【BL】教師寮にて、7つ上の先生に「甘い家庭料理」で懐柔される
安良居亜土
第1話
山間に佇むレジス学園は、限られた名門の子弟のみが入学を許される、全寮制の男子校である。
都会から車で一時間以上。深い森と山々に囲まれたこの地で、生徒たちは六年間、最高水準の教育を受ける。
ここで学ぶことは、選ばれた家系に生まれた者だけに許される特権だ。
そして、この学園で教鞭を執る教師たちもまた、閉じられた環境の中で日々を過ごしていた――
「また肉じゃがですか」
理仁(りひと)は学食のトレイを見下ろして、小さくため息をついた。学園の学食はレストラン並みの設備を誇るが、基本は若い男子生徒向けの献立だ。質より量、揚げ物中心のメニューに飽きた理仁は、必然的に和定食ばかり選ぶようになっていた。
「文句があるなら、自分で作ったらどうだい?」
隣のテーブルから、低いが艶のある男性の声が聞こえた。
そちらを見ると、英語教師の九重 匠(ここのえ たくみ)が食事をしている途中だった。彼は理仁より七つ年上で、この学校に赴任して三年目になると聞いている。
イギリス育ちらしい流暢なクイーンズイングリッシュと、どこか余裕のある雰囲気に加え、長身で涼やかな風貌が生徒たちにも人気だ。
しかも、スペイン語やフランス語も教えられるというから、いくら名門とはいえ、なぜこんな山奥の学校にいるのか不思議なくらいだった。もっと華やかな場所の方が似合いそうなのに、と理仁は思う。
「作れたら苦労しませんよ」
理仁は箸を置いた。匠とは教師同士話すことはあっても、プライベートな話をしたことがない。ここで声をかけられたことにも少し驚いたが、理仁は気にせずそう返答した。
この学校の卒業生でもある理仁は、本来なら親族の会社でのんびりと働くはずだった。それが、恩師と両親からのプッシュで数学の教師として母校に戻ることになっていた。
『無事に数年勤めたら、良いポジションを用意しておく』
という条件付きで。要するに、社会経験を積むために、もう一回学校で揉まれてこい、ということだった。
「……まったく」
多少ヤンチャな性格であったことは認める。その上、理仁の外見は派手と言われる部類の顔で、整っているがゆえにどうしても注目を集めやすかった。
そのせいで、この学校を卒業して5年以上経った今ですら「ああ、あの宗家(そうけ)理仁くんか」と言われる程度には名前が知られていた。
きっと両親や、教師も生温い環境では堕落するだけだと思っていたのだろう。
そこまで信用がないかね、と思いながらつまらなそうに再び箸を進めていると、隣のテーブルにいた匠がトレイを片付け、理仁の方へ歩いてきた。そして、隣に腰を下ろすと、周囲の生徒に聞かれないよう、そっと耳元で囁く。
「よかったら、教えてあげようか。料理」
「え?」
匠が穏やかな笑みをたたえて、付け加えた。
「週末、僕の部屋においで。基本から教えてあげるよ」
最初はどうしようか迷ったものの、ここは娯楽の何もない土地。暇を持て余した理仁は、結局匠の誘いに乗ることにした。
この選択が、理仁の退屈な日常を変えることになるとは、まだ知らずに。
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