夜遅くに出歩いている事を諭すなり、叱るなりして家に帰らせるだろう。



子供―――成鬼勠人なりき りゅうとは普通の中学生であった。

定型文ではなく、文字通りの意味でそうであった。

何か秀でた才がある訳ではなく、その性格も普通の域を出ない。

他者より優れた部分がない訳ではないが、身長が平均より3センチ高いとか国語のテストは友達よりも10点くらい点数が高いとか、そんな程度の差異でしかない。

特段劣る訳でもないが、数学や理科は苦手な科目として見れるくらいにはテストの点数が低かったり、持久走で最下位ではないが十分後ろの方を走っていたりする。


家族関係も良好で親からの愛情を一身に受け、健やかに育ってはいるが喧嘩もするし叱られもする。

愛し合っているからといって漫画やドラマの様に何から何まで把握している訳でもない。少なくとも彼の母は彼の好きな食べ物を勘違いしているし、彼も母の好きな食べ物など把握していない。

だからといって仲が悪いかといわれるとそうではなく、休日に家族でショッピングに行ったりなどするのだから年頃にしては仲は良いだろう。


性格も両親に恵まれたからか、元来の性格なのか正義感が強くイジメや犯罪には加担することは決してないだろう。

しかしそれを目前にして立ち向かえるかと問われれば、躊躇なく首を縦に振る事も出来ないでいる。誰かが傷つくのは嫌だが、それを助けるのに自分が傷つくのはやはり怖い。

そうした自分の弱さにも気がついてはいるが真正面からは向き合えていない。その様な逃げの姿勢を自分自身で嫌うような多感な時期故の葛藤も抱える普通の少年である。


では、何故その普通の少年であるところの成鬼勠人がこんな夜中に町中を歩いているのか。

それは彼が普通の中学生でなくなった事に由来する。



彼の通う綾岡第二中学校では先日、奇妙な現象が目撃された。

2週間前の平日水曜日の午前11時ごろの事。突如として地上から湧き立つ様にして上がった光が校舎を包むという不可思議な現象が近所の住民によって目撃された。


だが光に包まれた事は校舎内の誰も気が付かず、目撃例自体は複数件確認されたが証拠となる写真・動画などは一瞬だった事も手伝って確認されなかった。この事から暇な人間の悪戯、あるいは寝惚けて夢と現実の区別がついていなかっただけの誤報告として処理された。

しかしこの一件以降から学生間で妙なモノを観た、変なモノに追われた、寝て起きた時に別の場所に移動していた、すごく運が悪くなったの様な奇妙な噂が流れる様になったのは間違いない。


そして勠人自身、そのような奇妙な現象が自分の身に起こってしまったのが今回の夜旅の理由であった。



勠人はその年齢の男子にしては真面目と評価される様な子供なので基本的に授業中では邪魔になる様な声を出さない様に気をつけるし、授業中に友達と話す事も数十分に一度とかその程度だ。

だが勿論、学校というのはそうした性格の生徒だけが居るものではない。何人かの人間が無作為に集められると当然、周囲のことを気にしない様な程度の低い輩が出てくるものだ。


デカい声で席を跨いで話してみたり、紙飛行機を作って飛ばしてみたり、教師の質問にふざけて答えたり。

そうした人間は一定数発生する。

そうしたおふざけに腹を立てる人間もやはり一定数いるもので、勠人もその1人であった。

例の光の事件から数日後も、そうした日常の風景が繰り広げられていたのだが……しかし、その日は―――少なくとも勠人にとっては―――普段の場合とは異なっていた。


クラスメイトのくだらない行動に舌打ちをしつつ、苛つきを抑えようとノートに向き合ったその時にあり得ないモノを目撃したのだ。

自分の右手がパキパキ、と音を立てながら硬く青白い皮膚に代わっていく様を。そしてその右手で持ったつもりだったシャープペンシルのプラを破り、壊してしまっている様を。

自分の顔から血の気が引いていくのを感じながら、勠人は恐怖と焦りから教室を飛び出してトイレの個室に逃げ込んだ。走る最中で既に馬鹿なクラスメイトへの怒りなど消し飛んでしまっていた。


だが不思議な事に改めて自分の手を眺めても普段と何か変わったところなど見つける事はできず、疲れとストレスとかで幻覚でも見てしまったのかと別の心配をしながら勠人は教室に戻っていった。

しかし野次る友人達をかわしながら席に戻り見間違いだったと平静を取り戻そうとした勠人だったが、どうにも机の上の砕けたシャープペンシルは幻覚ではないようだった。



それからというものの成鬼勠人は普通の中学生とは呼べない体質となった――あるいは、それに気がついた――のは言うまでもない。

どうやら勠人がある程度の怒りを抱くと『変身』が始まり、治れば元の戻るらしいという事だけが辛うじて分かった事だった。だからといって対策などとれなかったが。

元々勠人自身は短気な性分で、登校時に信号が連続して赤とかそのレベルでイライラする。そんな人間が怒ると駄目だから怒らない様にしよう、なんて事は不可能だったのだ。


とはいえこの不思議な体質を放置すればイライラする度に物を壊し、それに対してキレて別の物を壊してまた……という無限ループに入る事が予想できる上、もし自分の様に変な体質に目覚めた奴が他にも居てソイツらと急に能力バトルとか始まったら死ぬ可能性があるなどを真面目に考える事になり、恐怖と好奇心と不安でメンタルが弱っている事は自分でも感じていたので現状をマシにするべく行動をする事にした。


それが現在の行動。

世界に数多存在する創作物の例に倣い、自分の体質を把握しようと誰も外に出ていない様な時間にベッドを抜け出したのだ。目的地というのは自宅から坂を下り、暫く歩いた先の河原である。

そこでは地元の人達による小規模な祭りだったり使わなくなった物を売買するバザーが時々開かれていたり、夏休みなどでは学生達が夜に手持ち花火で遊んだりもする事などもある。それなりに広く、夜は人気がなく、しかも移動距離も大した事がない。


つまり現在の勠人にうってつけの修行場所なのだ。そこでおおよそ自分の『変身』がどの程度まで変わるものなのか、そして変わった時の力は如何程のものなのか。

そうした不明部分を知り安心を得る事、そしてあわよくば『変身』を制御下に置いて都合の良い時に使用する事。

それが今晩の勠人の方針であった。



しかし、何かおかしい。どうも河原の方が騒がしいのだ。

二度目となるが現在の時刻は早朝1時30分ごろ――移動時間を加味しても誤差は10分前後――であり、人が出歩く様な時間帯ではない。

そして今夜行動を起こすにあたり、当然ではあるが事前に勠人はこの河原では何もイベントがない事は調べておいてある。例え把握しきれていないにしても作業している時間が遅すぎる。


まさか夜な夜なヤンチャな若者が遊んでいるのか、とも考えたがそれも考え難かった。まず勠人の地元である綾岡市、それも中心から外れたこの周辺は基本的に若者からの需要が低いらしくヤンチャ盛りの者達など勠人は地元では見たことも聞いたこともなかった。

加えて人間がそれなりの人数で活動しているにしては明かりが灯ってはいない様なのだ。全く明かりがない訳ではないようだがチカチカと点滅している上に照らされる場所はまばらで、まるで適当に地面に配置したライトを不規則に点けたり消したりを繰り返している様な妙な明るさなのだ。



何か異様な事が起きている。そう感じ、恐怖と緊張感を確かに感じながらも勠人の足は前に進んでいた。

遊園地に来た人間が気紛れにお化け屋敷に入る事と同じように、成鬼勠人はその好奇心を満たす為の前進を続けていた。


冷静ではないのだろう。今ここで正しい事とは真っ直ぐ家に帰り、何事もなかったかの様に自分のベッドで眠りにつく事だ。

しかしそれは一生に一度しかないかもしれない未知を既知にする瞬間を不意にすることと同義である事が勠人の足を前に進める。2週間前の勠人ならばこの判断には至らなかったのかもしれない……だが今、何かが起きても対処できるかもしれない術を持つ事が彼の背中を押していたのだ。



一歩、また一歩と進む足。それにつれて近づいていく光と音。

スマホのライトを消灯し、姿勢を低く抑えて這う様に河原前の土手を登って行く。

河原の石を踏み締める音と地面から何か噴き上がりでもしたかの様な勢いで吹っ飛んでは落ちる石の音が別々に聞こえてくる。


それらの音に引き寄せられるかの様にして土手を登り切った勠人。ひょっこりと頭の上の方を土手から突き出し、目で見て状況を確認した。

するとやはり、凄いものを見つけた。


機械の鎧。絵で見る様な騎士を現代か、それよりも優れた技術で作り直した様な機械的な姿でありながら無駄を省いた様なシンプルでスラリとした姿。

騎士の光を灯したその瞳はどうやってか確かに隠れた勠人を見つめていた。

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