第2話 俺の卵丼

 腹が減った。

 ――まただ。

 さっき昼飯を食ったばかりなのに、俺の腹はまるで意志を持っているかのように鳴っている。


「……親子丼食いてぇ……」


 気分は完全に親子丼。

 あの、とろとろ卵と甘いつゆのやつ。

 しかし期待を胸に冷蔵庫を開けた俺は、三秒で絶望した。


「鶏肉……ない」


 卵はある。玉ねぎもある。

 めんつゆもある。

 でも肝心の『親』がいない。

 これじゃただの子丼……いや、卵丼か。


「……まあ、卵だけでも美味いよな。うん。気持ちだけ親子丼……いける」


 自分に言い聞かせるように呟き、気づけばまな板の前に立っていた。

 ちなみに、何かで代用するなどという発想が出てくるならもう料理上手だと思う。


 玉ねぎを切る。

 包丁なんて普段握らないもんだから、皮むきからしてすでに手こずる。

 薄切りを狙ったはずが、厚さはバラバラ。

 そしてすぐに襲ってくる涙。


「なんで……肉ない日に限って……玉ねぎの破壊力強いんだよ……」


 目をこすりつつ、フライパンを火にかける。

 この前の失敗(油ドバドバ事件)が脳裏によみがえるので、今日はビビりながら油を少量だけ。


「よし……今日は慎重にいく……!」


 意気込んで玉ねぎを入れる。

 じゅわぁぁっと音がして、一気に甘い匂いが広がる。


 ここまでは順調だった。


「次は、めんつゆ……えーっと、どれくらいだっけ……」


 親子丼のレシピなんて見たことない。

 なんとなくそれっぽくなる量を、脳内が適当に指示してくる。


「まあ……このくらいかな」


 ドバァッ。


「……いや、多いな!? なんか湖できたぞ!?」


 フライパンの底が一瞬で茶色の池になった。

 火力が強くてすぐに泡が立ち始めて、俺は慌てて卵を溶き始める。


 しかしここでまた問題が起きた。


「混ぜすぎた……?」


 完全に黄色一色の液体が完成していた。

 親子丼のとろとろ感とはかけ離れた炒り卵予備軍だ。


「まあ……卵ならうまい。いける」


 自分に暗示をかけ、卵を投入。


 ジュワッッ!!


「ちょ、固まるの早すぎない!?」


 火力が強すぎた。

 とろみを期待していたのに、ほんの数秒で卵が固まっていく。


「俺の脳内では……もっとふわふわになるはずだった……!」


 フライパンの中で卵と玉ねぎが喧嘩している。

 玉ねぎはクタクタなのに、卵はなぜか半分スクランブルエッグ。


 しかし、もう戻れない。


「……よし、これを乗せれば卵丼!」


 どんぶりにメシを盛り、上から豪快にのせる。

 見た目はまあまあ。匂いも悪くない。


 一口。


「……濃っ!」


 めんつゆドバァ事件の影響で、卵丼が味のパンチ力だけはプロ級になっていた。

 米は進む。だが喉は渇く。


「いや、これはこれで……うん……普通に食える……!」


 なんだかんだで完食し、片付けも終えたころ。

 夕方になって、玄関の音がした。

 おふくろが帰ってきて冷蔵庫を開ける。


「ただいまー。……あれ、玉ねぎどこ行ったの?」


「丼にした」


「え? 今日親子丼にしようと思って、鶏肉買ってきたのに」


 俺は固まった。

 おふくろはエコバッグから鶏肉を出しながら、なんとも言えない顔をしている。


「……食べたなら言ってくれれば良かったのに。作れたのよ?」


「……ごめん」


 呆れたような声。

 でも、その目はまた少し笑っている。


「卵丼、ちゃんと食べきったのね。ところで……味はどうだったの?」


「……濃かった」


「ふふっ。まあ、次は一緒に作ろっか」


 その言葉に、なんか胸の奥が少しあったかくなった。


 腹減ったらまた作ろう。

 今度こそ、ちゃんと『親子』にしてやる。

 ――そして、いつかおふくろの味に追いつけたらいいな。

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