零歳 ヴィトリアス・リューセリア爆誕

(昏い⋯)


 これが⋯『死』か―――


 俺は暗闇の中で自認する。

 俺はまだ俺だった。


 死後は『輪廻転生』が有るのか、『無』しかないのか。

 それは神学者や魔法使い達が長年研究しても到達出来ない領域の話だ。


 確かに死者蘇生の魔法は存在するのだが、果たしてそれが生前と同じ魂なのかは誰にも証明出来ないからだ。


 肉体やアストラル体は複製や分裂が可能だ。

 ホムンクルスにより肉体を複製し、脳の記憶をコンバートする工程は確立されている。

 実質的には疑似不老不死だな。


 アストラル体を分離し、離れた場所に自我を二つ保つ事が出来た魔法使いも居た。


 魂らしきものは有る様な無い様な⋯結論は出ていない。

 肉体と精神はなんとか観測出来る。

 だがさらにその奥に有る完全なブラックボックスは解析不能だった。

 覇王だなんだと言われる俺も結局は良く解らんかった。


 しかし、確かに存在する魂の世界。

 俺自身も魔王や勇者や竜王との死闘に於いて、生命力も魔力も尽き果てた先で到達した事が有る。

 魂のエネルギーとしか呼べないナニカを燃やして勝利をもぎ取った。


 更に俺の死因となった実の娘による魂の心中。

 アレも魂と云う概念が無ければ説明がつかない。

 単なる魔法攻撃ならば、いくら腑抜けていたとは云え俺の高い魔法防御を突破出来ない。


(死後の世界は無か⋯無なら意識も無ければ良いのに⋯)


 現世にやや退屈してたってのに、死後の世界がまさかの退屈な闇の世界とは⋯


 戦闘と戦争で敵を鏖殺してきた大量殺戮者ヴィトリアス。

 混乱する国を平定し他国からの侵略を退け国土まで広げた救国の英雄ヴィトリアス。

 どちらも俺だ。


 果たして俺が逝くのは美しい女神達の住まう天国か、鬼が獄卒を務める地獄か。

 どちらに行くかちょっと楽しみにしてたんだがな⋯⋯⋯


(ん?なんだ?明るい?光が――――)


「ほぎゃあああああああっ!ほぎゃああああああああああああああああっ!」


 ⋯⋯うるっせーなぁ。

 いきなり鳴り響く赤子の泣き声。

 なんだコレは?

 身体が動かん。

 魔力も、上手く練れん。

 しかも⋯


「ほぎゃあっ!ほぎゃあっ!ほぎゃあっ!」


 さっきから本当に煩いな。

 俺の子供達はこんなに煩くなかったぞ?

 何処のガキだこの泣き声。


(おわっ!?)


 巨大な手が俺を抱き上げる。

 光が乱舞する。

 魔石を使った照明器具。

 半裸で汗だくの女性。

 涙ぐむ男性。


(なんだ!?誰だ!?)


 デカイ。

 巨人?

 確かに過去に滅んだ種族に巨人族が居たらしいが、発掘された巨人族の骨の骨格とは随分と違う。

 まるで人間みたい――――


「でかしたぞっ!ウィンディっ!」

「セルジオ⋯」


 ウィンディ?

 セルジオ?

 まさか―――


(お袋⋯親父?)

「ほぎゃあああああああああっ!?」


 二人に話しかけたつもりか声にならなかった。

 そこで俺は漸く気付いた。 

 さっきから煩い赤ん坊の泣き声の発生源が俺の口であり、俺自身がくそ喧しい赤ん坊であると云う事に。


「大丈夫かい?ウィンディ」

「ええ、平気よ、セルジオ」


 俺は若い母親に抱かれ、若い父親に顔を覗き込まれている。

 俺の記憶の中より大分若いな。

 まだ二十代の頃の父と母。

 セルジオ・リューセリア辺境伯次期当主。

 ウィンディ・リューセリア辺境伯次期当主第二夫人。

 そしてその長男、ヴィトリアス・リューセリア。

 つまり俺だ。


「良く飲む子ね。元気に育ってね、ヴィトリアス」

「あぶー」


 俺は現在、唯一の食糧である母親の母乳を腹一杯飲んでいる。


「あばぶぅ」

(くそぉ、完全に赤ん坊だぜ⋯)


 この頃の記憶は流石の俺も覚えてねぇ。


(女の胸は好きだが⋯母親だと特に何も感じねぇや)


 呪いや加護も何一つ持ってねぇし、練り上げられる魔力も大した量じゃねぇ。

 こら参ったね。


(転生か?いや、時間遡行?並行世界?どれが正しい?)


 俺は幼い頃に死んだはずの両親に微笑まれながら、漫然としつつ思考に没頭する。

 しかし答えは出ない。

 暫定的だが、産まれた頃にまで時が遡っていた⋯と仮定しよう。

 先程の闇は母親の胎内にしては違和感が有る。

 アレこそが魂の回廊なのだろう。


(俺の死に際し、何らかの緊急避難のスキルが発動したのは間違い無い)


 俺が手当たり次第に自分に掛けた祝福や加護や呪いとか⋯そのうちのどれの何が効いたか正直解らん。


(考えても仕方無い。検証は必要だがな)


 兎に角やり直す事が出来る様だ。

 原因が解らない以上、もう一度やり直せるかは解らない。

 次は死んだら終わりだろう。

 ならば今度は恨まれぬ様に女達を大切にしよう。


(後は何処まで歴史に干渉出来る?)


 歴史の修正力とやらが働いて同じ末路を辿るかも知れない。

 もしくは幼少期にアッサリ死ぬかも知れない。

 警戒するに越した事はあるまい。


「ほら、よしよし」


 ウィンディが、お袋が俺の背中をぽんぽんと叩く。 


「けぷっ」

「はい、良く出来ました〜」


 ニコニコするウィンディが俺をベビーベッドに寝かし付ける。


(意識を保て⋯)


 ヤバイ。

 意識が、自我が肉体に引っ張られる。

 妻達に殺された未来は、単なる妄想や夢なんじゃないかと思い始める。

 眠いしなんかもうどうでも良くなってくる。

 ⋯いや、駄目だっ!


(―――俺は今は無力だ。だがやれる)


 齢零だが魔力は練れる。

 生前⋯生前?前世?前回?⋯と比較して量は大した事は無いがな。


(⋯そういや乳母や乳兄弟は居なかったな)


 貴族ならば乳母を雇うだろう。

 お袋は第二夫人だ。

 俺には乳母ではなく側付きメイドが一人付くだけだった。

 俺の側付きになるのはニーナ。

 ニーナはまだ居ないな。

 もう少し後⋯俺の自我がハッキリする頃だから⋯二、三歳頃かな?


 そんな風にぼんやりしながらお袋の乳を飲み、オムツをメイドに替えて貰うだけの自堕落な生活となって数日が経過した。

 コンコンコン⋯とある日、部屋がノックされる。

 そして声が、聴こえる。

 

「ウィンディお義母ちゃま〜」

(!?―――しまった。そうだ。此処には奴が居る―――)


 他責思考をする訳ではないが、俺が女に対して容赦が無くなった元凶の一つ。


「どうぞ」

「ごめんなさいね。エレが聞かなくて⋯」


 お袋が許可を出し、扉が開くと良く似た女性と子供が入室して来た。

 申し訳無さそうにしている女性は第一夫人のスザンナ、俺の義母だ。

 スザンナに良く似た子供は腹違いの姉である⋯⋯⋯エレクトラか。


(エレクトラ⋯)


 俺の記憶に有るエレクトラとは似ても似つかない、純真無垢な幼女が其処に居た。


「この子がヴィトリアス?」

「仲良くするのですよ?エレクトラ」

「うんっ!お母ちゃまっ!」


 会話の流れ的にスザンナと俺は初対面ではないらしい。

 覚えが無いぞ?

 寝てる間に面通しを終えていたか。

 くそ⋯どうやら眠りに落ちると警戒度をどんなに上げても意識が浮上しないのか。

 厄介だな、赤子と云うものは。

 しかし、それにしても―――


(どう云う事だ?)


 俺はエレクトラの事を思い出す。  


『お前なんか本当の弟じゃないくせに―――』


 まだなんの力も無い幼児に過ぎなかった俺に、容赦無く危害を加えて来た腹違いの姉。

 俺はまだ自身の肉体や魔力の使い方も知らなかった。

 身を守る術も無かった。

 されるがままに攻撃され、震えながら屈辱に耐えるしかなかった。


『あっはははははっ!あの女やっと死んだっ!』


 ウィンディが⋯お袋が死んだ時、狂った様に嗤っていたな。


『お前のっ!お前の所為でっ!』


 幼気な弟を嫐る時、彼女は顔を歪ませ泣いていた。


(⋯何があったんだ?)

「かわいい!かわいい!これがっ!わたしの弟っ!」

「コラ、エレ。ヴィトが吃驚しちゃってるでしょ?」

「良いのですよ、スザンナ様」

「ウィンディ⋯」


 お手付きメイドから第二夫人となったお袋はかなり恐縮している。

 決して不仲と云う訳ではないが、二人の妻達には見えない壁が有るのは俺でも解った。

 事情は知ってる。


(赤ん坊だから何も解らないと思って、遠慮無く喋るもんだよな)


 口煩い雀達の様に、お袋が休んでる間に俺の世話をするメイド達が色々と教えてくれたぜ。

 スザンナはエレクトラを産んだ後も男児を望んだが子宝に恵まれていない。

 それなのに第二夫人⋯平民であり元メイドでしかないお袋が男児⋯俺を産んでしまった。


 ま、良く有る話だな。

 俺の世話をするメイド達は、最初はお袋のメイドとなってガッカリだったが、今は成功だったと喜んでいた。

 そしてスザンナ付きメイドは落ち目でざまぁみろ⋯だとさ。

 ⋯⋯⋯犯して捨てるぞクソ女共。

 まだ剥けてもないけどよ。


「ヴィト〜エレクトラお姉ちゃまでちゅよぉ〜」

「あ、エレ。キスは駄目よ!虫歯菌が伝染るから」

(これがエレクトラ⋯これが俺の姉―――?)


 このやり直しの人生で今のところ一番戸惑い、衝撃だったのは姉であるエレクトラだ。

 前世に於いて、親父やスザンナ、執事やメイドの見えない所で俺に暴行を加え罵声を浴びせていた女と同一人物とはとても思えない。


 俺は過去の、前世の、前回の記憶を思い返す。

 そう、アレは俺が祖父を殺してリューセリア家当主となった後か。

 敵対する派閥に嫁入りしたエレクトラを捕らえたんだったな。

 あの時⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯


「あら?リューセリア辺境伯様。私に何か御用かしら?」

 

 屋敷の座敷牢に監禁しているエレクトラに会いに行った。

 エレクトラ自身には大した戦闘能力も無かったが、外部からの助けが来るかも知れないので、魔封じの術式が組み込んである部屋に厳重に捕らえていた。


「エレクトラ女伯爵」


 俺は腹違いの姉に冷たい声で告げる。


「何かしら?」

「貴様を処刑する」

「⋯⋯⋯そう」


 姉であるエレクトラは、祖父殺しをした俺を誅殺する為に軍を率いて攻めてきた。

 姉は祖父に政略結婚させられており、ある伯爵家に嫁入りさせられていた

 夫である伯爵は王都の動乱で戦死した。

 暗殺されたとも云われるが真偽の程は解らん。


「処刑する前に、お前の尊厳を破壊し尽くしてやる」

「や、やめな、さい⋯」


 俺は姉を犯した。

 何度も何日も、避妊もせずに。


「⋯⋯⋯わかったわ。いいわよ⋯好きにして⋯」


 その頃の俺は別に女に不自由してはいなかった。

 それに何度か死線を潜るうちに姉への恨み等も忘れていた。

 偶々捕らえていた事を思い出して、思い付きのままに振る舞っただけだ。

 その行為に愛も憎しみも無い。


「貴方、なんかに⋯」


 屈辱で涙を流しながらも、俺を抱き締めてくるエレクトラ。


「何故俺を否定した?何故俺を害した?」

「お父様⋯お母様⋯ごめんなさい⋯」


 答えになっていない言葉に流石の俺も苛つく。


「ちっ⋯」


 俺はこんな女にいいようにされていたのか?


「うっ⋯」


 犯してから殺そうと思ったが、反応が思ったより芳しくなくつまらなかった。

 だから俺は孕ませる事にした。

 薬を飲ませ排卵を促進させ、中に出し続けた。

 ⋯⋯⋯数カ月後、姉の腹は膨らんで来た。

 女性の主治医も付け、健康に気を遣ってやった。


「母子共に健康です」


 医者がそう判断を下す。

 もうこれで堕胎は出来ない。


「いい気味だな?毛嫌いしていた弟に孕まされた気分はどうだ?」

「⋯⋯⋯何よ、意気地なし。処刑するなんて言ってた癖に、姉を孕ませて子を産ませようなんて。やっぱり貴方も御祖父様と同じ―――」

「ああ、今から処刑する」


 俺の死刑宣告に固まるエレクトラ。


「え?」


 姉が驚いていた。

 そうだ、その顔が見たかった。

 俺の顔に笑みが浮かぶ。

 ああ、楽しい。

 わざわざ孕ませたのはこの為だ。

 誰しも、孕ませて健康に気を遣っている相手を処刑するとは思うまい。

 殺すのは、殺されたくないと思わせてから。

 死を覚悟した相手を殺しても意味が無い。


「恩赦を⋯慈悲を⋯どうか⋯どうか⋯」


 恥も外聞もかなぐり捨て、姉が涙を流して懇願して来る。


「産ませて⋯お願い⋯私は殺して構わないから、この子だけでも」

「子供を命乞いの材料にするか、反吐が出る。貴様の子供等、貴様同様生かしておく意味等無い」


 姉は死に物狂いだった。

 ギロチン台に固定されてもずっと泣き叫んでいたな。


「大好きだったの、貴方の事が、ずっと!ずっと謝りたかったのっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!謝るからっ!せめてっ!せめてお腹の子を産ませてっ!」

「空々しい」


 俺が鼻で笑う。

 吐くならもっとマシな嘘を吐けと思う。


「ではな」

「ヴィト―――」


 ギロチンの刃が落とされ、姉の首が飛んだ。


「⋯スッキリしないもんだな」


 復讐の為だけに強くなった訳ではない。

 戦闘能力の無い女等、指先一つで消し飛ばせるのに、かなり回りくどく殺したものである。


「ま、これで俺に逆らう奴も減るだろう」


 王都では血で血を洗う闘争が今も続いている。

 敵対勢力ならば実の姉すら殺す俺を見て、敵味方共に畏怖の念を抱いた筈だ。


 ――――――その時の俺は、不要になった姉を上手く政治利用出来た事に、少し喜んだ。


 だのに――――


「ヴィト〜、お姉ちゃまでちゅよ〜」

(なんだ?なんなんだこれは?)


 俺は混乱したまま固まる。


「大人しい子ね」


 スザンナがニコニコと俺と姉を見つめる。

 確かスザンナは病死だったな?

 確か男児を産めずに心を病んだとかだった筈。

 今はそんな素振りも無いが⋯⋯⋯


「ええ、心配なぐらい良い子なんです。夜泣きもしませんし」


 お袋も困った様に笑っている。

 夜は一応魔力を練る練習をしてるからな。

 魔力切れ起こして昏倒してんだよ。

 夜泣きする余裕なんて無い。


「乳母を雇わなくて良かったのですか?」

「ええ、その、私自身で育てたくて⋯」


 成る程。

 乳母を雇えなかったのでなく雇わなかったのか。


「⋯えぇ、あと、その⋯」

「ああ、そうです、わね」


 二人が顔を見合わせる。

 乳兄弟と乳母。

 ⋯⋯⋯ああ、そういやそんな時期だったか?

 最終的に俺が乗っ取った王国では、そう云うトラブルがあった。


 王太子の乳母が母親の様に権力を手に入れ、その乳兄弟が王族の様に振る舞った。

 さらに頭が痛い事に、王がその乳母に手を出してしまった。


 結局乳母は王の子を孕み側室になった。

 俺が王族を粛清した時には、派閥同士の暗殺合戦でボロボロになってたな。


 覇王となった俺の妻達も、なるべく乳母を雇わない方向で後宮を回してたっけ。


 まぁ確かに、若くて母乳の出が良い女が視界に居たら犯してしまうかもな。

 俺だったら犯してる。

 ああ、乳母とか見ないなーと思ってたのは俺対策かよ?

 死後判明する衝撃の事実。


 そういや親父も病気で弱ってた時に、甲斐甲斐しく世話をしてくれたお袋にやられて襲いかかったらしいしな。

 男ってのは仕方無いよな。

 まぁそれはともかく。


「あーうー」

「ほら、ヴィト〜?お姉ちゃまのおっぱいのむ?」


 猫撫で声ででちゅね言葉を話す姉が、衣服の前を開けさせてぺったんこの胸を見せつけてくる。

 おい母親共、この馬鹿姉を止めろ。

 俺が壁で圧死する前に。


「うー、出ない」


 姉は片手で俺の頭を持ち上げ、片手で平坦な乳房をぐいぐい絞るが勿論出ない。


(出る訳無いだろう馬鹿か?)

「ちょっ!?コラっ!エレクトラっ!何をしているのですかっ!」


 漸く我が子の奇行に気付いたスザンナが素っ頓狂な悲鳴を上げる。

 それを見て困った様に笑うお袋。


(⋯マジでどうなってんだ?こんな幸せ家族がいったいなんで⋯)


 壁は有るものの友達同士の様に仲の良い第一夫人と第二夫人。

 そして腹違いの弟にメロメロの姉。

 どうしてこんな幸せ家族が破滅したのか、その時の俺には全く理解出来なかった。

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