俺の腹は今日も鳴る

MRo

第1話 俺の焼肉丼

 腹が減った。いや、男子高校生の腹減りを舐めちゃいけない。

 今日は土曜日。時刻は十三時。

 野球部の朝練のあと、一時間前に昼メシを食べた。おふくろのチャーハン。あれは神だった。


 ――にもかかわらず、もう腹が鳴っている。


「冷蔵庫……なんか頼む……!」


 祈るように扉を開けた。ひんやりした空気が顔にぶつかる。


「……食べられそうなもの、ゼロ」


 野菜、肉、ウインナー。

 見た目だけならすぐ食えそうなのに、全部まだ『材料』。

 誰かが火を入れて味をつけて初めて『料理』になる、あの順番待ちのやつらだ。


 だが腹は容赦ない。


「……炊飯器にはメシがある。卵もある。でも卵かけご飯の気分じゃねえ」


 もっと肉。ガツンと肉。


「牛肉、焼いてタレかけて、乗せれば……焼肉丼……!」


 料理経験ゼロの脳が出した答えだったが、腹が即決した。

 気づいたらフライパンをつかんでいた。


「油……入れるよな。どんくらい……?」


 油のボトルを握り、ひと回しのつもりで振る。

 ドボボッ。

 フライパンの三分の一が油で満たされた。


「……まあいいか。多いほうが焼けるだろ」


 火を点ける。

 カチッ。

 ボォォォッ!


「ちょっ、隣のコンロ!? やべっ……!」


 慌てて修正。今度は正面から青い炎が立ち、油がゆらりと揺れた。


「どのくらい温めるんだ……?」


 数分。見た目に変化はない。

 箸をそっと刺すと、細かい泡が「ぴちぴち」と弾けた。


「いける……よし、投入!」


 ジュッッ!!


「熱っっ!? あっつ!!」


 肉をドサッと入れた瞬間、油が弾丸みたいに飛んできて手の甲に命中。

 反射でシンクに走り、水を出す。


「……これ料理って命がけかよ……」


 フライパンに戻ると、細切れの牛肉がそれっぽく焼けていた。

 香ばしい匂いが広がって、ちょっと嬉しい。


「おお、俺でもできるんじゃね?」


 フライパンを揺する。

 ガタン。

 揺れすぎて肉が一つ飛び出し、コンロに落ちた。


「……見なかったことにしよう」


 全体が色づいたところで、焼き肉のタレを開封。


「これさえあればなんとかなる」


 ひと回し。ジュウッといい匂い。

「……いや、もっとだな」

 二回し、三回し。

 フライパンの底がタレの湖になった。


「よし、完成!」


 どんぶりにメシを盛り、肉を乗せる。

 見た目百点。匂い二百点。

 一口食う。


「……油とタレの味しかしねぇ!」


 メシは進む。でも別の意味で。


「うぷ……腹は満たされた……片付けは地獄だな……」


 油まみれのフライパンを洗いながら、

 おふくろの料理がどれだけ奇跡か悟った。


 夕方。


「ねえ、ここにあった牛肉知らない?」

「食った」

「え? 今日の晩御飯の材料なんだけど!?」


 振り向くと、般若がいた。

 俺は靴を履くより先にスーパーへ走っていた。


 晩ご飯は回鍋肉。

 肉とキャベツの甘辛さが絶妙で、昼のドロドロ肉とは世界が違う。


「アンタが肉焼いて食べるなんてね。ちょっとビックリしたわ」

「腹減りすぎて……」

「怒ってないけど、食べるなら連絡してよ。材料だから」


 言葉は少し呆れ気味。でも、その目はほんの少し笑っていた。


 腹が減ったらまた作ってみるか。

 いや、今度はもうちょいマシに。

 おふくろへの感謝を忘れずに。


 ――いつも飯、ありがとう。

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