29.ホントの笑顔が作れなくて。

「私、ね。偽りの笑顔を混ぜると。その分だけ、どこかで傷つく人が出る。そう思ってるんだ。だから、そういうことはしないようにしようって誓って、今まではずっとそれを貫いてきた。けど、ゆうが、私のことをしたって、推してくれて、この業界に入って来てくれた子が、体調を崩して、折角掴んだ夢の舞台を降りる決断をした。しかも、私に相談することなく」


「えっと……なんかすみません」


 アイはからりと笑い、


「いいのいいの。今日会って分かったから。二人が強い信頼関係で結ばれてるってことも、七海ななみちゃんがとっても凄い子だってことも。だから、まあ、それは全然納得してるんだ。でも、そうなるまで何も出来なかったことには納得してない。私が気付けなかったっていうのはその通りだし、それは私が未熟だっただけ。もっと頑張ればいいこと。けど、もし気が付いていたとして、私はあの子に手を差し伸べることが出来てたかなって。もし、差し伸べられていたとして、救うことが出来るのかなって。今のVVで、それが出来るのかなって、そんなことを考えちゃって」


「だから……卒業を選んだ、んですか」


「そ。まあもちろん、それだけが原因じゃないし、ちょっとづつ違和感が増えていってたのも事実。でも、最後のきっかけにはなった。そんな話を、幽にする。その勇気が、どうしてもでなくって」


「ああ……」


 なんとも残酷な話だ。推しの先輩が「卒業」を選択する引き金を引かせたのは、他でもない自分である。正直、最後の一押しになってしまっただけで、他の要因の方がはるかに大きい可能性の方が高そうな気もする。けど、それはあくまで「私が頭で整理した内容」であって「のどかが感じること」じゃない。


「ま、理由はそれだけじゃないんだけどね」


「そう、なんですか?」


「そ。もうひとつの理由はずばり、キミと話すこと」


「えっと……私ですか?」


「もちろん。それも二人きりで。でも私はキミの連絡先を知らない。幽経由で教えてもらうことも出来るけど、それだと私とキミが会ってるってことが幽に伝わっちゃう。だからまあ、手っ取り早い方法が、」


「……和を酔わせることだった、ってことですか」


 アイが指でちいさくわっかを作り、


「せいかーい」


「……それはまあ分かったんですけど。なんで私と?」


 アイが目線を夜景の方に向け、


「……白状するよ。私、最初キミのこと、ちょっと警戒してたんだ」


「警戒……え?私を、ですか?」


「そ。嫉妬って言ってもいいかもね。私よりも優先するなんてどんなやつなんだー!って思ってた」


 思ってた。過去形、ということは。


「けど、この間、実際に会って、話してみて。配信を見て、分かった。幽が、あれだけ好きな理由が、信頼してる理由が分かった。分かったら、もっと話してみたくなった。仲良くなりたくなった。っていうのを言い訳にして、アルコールを飲ませるっていう手段を選んだ。だから、未熟ってわけ」


 アイは言う。自分は未熟だと。だからアルコールで和を酔わせた。


 けど、私には、


「……未熟だから、じゃないと思いますよ」


 アイが意表を突かれた感じで、


「……へ?」


「や……未熟だから和にお酒を飲ませて、酔わせたっていう話ですけど。それだけ、和に悲しんで欲しくないと思ってるから、なんじゃないかなぁって。だから、きっと、ちゃんと話せば、アイツも分かってくれるんじゃないかって……すみません、こんな、根拠のない感じで……」


 アイは暫く固まっていたが、やがてふわっと微笑んで、


「……幽のこと、よろしくね?」


「えっと、はい?」


「ライラックから聞いたんだ。雰囲気が前と似てるって。私はそういうの分からないんだけど、あの子のそういう感覚って凄いから。だから、よろしくね。もちろん、私も遊びに誘うけど。なんだったら、どう?一緒に?」


「……内容によります」


 なにせ相手がアイと和だ。どこに連れていかれるかなんて分かったもんじゃない。気安く「行きます」なんて言質を取られるような発言をしてはいけない。


 いくら私のことを信頼しているのだとしても、アイが「え、私お化け屋敷行きたーい」なんて言い出そうものなら、私のことなど微塵も気に留めないで、連れ込まれるに違いない。その事態だけは断固として避けなければならない。ホラーゲーム実況と違って取れ高も無いお化け屋敷などお断りだ。


 アイはひとつ伸びをして、


「また来るね。卒業するって話が正式に決まったら、案件とかそういうのも無くなっていくだろうから、多少暇にもなると思うし。まあ、とはいっても、直近では周年のライブがあるんだけどね」


「そう、なんですね」


「そ。良かったらキミも見てよ。凄いんだよ?VVの3D技術」


 それから、アイはライブの話や、最新技術の話へと自然と移行していった。そんなことを語るアイの表情は本当に豊かだった。夜は少しづつ更けていく。夜景を彩る光が、少しづつ数を減らしていく。

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