デッドエンドハーレムから始まる最強覇王のやり直し

猫屋犬彦

享年二十八歳 最強覇王の最期

 最強覇王ヴィトリアス。


 それが俺だ。

 辺境貴族から成り上がり、乱世を平定し新しい王に即位した。

 他国から攻められれば逆襲し敵国の王の首を落とした。


 歯向かう奴は皆殺した。

 復活した魔王、覚醒した勇者、人類の領域に攻めて来た獣王、竜王。

 全て倒して殺してきた。


 妻も多く娶った。 

 支配するにはそこの王族の女を孕ませるのが一番だからな。

 すでに全員子を産み、今も何人かは孕んでいる。

 そうして子宝にも⋯後継者にも恵まれ、俺の覇王国の将来は安泰である。

 

 そんな俺だったが――


「いい気味ね」

「あの世で後悔するといい」

「我が父の仇⋯」


 妻達に嵌められ、今正に殺されようとしていた。


「あらら、こりゃまずいな⋯」


 俺は冷静に自分の状態を確認する。

 今の俺はベッドに倒れ込み身体の力が入らない。


 ちなみに今さっきまで俺が犯していた女はすでに死んでいる。

 自殺だろう。

 笑ったまま死んでいる。


 暗殺手段に、性器の中に毒針を仕込んだり毒薬を塗ったりもする。

 しかしそれは無かったし、あっても俺には効かない。


「貴方には普通、毒は効かないけど」


 そうか、成る程。

 俺の死因となる女の顔を見る。

 その顔は実に満足そうだ。

 本懐を遂げた会心の笑みなのだろう。

 その女とは行為の真っ最中だった為、下半身は繋がったままだ。


「一体化か⋯」

「そうよ。この時を待っていた」

「彼女の勇気が貴方に勝ったのよ」

「まったく。誰の入れ知恵だ?」


 呪術の対象としての解釈で困る事がある。

 母親と胎児。

 これは別々の生命なのか、同じ生命なのか。

 母親への呪詛が成功したかに見えて胎児が身代わりになる事もある。

 では胎児が生命として認識された時は?

 生物学問的な話でなく、呪術的な話でなら―――


「俺の精子で受精した、時⋯」


 排卵日だったのか。

 更には妊娠促進剤も使ったのか。


(そもそも俺自身に子孫繁栄の加護が付いてるから、余程の事が無ければ女を抱けばほぼ確実に孕ませられる)


 この女は俺の精子と自分の卵子が受精したタイミングを見計らって自殺した。

 俺が安産祈願の加護とゆーか呪いを掛けたら自殺も出来なくなるからな。


「それでも子供が先ず身代わりになったみたいね」

「悪運の強い人」

「往生際の悪い」


 やんややんやと煩い下位の妻達。


「言いたい放題だなお前等⋯」


 己と俺を一体化させてからの自死により、先ずは媒介となった受精卵が死亡。

 だが女との受精卵が呪物としても効力を発揮し、俺へのダメージが通った⋯て、とこか。

 俺との子供は死んだが、相殺し切れなかった呪いが俺に来たのか。

 呪いは母から子へ伝播し父へ還る。

 うむ、見事なまでの呪術的暗殺法。


「やるな⋯」


 いやぁしまったな。

 刺殺不可、毒殺不可、病死不可、などなど。

 そう云った即死回避系スキルの弱点は、他の死因に滅法弱くなる事だ。


 その為俺はあらゆる死因を網羅してガードしてるはずだったのだが⋯


「自殺⋯不可は覚えてなかったみたいね」

「ああ、油断したわ。あと腹上死不可も獲得してないな」

「口の減らない男ね⋯」


 服毒死への耐性はあくまで俺自身へのセーフティだ。

 服毒自殺した結果を受精卵を通じて俺と共有させるとはな。

 ルールの裏を突いた見事な作戦だ。

 

 だってまさか俺が自殺するなんて思わないじゃん。

 自殺不可なんて覚えてねーよ。

 俺は俺が一番可愛い。

 例え妻や子供を人質にされても自害するなんて有り得ない。


「その娘、解る?」

「解らん」


 俺と繋がったまま事切れている少女に見覚えは無い。

 俺が滅ぼした国の名家の娘で、御家断絶を防ぐ為と服従の証とかの名目で献上されてきた女だ。


 妻の管理は第一夫人、第二夫人に丸投げしてたからな。

 そこらが結託したら身元確認なんてスルーだろうよ。

 孕めば妻の末席に加わった事だろう。

 俺を殺せる程の見上げた娘だ。

 出自が気にならないと云えば嘘になる。


「貴方の子よ」

「俺の⋯」


 ああ、だからここまで魂の繋がりが強いのか。

 それも俺に呪詛が響いた要因か。

 成る程納得。


「母親、娘、その娘の卵子⋯祖母親娘三代に渡る呪詛魔法。天晴也」

「あなた⋯他に言う事無いの?」


 俺の最期を看取る妻の一人が呆れた様に溜め息を吐き出しながら言って来る。

 彼女達も裸だ。

 中にはお腹が膨らんでる女も居るが、安産祈願の呪いは強力なので、多少抱いても問題無いし、むしろ俺が直接胎内に魔力を注ぐ事でより強力な呪詛となり、より強い子供を産める事にもなる。

 なので身重の妻も全員抱くつもりで伽に呼び、じゃぁ先ずは新しい女から抱こうか〜からのコレである。


「どうせ死ぬならお前等を一発ずつ犯しておけば良かった」

「早く死ねっ!」

「トドメ刺してやるっ!」

 

 俺が支配してまだ間も無い女達が憎悪に満ちた視線と罵声を向けて来る。

 いいぞ、もっとやれ。


「駄目よ。ちゃんと『自殺』が完成するまで手を出しては駄目。今は魔法防御も物理防御も低下してるみたいだけど⋯もしも今首を斬り落とせば『斬殺不可』の呪いが発動して蘇生されるかも。この機を逃せばもう絶対に覇王に勝てない」


 あちゃ〜見抜かれてたか。

 それでもそのまま死ぬ可能性も高いが、ワンチャン掛けてみる事も出来たんだがな。


「貴女達、黙れないなら直ぐに退室しなさい。憎き父母の仇、憎き祖国の仇が潰える様を見届けたいなら静かに看取りなさい」


 俺の妻筆頭とも言える女がピシャリと言うと、下位の妻達が黙る。

 そういやコイツの息子がママはパパより怖いって言ってたな。

 うん、パパも怖い。

 怖くて死にそう。

 てかもう死ぬ。

 

 俺はチラリと身体の下に有る少女の死体を観察する。

 どんどん冷たくてなっていく俺の実の娘⋯らしい少女。

 真偽は不明だが、俺に呪詛が通った事を考えると実の娘なんだろうな。


「流石は俺の娘だ。根性有る奴だな。見込みが有る。俺が完全に死んだら蘇生させてやってくれ。死体が腐る前なら―――」

「いいえ、あなたと一緒に焼いて埋めます。呪詛が連動してる以上、この娘を蘇生したらあなたも復活するんじゃなくて?」

「バレたか」


 俺は完全に詰んだ事を悟る。

 そっちも万が一の可能性に過ぎない。

 蘇生魔法は有るが、死体を完全に破壊されたら復活は無理だ。

 俺の信奉者は居なくもないが、妻達が完全に結託してる様だし、俺の死体はこのまま火葬されて埋められるだろう。

 もしもこの娘が蘇生されたら、受精卵に取り憑いて新しい肉体となり実の娘の腹から産まれ治す可能性も有った。

 が、その道も閉ざされた。

 うーん、こりゃ参ったね。

 だがまぁ何処の誰とも解らん奴でなく、我が子に殺されるなら本望か。


「覇王殺しか。死して名誉を掴むか。誉めて遣わす」


 いったい誰の子供かまでは解らん。

 性欲処理で女を犯す時は碌に避妊もしてなかったし。

 敵を倒した後、犯して放置とかも良くしてたしな。

 その誰かだろうか?

 見た目の年齢は俺の半分程だな。

 て事は、俺がこの娘と同じぐらいの年齢の頃の話だな。

 

 その頃犯した相手は――あー⋯丁度セックス覚えたてで、犯せそうな女は犯しまくってたな。

 内乱が激化してて犯す女には事欠か無かった。

 平民の町娘や貴族令嬢、捕まえた傭兵、返り討ちにした暗殺者。


 政務に忙しい今よりもたくさん女抱いてたかも。

 自分の欲望を吐き出す事を優先して、女犯すだけになってたな。

 しかも、殺した親⋯敵対貴族や王族⋯の目の前で犯してやったりしたかも。


 ははは、恨まれて当然か。

 それにその頃は敵対者の家族なんざ気にしてなかったしな。

 例えば俺が犯して放置した姫とか、多分兵隊に輪姦されて何処かに売られたりしてたっぽい。

 そういやあの姫どうしたっけ?と部下に訊ねたら言葉を濁された。

 中には民衆の不満の捌け口にされ、民衆に輪姦された上でギロチン台にかけられた姫も居たらしい。


 しかし、偶々運良く生き延びた娘が居たのだろう。

 そうして俺を心底恨んだ女が、俺の種で孕んだ我が子を産み落とし、暗殺者に仕立て上げ俺の元に送りこんで来た訳だ。

 なんと云う執念。

 恐れ入る。

 正面からは絶対に勝てない俺へのハニートラップか。

 いやぁ性行成功。


「一本取られたな」

「何よ。もっと悔しがりなさいよっ!どうして、こんな時でも⋯⋯⋯」


 妻の一人が憎々しげに俺を睨めつけてくる。

 目に涙が浮かんでいる。

 親の仇とは云え、子供まで産んだ相手を憎み切れずにいる様だ。

 甘い奴だな。

 俺に絆されたか。

 統治の為だが、妻にした女達は大切にしていたもんな。


「いや悔やんでるさ。犯した相手は全員妻にしとけば良かったってな」

「最底、やっぱ早く死ね」


 あと、敵対者でも面倒臭がらずに恩赦を与えるべきだったかな?

 まるっと一族郎党根切り等にせずに、女子供は生かすとかの温情措置も取るべきだったかも。

 うんまぁ今更言っても仕方無いか。


「そんなだから、あなたは――――いえ、今更どうでもいいわね」


 この場を仕切る妻が独りごちる。

 彼女を一番愛してたかは自信が無いが、一番頼りにして信頼していた。

 この女は一時の復讐心で俺を裏切る程頭は悪くない。


 恐らく仕方無くだな。

 妻達の復讐の為でもあるが、情勢が不安定なんだろう。

 俺が知らん間に反乱の兆しでもあったかな。

 俺のやってるの恐怖政治だし。

 俺は内政には無沈着だったからなぁ。 

 征服すれど統治せず。

 いや、侵略して滅ぼすが統治せず、か。

 治世は最悪だったかも。

 まぁ乱世の英雄なんて平和な世の中には邪魔だろうしなぁ。

 

「俺が死んだら、この国は―――」


 俺が言うのもなんだが、この覇王国は俺のワンマンチーム。

 俺一人がバカ強くて後は有象無象。

 このままでは吸収合併した各国は分裂し、大混乱に陥るだろう。

 そこを他国に付け入れられたら厄介だ。


「大丈夫よ」


 妻が力強く微笑む。


「貴方の強い血を受け継ぐ後継者ならたくさん居るから。私達は争わないと盟約を誓ってる。盟約と云うか呪いね。平和を乱す行いをしたら死ぬわ」


 その言葉にビクリと肩を震わす妻も居る。

 覚悟が足りんな。


「そうか⋯」

 

 だがま、互いに呪詛を掛けあってるなら相互協力は心配無いか。

 裏切ればオートで粛清される。


「なら後は他国からの侵攻だな。獣人共は強くないと従わない。先ずは各族長達と―――」

「あなたね⋯今から死ぬのに自分の国の心配してどうするの?私達への恨み言は?子供達へ遺言とか無いの?」


 妻の一人の呆れた様な物言いに俺は溜め息を吐き出す。


「魔王や勇者、竜王と殺し合った時と比べるとな」


 こんな緊張感の無い死に際になるとは思っていなかった。

 血湧き肉躍る戦闘の中で俺は死ぬと思ってたし。

 我ながら呆気ない最期だわ。

 実際ここ数年は、俺が本気を出せる様な相手が居らず退屈していたのも事実だ。


「そんな感じだから、女を抱いてる最中に心中するみたいに殺される訳だ」


 献上品とされた女を犯してたら一緒に自殺させられました⋯てか?

 我ながら笑える最期だ。


「しかもその女は俺の実の娘と来たもんだ。更には愛する妻達に囲まれて死ねる訳だし。ある意味最高なんじゃないか。こんな幸せな死に方もそうそう無いだろ?」


 俺が負け惜しみで嘲笑すると、妻達の顔に苦いものが走る。 

 ははは、ちょっと溜飲が下がったかな。


「本当に憎たらしいわね」

「憎い。でも、好き」

「子供はちゃんと育てるから、安心して死んでください」


 滅茶苦茶嫌われてるな俺。

 そんな駄目な夫だったかなぁ。

 まぁ戦利品代わりに犯して孕ませてた訳だし。

 しかし生殖行為、繁殖行為は愛してる事にならんのか?

 衣食住は保証してやってたのに。

 女は我儘で怖い怖い。


「⋯⋯⋯私も愛してるわ、覇王陛下。殺したい程憎いし実際殺すけど。貴方との子供は立派に次代の賢王に育てるわ。またこの間も孕まされたし」


 俺の愛しき妻が、大きくなり始めた腹を撫でる。


「そうか。元気な子を、産んで、くれ⋯息子、娘たちも、たの⋯む⋯」


 おっといかん。

 流石にそろそろ限界か。

 意識が朦朧としてきた。

 自動治癒が発動しない。

 オートの回復魔法やスキルはあくまで肉体に付与されたもの。

 魂の死までは回避出来ない。 

 先に死んだ娘の魂に引っ張られる。


(魔王、勇者⋯竜王⋯またあっちで遊ぼうぜ⋯)


 あの頃は楽しかったなぁ。

 内臓を撒き散らしながら戦った死闘。

 精神汚染を引き起こす程の呪詛。

 それを乗り越えて来た俺からすると、女を抱きながらの腹上死⋯腹上死で合ってるよな?⋯はかなり幸せな死に方だ。


 まぁもう死ぬなら色々考えても仕方有るまい。

 潔く、敗北を認めてこのまま死のう。

 俺はボヤけ始めた視界で妻の泣き顔を捉える。

 馬鹿め、泣くくらいなら裏切んなよ。 

 いや、裏切らせたのは俺か。


「愛してる⋯――――」

「愛してるわ。殺す程憎んでたけど、愛してたわ、あなた―――」


 最愛の妻の口付けを受け今度こそ、俺の意識は真の闇の中へと堕ちて逝ったのだった。

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