第21話 5歳 酒と豆の祭り

 ○


 今年も酒と豆の祭りがやってきた。

 残念なことに今年も僕は屋敷から出る食事しか駄目らしい。


「ベックス様、準備はできましたか?」

「うん。3人も待ってるだろうし、行こう」

「はい」


 今日は酒と豆の祭り前に、お披露目会用の服を誂えるために採寸をした。

 採寸をする仕立て屋が1人と針子が5人。

 多すぎだと思っていたが、その場で採寸した大きさに合わせて生地を切り、仮縫い。


 試着、サイズ合わせ、午前と午後の少しを使って生成りのスリーピーススーツが完成していた。

 これで終わりかと思いきや、後日それを基にして本番用の生地で大き目に仮縫いするようだ。

 仮縫いしたものをお披露目会の前に試着、サイズの微調整を終えて完成らしい。


「今日は疲れた」

「慣れないことをすると疲れると言いますね」

「まあ、みんなに話せるからいいや」

「ふふふっ、そうですね」


 ダニエラの笑い声を背に受け、振り返ると笑顔のまま不思議そうに僕を見た。

 曇りのない笑み。

 最近、夢を見ることはないが、どの夢でもダニエラは一緒にいた。


 ダニエラを魔術で殺す時、貴族院の地下、ルイサを魔術で殺す時、足を怪我した後。

 僕が平和を求めるのは、僕の未来のため。

 死にゲー世界という状況が最悪だからだ。


 魔術によって正気を失った平民が徘徊し、父様が最終ボスとして君臨する世界。

 僕に近しい人は恐らく全員死んだのだろう。

 ロベルティナに言っていたのが本当であれば。

 命すら捧げたダニエラのためにも、襲撃を回避したい。

 そのためには、やっぱり勉強と運動だな。


「どうかされましたか?」

「笑ったでしょ、ダニエラ」

「うふふっ。ごめんなさい、ベックス様」


 上機嫌なダニエラを連れて、屋敷を出るとベニート、ペドロが待っていた。

 ベニートの持っている籠は僕の豆料理だろう。

 今回は料理を指定をしていないから、何があるのか楽しみだ。


「ベニート、ペドロ、今年もありがとう」

「いえ、ベックス様」

「気にしないでください、ベックス様」

「ダニエラもありがとう」

「はい、ありがとうございます」


 大人になった僕はここまで素直に感謝を告げられるだろうか?

 いや、先の不安はいつか起こる襲撃を切り抜けてからだ。


「準備は?」

「出来ています」

「分かった。行こう」


 声を掛けると、ベニートは屋敷の門を開いて外に出た。

 後に続くと、去年同様に机と椅子が出されている。

 その近くには、いつ座れるのかと椅子を見つめて落ち着かない様子の3人。


「3人とも座っていいよ」

「おう、ベックス様。ありがとな」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます。失礼します」


 すぐに座ると、手に持っていた皿を机に置いた。

 載っている料理は前回と同じ、豆尽くしだ。


「ベックス様、今回も飯、くれんのか?」

「その予定だね」


 行儀を感じないルイサ。

 ゲーム世界のベックスは、この豪快なルイサに恋心を抱いていたようだけど、どこら辺が良かったのか?

 今も爆笑しながら、口に料理を放り込んでいる。

 豪快な礼儀や行儀を気にしない友人に憧れたとか、そんなだろうか?


「ん? どうしたよ、ベックス様」

「何でもない」


 ベニートが籠から料理を取り出し、ダニエラが取り分ける。

 ルイサは咀嚼を早め、目は取り分けられていく料理にくぎ付けだ。

 今の僕はルイサに恋心は湧かないな。

 肩を組んで一緒に馬鹿笑いをする友人だろう。最高の友人だな。


「今日は服の採寸をしたんだけど、採寸が終われば、服を着て調整、その繰り返しで疲れたよ」

「やっぱ貴族ってめんどくせぇな」

「そうだよね。でも、今は穏やかに食事出来そうだよ」

「ベックス様、知らねぇのか?」

「聞きたいけど、食べながらにしよう」


 僕の前には食事が並べられる。

 去年同様、豆に塩で味付けしたらしきもの。

 3人が食べているものと同じ豆の生地で包んだもの。

 豆のスープもある。


「それで、何かあったのか、ルイサ?」

「亜人だよ」

「え? うちの領で目撃されたの?」

「違ぇよ。んだっけ西の方らしいぞ」


 話しながらも取り分けられた料理を食べ始めるルイサ。

 フェデリコとガビノは持ってきた料理を食べるのを止め、取り分けられた料理の方に向かう。


「やっぱりおいしいですね」

「塩がいいです」


 穏やかに食事をすすめる3人。

 僕は全く穏やかではない。

 規模の分からない敵ほど嫌なものはないからだ。


 ゲームの時にはゲーム機の限界というものが存在した。

 ここは現実だから、食べるものと場所さえあれば数の限界はない。

 いつ起きるか分からない襲撃を切り抜けたとしても、気が抜けないな。

 さすが、死にゲーの世界。


「ベニート、亜人の話は聞いてる?」

「はい。西の辺境伯様の領地でラットマンの対処をしていると聞きました」


 ラットマン。

 ゲームでは森に出てくる亜人だったはずだ。


「そうなんだ」

「ベックス様」


 フェデリコが食事を止め、窺うように慎重に手を挙げた。

 他人行儀とは思わないが、もう少し気軽に話しかけてほしい。


「どうしたの?」

「狩人たちからの話で、森に害獣が増え始めているようです」

「ソンブロスクがいるの?」

「はい、他の害獣もいますけど、ソンブロスクも多いです」


 害獣ね。

 つぶした豆の生地で豆を包んだ料理を食べると、口の中の水分が奪われる。

 濃い目の味付けでおいしいが、これなら豆だけの方が好きかもしれない。

 奪われた水分を補充し終え、ベニートに話を向ける。


「ベニート、害獣に関して聞いてる?」

「はい。今は警戒しつつ、森の異常を探っているところです」


 害獣が出始めたから、その原因を探っていると。

 亜人と害獣か。

 平和が少し遠いものだと感じるよ。


「色々なことが起こってるね」

「ベックス様はのんきだな」

「そう? フェデリコ、ガビノ?」

「はい」

「はい、のんきです」


 豆のスープは皿ではなくコップに入っていたから、飲みやすい。

 わざわざスプーンで飲む必要がないから助かる。

 裏ごししてないからこそ、つぶし切れていない豆の食感が残って、とてもおいしい。

 飲み終えたコップを置くと、3人の視線は僕を向いていた。

 生暖かい視線という奴だろうか、笑みは優しさと呆れが混じっている。


「ほら、のんき」

「スープ飲んだだけだよ」

「おいしそうに飲んでただろ」

「おいしいけど、僕はのんきなの?」


 友人3人に聞いても良い答えが返ってこないだろうと、後ろに向いた。

 ダニエラ、ベニート、ペドロに聞く。


「はい、のんきです」

「そうかもしれません」

「はい」


 全員がのんきだと思っているようだ。

 ベニートだけが言葉を濁しているのは、配慮だと思っておこう。


「どこがのんき?」


 後ろの3人は言葉を探しているようだから、友人たちの方を向いた。

 ルイサは笑みを深めて、頷く。


「ベックス様、近くで色々起こってるんだから、気にしろよ」

「気にしてるよ。想像できないだけで」

「なんだよ、それ。あはははは」


 笑われるのも仕方ない。

 遠慮なく笑う3人、後ろの3人を見ると隠しながらも笑っている。

 穏やかだな、と済ましていいものかと考えてしまうが、今はこれでいいだろう。

 笑えないより、笑えた方がいい。


 平和がいつまで続いてくれるのか。

 まあ、続くのを求めるより、続けられるように鍛えるしかない。

 でも、今は祭りを楽しもう。

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