第2話 破棄失敗

「処刑って何や?人殺しでもしたんか?それか誘拐とか。それくらいせな、刑罰と見合わへんで」


 確かに前世日本の記憶を辿ると、死刑はかなりの重罪を犯した者に課される。殺人、テロ行為、強盗致死などでもしないと死刑になることはない。

 だが、ここは乙女ゲームの世界。その辺の設定が曖昧なんだよな~。


「重い罪と言えば、兄である王子たちに毒を持って殺人未遂を犯すくらいか。あとは、評判を落とすために悪戯をしたり、平民を虐めたり。さすがにこれで死刑は厳しいと思うけど、俺たちは民衆の目の前で公開処刑される。手足に枷を付けられて」

 言って俺は首を掻っ切るしぐさをした。

 それを見てママは引き気味に顔をしかめた。


「ま、まあ、事情は分かったわ。でも、これから気を付ければ大丈夫やろ?だって、まだ学園入学までに時間があるし。わてらが悪さをしなかったら何とかなるんちゃう?」

「ママ、俺たち、既に結構悪さしてるって分かるよね?」


 俺たちには前世の記憶の他に、この世界の人間、デュストスやベラとして生きた記憶もある。

 それによれば、俺とママは、周囲からの評判がガタ落ちするほどの悪さを既に何度もしていた。


 食器を落としただけで首、紅茶を零しただけで首。ケーキを落とした日には、首はもちろん、慰謝料まで取るって脅してたな。

 首を言い渡された使用人の中には生活が苦しくて、仕事を辞めたくないと言って懇願していた者もいたけど、無視。周りの使用人たちはドン引きしてたわ。


 とにかく、地に落ちて地下30階に到達した評価を盛り返すのはかなり大変。ママもそれに気づいたらしく、


「なるほど、、、確かにこのままやと、まずいな。ここは一丁、作戦会議といきまっか、息子よ」


 急遽行われた俺とママが処刑回避のための作戦会議。俺はママに原作知識を教え、ママがうんうんと頷き、案を出していく。

 そこで考えた今後の王道方針がこの五か条。


 ・使用人たちに謝罪する

 ・王位継承権を破棄する

 ・辺境に移り住む

 ・強くなる

 ・畑を覚える


 謝罪や王位継承権の破棄は当たり前として、辺境に移り住むのは、王城から離れることによって危険度がないと判断してもらうためだ。


 そして、辺境は強い魔物が出るため、強くなる。畑は将来、冒険者をやりながら畑をして暮らしていこうと言う展望だ。


 個人的には、これに“前世はできなかった結婚をする”というのを付け加えたいが、あくまで俺一人のことなので黙っておく。


「これでバッチリや。まずは謝罪やな」


 ママは侍女を呼び、サロンに可能な限り使用人を集めるように言った。



 俺やママの世話をする使用人たちが総勢二十名程集まった。さすがに全員とはいかなかったが、急な呼び出しに良く対応してくれたものだ。


 俺とママを見る使用人達の目に不安の色が見える。


 俺たちって全く信用されてないな。使用人に厳しくあたり、粗相があれば即解雇。粗相が無くても気分が悪いと解雇。

 そんなことしてたら、信頼しろって方が無理だよね。


 俺とママは、皆が見えるよう少し高い位置に上がった。


「皆さん、集まっていただき、ありがとうございます」


 ママがそこまで言うと、俺とママは床に両膝と両手を付いた。


「「今までの無礼、申し訳ありませんでした。これからは改心し、皆様のご厚意を踏みにじらないよう、誠心誠意励む所存です。身勝手ではありますが、これからも私たちを見捨てないで頂けると光栄です。どうか、宜しくお願いします」」


 俺とママの心からの謝罪。きっと、改心なんて言われても信じられないというのがほとんどだろう。

 でも、俺たちに出来るのは、謝罪の言葉と頭を下げること。


 一分程経っても、沈黙が破られなかった。いつまで頭下げてる、ママ?

 横目でママを見ると、微動だにせず土下座をしている。こんなところは肝が据わってるようだ。少し尊敬するわ。


 今のママは口を開かなかったら、超絶美人。

 この見た目で土下座をされると、ちょっと神々しい。っていうか前世に映画で見た極道の妻みたいな風格がある。

 一方俺はドキドキバクバク、沈黙するくらいなら罵倒を浴びせられた方がよっぽどマシだ。お願い、誰か発言してくれ。


「もう解雇されてしまった人たちはどうなるんですか?彼らの中には貧しい生活を送っている者もいました。きっと、解雇された直後は路頭に迷ったはずです」


 発言した女性の使用人は強く厳しい目でこちらを見ていた。

 凄い、ここで発言できたあなたは出世する。


「連絡先が分かる人には謝罪し、必要であれば慰謝料をお渡しします」


 さっきから気付いていたんだけど、ママ、エセ関西弁イントネーションになってるのよ。意外に芝居が出来ないくらい緊張してるのかな。

 ほら、ママの部屋にいたあの従者が心配そうな顔をしてる。


“どうせ、そのお金は王家から出るんでしょ”


 そんな嫌味が聞こえて来た。聞こえないふりは出来ない。


「それは俺が稼いで、必ず返します。どうか信じてください」


 再度、頭を下げる。それから少しして、その場は解散になった。

 あとは、行動で示していくしかない。俺とママの好感度アップ作戦、思った以上に前途多難かもな。


 使用人たちへの謝罪が終わり、俺とママは再度作戦会議をしていた。


「落ち込んでる場合やないで。次は継承権の破棄や。気合入れていくで」

「何でママはそんなに切り替え早いんだよ。俺はけっこう堪えているぞ。全然、信用されてないって」


 やれやれとママは息を吐いた。


「そんなの分かり切ったことや。言葉は大事やけど、結局はその後の行動や。わてらが静かな人生を送るためには、時間を掛けて、真人間になったことを認めてもらうしかないんや」

「く、そうかもしれんけどよー」


 使用人たちの俺達を見る眼。

 あれを思い出すと、身震いがする。


 エリート戦闘民族が量産型の下級戦士を見るかのような眼。きっと、今までは俺たちが使用人たちをそんな眼で見ていたんだと思う。

 自業自得、身から出た錆ってやつだが、これ、本当に覆せるのかね。そんな風に思いながらも、俺とママは次の行動に移った。


 **********


 月に一度、俺や兄たちの父にしてフェルナンド王国の国王、エアリス・ネヴィル・フェルナンドと、息子である王子たち全員が会す場所が設けられる。


 エアリスは原作では、厳しくも、王子たちを叱咤激励してくれる。

 国の運営もうまくいっており、君主として立派な人という印象だ。


 ただ、記憶を戻した俺にとっては、正直合わない。

 だって、暑苦しいんだもん。


 熱血?

 俺そういうの苦手。


 俺以外の王子たちは、熱い言葉をもらって、やる気を出してるよ。

 でも、俺は何でもそれなりにできればいいと思ってるからな。

 熱い言葉を言われても響かんのよ。


 ともあれ、エアリスは、王位継承権を持つ子供たちと話をすることで、どれだけ王に相応しく成長を遂げているか見ている。

 俺はそのタイミングで話をする時間を作ってもらった。


「俺の王位継承権を破棄させてください。住処も王宮内である必要はありません。辺境に移り住み、静かに暮らしたいと思います」


 髭と威厳を携えた貫禄たっぷりの国王エアリスはその話を聞いて、目を瞑った。

 思考を巡らせているようだ。


「辺境に移り住んで、学園はどうするつもりだ?」

「近いところに入学します。別に王立学園には拘っていないので」


 逆に王立学園なんて危ない場所には行きたくない。

 破滅がドアをノックしてくるような場所だ。


 エアリスは再度、思考に入ると、その場に静寂が訪れた。


 お願いだ、さくっと通ってくれ。

 俺が王位継承権を破棄し辺境に行くなんて、王宮にとってはいいことだ。

 無駄な争いもなくなる、俺やママというストレスを生む源がいなくなるんだから。


 いるだけで厄災をもたらす魔女が、田舎で大人しくしてますんでって言ったら、断る理由はないだろ。


 ここで口を開いたのは意外な人物、第三王子ニコル・クラレス・フェルナンドであった。


「父上、デュストスの王位継承権の破棄を認めることは王族の責務を放棄したことになり得ます。王位はそれ程軽いものではありません。我らで切磋琢磨しあい、最も相応しい者を王とするのです。つまり、王位を争うこと、それも王族の責務。それを簡単に放棄していいのでしょうか」


 エアリスはニコルの意見に目を大きく開き、頷いた。


 まずい、完全にニコルのペースだ。


 ニコルはそもそも王位に興味がないはずだ。原作では「俺は王位には興味がない」と聖女に打ち明けるシーンがある。


 本音を語ってくれたニコルに聖女の気持ちが寄っていくという内容なのだが、今回は不穏分子を消すより、競争相手が減ることを危惧しているのかしれない。


 すると、次に口を開いたのは第一王子ジーク・クラレス・フェルナンドだ。


「父上、私もニコルの意見に賛成です。デュストスは最近、改心したと言っています。であれば、それが本当であるかも我々は見届けなくてはなりません」


 何言ってくれてんの!?

 まさか、ジークとニコルは母親が同じだから結託したのか。どっちも腹芸出来るタイプだからな。


 因みにジークとニコルは母親が一緒ということもあってか、髪は同じ金髪系だ。

 ジークが長髪でニコルが短髪。

 ニコルは一周目で必ず攻略したくなるテンプレ王道王子だ。

 性格はどちらも腹黒。


 見た目がいいだけに、ギャップがあるんだよな。

 俺から見たら、ジークが腹黒一号、ニコルが腹黒二号だ。

 もっともなことを言って、自分の有利にことを持っていこうとするんだよ。


 俺の苦手なタイプだな。


「うむ、確かにニコルとジークの言う通りだな。デュストスよ、お前の行動には正直、看過できないものがあった。しかし、若いころに失敗をするのも人間。もし、心を入れ替えたというのであれば、それを示して見せよ。アレンとフランも良いな」


 第二王子のアレン・エリスタ・フェルナンドと第四王子のフラン・エリスタ・フェルナンドは静かに頷いた。


 こいつら二人も母親は同じで、髪は茶髪。アレンは物静か、フランは可愛らしい系の王子。フランも女子人気が高かったな。

 

 アレンは静か君、フランのことは母性本能くすぐる系、略してボセホンとでも付けておくか。


 ていうか、お前ら自分の意見を言え。

 やばっ、これで話が終わってしまう。


「え、じゃあ、、、」


 焦った俺からはそれ以上の言葉が出てこない。

 

 熱い人間に、ものを言うのは苦手なんだ。

 迫力に負けてしまう感じがして。


「王位継承権の破棄も辺境に移り住むの保留だ」


 エアリスがこれ以上、この話をしないと暗に強い目で見て来た。

 

 くっ、何も言えん。


「しょ、承知しました。謹んで精進します」


 チクショー。ニコルとジーク何やってくれてんの?俺の計画台無しじゃん。俺は処刑を回避したいだけなのにーーー。






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