第8話 10兆円を拒否した爆乳従姉に、俺は会いに行った


「会いに行く。ついてこい」

「アファーマティブ」


 クロエは慇懃に姿勢を正して会釈した。


   ◆


 俺は異世界ではトレードマークになった灰色のスリーピーススーツに袖を通した。

 真夏だがアークヒューマンの俺にとっては適温の域を出ない。


 ポートスキルで向かったのは、従姉の真緒姉が一人で暮らす団地だ。

 七階の回廊部分につま先から華麗に着地。

 隣でクロエもふわりと黒のスカートを舞わせながらやわらかく佇んだ。


 ドアの右上には【黒瀬】の表札。

 下の名前がないのは女性の一人暮らしだと悟られないようにだ。


「中に生体反応がございません」


 淡々と事務的に告げるクロエに、俺は背を向けた。


「みたいだな。真緒姉に直接会ったことがあるのは俺だけだから……来たぞ」


 マップスキルと探知スキルを併用。

 脳内地図を、真緒姉が移動するのがわかる。


「妙齢の女性の接近を探知しました。私は陰ながら見守ります。家政婦のように」


 曲がり角へ姿を消すクロエ。

 こいつ、エロ動画以外も観ているな。


 やがて、エレベーターの到着を告げる電子音が耳朶に触れた。

 自動ドアが開くと、懐かしいシルエットが映った。

 異世界時間で五年、だけど体幹では10年以上合っていない気がする。


 心臓が高鳴る。目の奥で瞳孔が開くのが解る。最初の言葉を考えていないことに気が付いて、手に汗をかいた。


 だけど、そんなつまらない悩みは真緒姉が全部吹き飛ばしてくれた。


 モデル並みの長身とスラリと長い肢体が、三歩歩いてエレベーターから下りたところで止まった。


 夏とはいえ短パンにTシャツという活発そうな服装に身体を通した女性の瞳と丸く固まった。


 手に提げていたコンビニ袋が落ちて、がさりと音を立てた。

 次の瞬間、銃声を聞いた短距離選手のような加速度で駆けてきた。


「弟ちゃぁあああん!」


 ばるるん! どぶるん! だばるん! ばるばるん!

 両腕で自身の胸を抱えて全力疾走。腕の中で、スイカ大の爆乳が暴れ回り絶景が過ぎた。


「よ、よぉ真緒ッ、姉ぇえええ!?」


 両手を広げて大型犬のように跳びかかってくる。

 俺はテンパりながらジャケットとチョッキを脱ぎ捨て身構えた。


 腕の拘束から解き放たれた胸が、Tシャツ越しに暴れ回る。


 どたぱん どたぽん どたばるん 


 そして最後に、どたぶるうんと跳ねてから、俺の胸板に衝突してきた。底なしの柔らかさと無類の低反発力に夢心地だった。


 ――ああ、なつかしい感触だ。やっぱ真緒姉いいわぁ。


 エデンはここにあったのだ。100年後の天界生活を待つ必要などどこにもない。

 細長い腕が俺の背中に食い込み、脊髄に心地よいさば折りをしかけてくる


「ごめんね弟ちゃん、連絡できなくて! でもいま忙しいでしょ!? ニュース見たよ! 異世界に行っていたんだって? 日本を救って偉いね凄いね! 総理大臣さん若返ってびっくりしたよ!」


 何から話していいかわからないという勢いでまくしたててくる姿に安堵した。

 いつもながら話題が渋滞しているのが面白い。


 おかげで、俺はいつも冷静でいられた。


 父さんと母さんが死んだときも、俺の三倍泣いてくれたおかげですぐに立ち直れた。


 自然と嬉しい苦笑が引き出されてしまう。


「お姉ちゃんなんかに会いに来て大丈夫? 政府の人とお話とかない?」


 言葉とは裏腹に、俺を抱き寄せる腕にはいっそう力がこめられる。

 俺の胸板一杯に潰れ広がる巨峰が、みぞおちまで達する。マジかよ。


「大変も大変。親戚から1000件の金の無心連絡が来て困るよ」


 全身で真緒姉の体温と甘い匂い、そしてはち切れんばかりの肉感を堪能しながら舌を回した。


「真緒姉10兆円ぐらい受け取ってくれない?」

「無理無理無理! それだけは許して!」


 弾かれたように二歩引いてから両手を左右にぶん回す。名残惜しい。

 左右のバストも、縦横無尽に暴れた。ブラしてる?


「はれ? なんでジャケットとチョッキ脱いだの?」


 きょとんとまばたきする真緒姉に、テヘペロ顔でスリーピース。


「真緒姉のおっぱいを少しでも生で感じるためだぜ」

「もお、弟ちゃんのえっちぃ♪」


 両手の人差し指で俺の頬をむにむにしてくる。

 赤ちゃんの頃からされているらしいので、よほど俺の頬が好きらしい。


「いやぁ、やっぱ真緒姉と一緒にいると地球に帰ってきたって感じがするぜ。今日仕事は?」


「……これからだよ♪ ウェブ雑誌で来週載るから右手の準備してね♪」


 手を首筋を腰に当てて体にしなを作る。


 強調されたバストラインとヒップラインが悩ましい。本当に日本人離れどころか人間離れしたサイズと張りである。


 腰をかがめてガン見してしまう。


「ところでメッセージ困っているならお姉ちゃんなら言ってあげようか?」


 モデルポーズを解いて、真緒姉は気さくに提案してきた。


「いや、こっちで対処できているからいいよ。それより気にせず一通ぐらいメッセくれればよかったのに、ってのは俺もだよな。連絡できなくて悪い」


 顔の前に手をかざして謝罪する。

 対する真緒姉も顔の前で手を左右に振った。


「謝ることなんてないわよ。弟ちゃんは世界一のインフルエンサーなんだから。新人モデルのお姉ちゃんとは比較にならないでしょ? 寝れてる?」


 かくーんと体ごと首を横に倒す。

 腰までのびたポニーテールがサラリと垂れた。揺れる毛先を目で追うつもりが、真横にたぷんと傾くバストに目が行った。


「そんなに忙しくもないぜ。今日も朝からずっと万夫不当4で遊んでいたし」

「じゃあ連絡してよねッッ」


 柳眉を逆立て鬼の形相でのけぞり見下ろしてくる。

 左右のおっぱいから、マグマのような熱気を感じる。

 真緒姉ならぬ魔王姉の迫力だ。


「悪い子ちゃんにはおしおきだよ! えいえい」


 また、両手の指で俺の頬をむにむに。爆乳美女に顔をいじられるのって楽しいよな。癖になりそうだし、もうなっている。


 指先が、不意に頬をむにっとつまんで左右に引っ張った。

 目の前の美貌が、ほにゃっ無邪気に笑った。


「でも弟ちゃんから会いに来てくれて嬉しいな」

「真緒姉……」


 胸につかえていたものが溶けていく。

 自称親戚たちからの鬼電も粘着メッセもどうでもいい。


 やっぱり、俺は真緒姉の笑顔が大好きだ。


 何を隠そう、俺の一番古い記憶は俺を抱っこする彼女の笑顔だったりする。

 あの頃は、真緒姉もまだ四歳の幼稚園児だった。


 ――ん?


 そこで、愛する笑顔に違和感を覚えた。


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