マザコン転生悪役王子は破滅回避して今世こそ結婚したい

伊織 慈朗

第1話 転生

「息子よ、二万貸してくれ」

「は?今月これで五万だぞ。返す気がない癖に借りるなよ」


 目の前の五十歳の女、俺のママはわざとらしく目を大きく開けた。


「そんなん、ケチ臭いこと言うなや。彼女できへんで」


 いつものことだが、イラっと来ることを言う。

 だいたい彼女はいるし、エセ関西弁だし。


「あー、そう言えば、いるんやったな。良くわからんゲームにハマってるっていう物好き女が」

「乙女ロールプレイングゲームだ」


 俺の返答にママはあきれ顔をした。


「まあ、何のゲームでもいいけど、いい歳こいてデートが自宅でゲームっていうのもな。それでいて、同じ空間に二人きりいるのに、何にも起こるわけやない。あんたのことやから、自宅以外でも何にもしとらんのやろ。そのうち飽きられるで」


 俺は眉を吊り上げて反論する。


「いや、普通にいい子だし。何もしないのは紳士として当たり前だし、ゲームは彼女が好きだって言うからいいんだよ」


 俺はママとの話を切り上げて、スマホを見た。

 そろそろだな。今日は珍しく彼女が、話があると言うからカフェで待ち合わせだ。


「あんた出かけるんやろ。わても買い物行くから一緒に行こうや」



 俺は、途中のショッピングモールでママと別れて、待ち合わせ場所に向かった。


 カフェに入ると、彼女はまだ来ていなかった。

 スマホを見ながら時間を潰していると、彼女はやってきた。

 何となく彼女にいつもとは違う緊張感を感じる。


「ごめん、待ったよね?」

「ううん、俺も今きたところ」とお決まりの台詞を言う。

「今日、ママさんは?」

「ああ、ママは近くのイオンで買い物してる」


 何故ママのこと聞くんだ?

 “仲いいんだね”と小さな声で返答が返ってきた。

 ウェイターが来ると、彼女はすぐに紅茶を頼んだ。


 他愛のない雑談をしていると、程なくして紅茶がテーブルに置かれた。


 やはり、今日の彼女の様子はおかしい。大好きな乙女ゲームの話にも乗ってこない。


「タケル君」


 彼女は真剣な表情で俺を見た。


「うん?」と俺は反応した。


「別れてほしいの」


 は?

 時間が止まったように俺の思考は働かなかった。脳が思考を放棄したのかもしれない。


「べ、別にタケル君が嫌いになったとかではないんだけど、タケル君とは友達として付き合っていくのがいいかなと思って」

「え?」


 開いたが口が塞がらない。


 それって嫌いになったってことですよね。


 俺は懸命に声を絞り出した。


「あ、あの「ごめんなさい!」」


 言いたいことを言い終えると、彼女はカフェを出ていった。お代は置いていかなかった。


 俺は無心で会計を済ませると、スマホに通知があった。


“荷物が多い。迎えに来れる?”


 いつもならイラっとくるママからのメッセージも、今の俺は何も感情が湧かず、無心でただショッピングモールに向かって歩いていた。


 休日の昼は交通量が多い。家族連れが目立つ。


 風船を持った5歳くらいの男の子。普通なら和やかな光景なのだろうけど、俺の頭にはそんな感情が一切湧かなかった。


 何かしでかしたかな?服装がダサかった?デートでケチった?いや、そもそも大半は乙女ゲームを一緒にやっている時間だったはずだ。

 ていうか、むしろ向こうから告白してきたはず。せめて、別れを切り出す前に駄目な所を教えてくれたっていいじゃないか。


 プ、プー、大きなクラクション。トラックが走ってくる。その先には、風船を追った男の子がいた。

 俺は咄嗟に走り出し、道路に跳びこんだ。


 男の子の背中を強く押す。これであの子は助かっただろう。次の瞬間、俺の肩にしがみつく感触。まさか、何でお前が、、、


 **********


 気が付くと、俺の目には見知らぬ天井が映っていた。中世ヨーロッパ風?マリーアントワネット的な。


「お、お目覚めになられましたか、デュストス様」


 振り向くと、ホワイトプリムを付けた可愛らしいメイド姿の少女が怯えるように俺を見ていた。

 数秒の沈黙。


「待て、俺はデュストスと言ったか?」

「はい?」


 俺は慌てて鏡を見た。


 鋭い目つき、悪魔のような真っ黒な髪、人相から漂う邪悪な雰囲気。

 そこに映っていたのは、彼女と一緒に進めていた乙女ゲームの悪役第五王子デュストス・フェルナンドだった。


 俺は先程一センチ程の段差で躓き、頭を打って気を失い自室に運ばれたというわけだ。その時見た夢は前世の記憶。


「まじかーーー!!」

「ひぃ」


 メイドが怯えている。ステイ、ステイ。


「わ、悪かった。取り乱した。もう大丈夫だ」


 何も大丈夫ではないが、俺は取り繕ってメイドに伝えた。


 とりあえず、現状を整理しよう。俺は今10歳、ゲームの本編が始まる学園入学まではあと二年ある。学園は、前世で言う中高一貫校の6年制だ。であれば、今から、あれをブツブツブツ、、、、、。


「あ、あのう」


 俺が物思いに耽っていると、メイドが申し訳なさそうに声を掛けた。


「どうした?」


 俺が顔を上げると、メイドは困惑しながら口を開いた。


「そろそろベラ様のお顔を拝見しに行く時間です」

「そ、そうだったな」


 デュストスは毎日決まった時間に母であるベラの部屋を訪問している。それはベラの顔をみるため、そしてベラからの指示を聞く為である。


 デュストスはベラが大好きであるため、ベラの言ったことを鵜吞みにし、ベラの指示通り、他の王子たちをあの手この手で陥れようとする。


 デュストスが歪んだ原因は、一重にベラへの愛である。


 ベラに自分を見てほしくて、構ってほしくて、人形のように言われたとおりに動いたのだ。

 しかし、前世の記憶が戻った今となっては、そんなベラに会いに行くのは、気が進まない。


 ベラは平民から王家に嫁入りした野心家。

 第三王妃の立場から、自分の息子を王にし、実権を握ろうと企んでいる。


 デュストスには、とんでもない命令を平然としてくる。

 例えば、社交界直前の王子の服を切り裂けとか、靴に画鋲入れろとか、毒を飲ませろとか。


 つまりベラという女は屑だ。

 自分の目的のために息子を利用し、邪魔なものを排除しようとする。

 言われた通り何でも実行するデュストスもやばい奴だけどな。

 

 一つ溜息をついて、ベラの部屋に向かう。

 おろおろしているメイドは一旦下がらせた。

 ベラの部屋の前に来ると、何やら叫び声が聞こえて来た。


 “やったー、超美人や、しかも王族。人生勝ったのも同然や。日頃の行いの賜物や”

 懐かしい感じは気のせいだろう。絶対、きっと、おそらく、たぶん。


 俺がドアをノックして名前を告げると、すぐに侍女が出て来た。凄く困った顔をしている。俺はその顔に既視感を感じた。


「デュストス様、実はベラ様、絨毯の皺に躓いて気を失い、目を覚ましてからの様子がおかしいんです。もしかしたら、頭を打ったのかもしれません」


 侍女は滅茶苦茶心配している。

 いい子だね、この子。悪いのはアホの母なのに。そもそも絨毯に躓くって、どこの後期高齢者だよ。いや、後期高齢者に失礼か。今のお年寄りはとても元気でおわすものね。


 そんな突っ込みを侍女には出来ないので、黙って部屋に通されると、そこには冷血野心家の悪役美女ベラ・フェルナンドがいた。

 髪の色は俺と同じ漆黒だ。


 部屋に通されてすぐ、俺は侍女を下がらせた。ベラも反論しなかったので問題はなさそうだ。

 俺は大きく息を吸ってから口を開いた。


「ママ、今月貸した五万円いつ返してくれるの?」

「何言うとんねん!貸したもんは差し上げたと思うんや。ましてや親に催促したらあかん。そんなケチケチしたら、いつまで経っても彼女できへんで。は!」

 、、、

「お前「あんたも」かよ!!」


 *****


 “スーハー、スーハー”心を落ち着かせるには深呼吸“スーハー、スーハー”。


「で、何でママがここにいるんだよ」

「そんなこと言われても、とぼとぼ歩いとったあんたを追って来たら、急にトラックの前に跳び出すんやもん。慌ててそれに続いて、記憶が途切れて、気がついたら、超絶美人の超大金持ちになってたちゅうわけや」


 俺には今の状況が出荷を待つ養豚場の豚に思えて仕方ないが、ママは何故かテンション高めで、機嫌が良さそう。


「にしても、ママまでトラックの前に跳びだす必要はなかっただろ」

「何言うとんねん。わては息子に寄生して生きるって決めてるんや。息子に小遣いをもらい、息子に介護してもらう。お前がいなくなったら、その計画が全部おじゃんや。せやから、つい、跳びだしてしもうたってわけや」


 俺はまた一つ溜息をついた。

 こんなことは冗談で、本心は息子を助けたかったって思うでしょ?普通は思うよね?違うんだよ。ママの言ってることは全部本気の本当。ママは俺に寄生して生きる気満々の屑母親なんだよ。


「そういえば、何であんなにとぼとぼ歩いとったんや?詐欺にでも遭ったか?」


 俺はつい俯いた。

 言いたくないって突っぱねる歳でもないしね。


「振られた。彼女に」


 ママは“お”っと目を大きく開け、口を尖がらせた。


「そうか、まあ、縁が無かったちゅうことか。お前は女を見る目がないからな。仕方ない」


 うんうんと頷いているママを見て、俺はピンと来た。


「何か話したのか?」

「え?い、いや、ちょっと挨拶をしただけや」


 ママは急にとぼけ始めた。


「どんな風に?」


 俺がママの目を見て真剣に尋ねると、ママは観念したように口を開いた。


「大したことは言ってないで。ただ“タケルさんと仲がいいですね”って言われたから“わては息子に寄生して生きるつもりやから、結婚するつもりなら、そこんとこも宜しく”って言っておいたわ」


 それだわ。振られたのはお前のせいかよ。折角、結婚を考えていたのに。


「そ、そんなことより、今のあんたはわてに似て、中々ハンサムやで。前世もそこそこイケっとたけど、今世は絶対女に困らへん。良かったな。なんぼでも彼女出来るで」


 能天気なママに、俺は一つ溜息をついてから言った。


「気分が乗ってるところ悪いけど、現実は辛いぞ。俺たちの人生に待ち受けるのは破滅。ここは乙女RPGの世界。俺たちは散々悪さをして、なんだよ!!」






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