第3話
-イテテテテテェ!
-うるさい、兄ちゃん! ちょっとは静かにしててよ。
-おい、病人を大事にしろ、バカ!
-ちょっと、ほんと、
「黙っててよ!だいたいなんで私が兄ちゃんを運ぶ役目になるわけ!? 重いんだよ、この筋肉お化け!」
と言ってホーリーはアレックスを廊下の腰掛に座らせた。大体、舞踏会に出たままの正装のドレスで自分の2倍はあるだろう重傷のアレックスを引きずるのには限界がある。
「おい、急げよ、おまえはすぐに広間に、」
「わかってるわよー! んだったら、もっと現実的な戦略考えろっつぅの、このあほ最高司令官!」
そもそも、こんな無茶な体でみれいとファーストダンスをするといって聞かない兄に同情したのが運のつきだった。ホーリーには幼いころのみれいの記憶はない。覚えているのはみれいがいなくなってからの兄の変貌と、苦痛の年月だ。人と関係がもてなくなった兄は遠い親戚の猟師のもとに預けられた。たまに山を降りて会いにくる兄はホーリーには優しかったが言霊をまったく発しない変な青年だった。 それがみれいが失踪したという大事件から根を発していることを知っていた。 自分が国立大学にジョエルと通学しようと、兄は王家の人間としての振る舞いを嫌悪した。いや、嫌悪と言うよりは、戦になること以外すべてを拒んだ。100戦100勝の兄は命よりも大きな何かを追いかけて、今の惑星でも知らないものがいない鬼司令官となった。そんな兄が重傷の枕元で懇願した。みれいと踊ると。 それが王の絶対命令で硬く禁じられているのに。
「ホーリー、」
「ほら、手、肩にかけて。」
「わりぃな。 いつもこんなことさせて。」
アレックスはホーリーの小さな肩にしがみついた。
ホーリーはそれでも、こんな兄が好きだった。信じられない苦痛と重圧を担ぎながら青年期をすごしたアレックスは自由奔放なホーリーを王家の束縛からいつも守ってくれた。 ジョエルもホーリーにはやさしい。二人とも、一人きりの妹が自分達と肩を並べて軍事に勤めることが心苦しいのだ。だから、心弱った兄の口から”いつも”とぽつり言葉が漏れたんだろう。
「なにいってるの。大したことないじゃないわ。」
ホーリーはドレスを引き上げてガードルにはさんだ。鍛えられた足が露出するが、これでアレックスを担いだまま気兼ねなく大またで歩ける。
「兄さんはこの後の騒ぎのためにちゃんと体力温存しておきなさい。」
父母からきつい仕置きを受けるのは時間の問題だ。
アレックスはだまって妹の肩にしがみついた。
***
みれいはアレックスがいるであろう部屋のドアをこじ開けようと、体あたりしていた。 セイラから情報を何とか聞き当ててやっと見つけたのだ。 もう大舞踏会から2週間が過ぎている。やはりジョエルもホーリーも仕事を口実にみれいを避け、アレックスも音沙汰がなくなった。痺れを切らしてドアをたたこうともなんとも返事はない。
-嘘つき!嘘つき嘘つき!アレックス!聞こえてるんでしょ?
-ガチャ
と、ドアのロックは解除されてみれいは飛び出すように部屋に入った。
「どういうこと?」
みれいは窓辺のベッドで体を起こしたアレックスを見つけるなり駆け寄った。
「2週間も、」
「アレックス様は今朝方意識が戻られたんです。」
と、死角になっていたベッド際で薬の整理をしていた医者がアレックスに変わってつぶやいた。
「もう峠は越えました。1-2週間内には全回復するでしょう。では、また明日。」
と、言うと医者はみれいを嘆きを聞いていたのだろう、気を使って部屋を出て行った。
「ごめん」
みれいはベッドのはじに座って誤った。正直、自分がなんなのか、誰も教えてくれないし、父親の記憶などない。みれいはもちろん大舞踏会の翌日、王女に呼ばれた。覚悟をしたほうがいいと言われたわりには、王女はみれいを見るなり、その王家の任務遂行を褒めた。そして、みれいの出生のいきさつを教えた。
***
「あなたには惑星の遥かかなたの惑星郡から来たあなたの父の血が流れている。彼はそれば優れた能力者だったの。それゆえに彼はその身を追いかけられ、あなたの母とは惑星にいられなくなったのよ。」
王女はその時、ガラスでできたガラスドームで覆われた大粒のきれいに研磨された白い石を取り出して床に投げた。投げた石からはどういうわけか、投影機のように緑色の巻き髪をした女性を立体的に映し出した。
「あなたのお母さんよ。」
映し出された女性は鏡を見てどこかに行く準備をしているようだ。そして、一点を見て微笑んでは頬を赤らめる。
「あの人が撮ったのね。」
王女は懐かしげにそう言った。
「追跡はあの人のみならず、あなたにも及ぶことを姉さんは気づいていたのよ。だから、私たち、どうか、私が生む息子があなたを守り、この惑星を救うだろうと、祈っていたわ。でも、事態は悪化するばかり。やむをえなくあなたを隠すことになったの。」
王女は石を拾い大事そうにガラスドームをかけた。
「私の息子、アレックスはあなたを守るために生まれた子よ。あの子のこと、よろしくね。無愛想だけど、誰よりもあなたが帰ってくるのを待っていた人よ。」
みれいは王女の話が信じられた。でも、本来ならこの話にかかわっているであろう王からの話はない。どころか、惑星に来てからみれいに話しかけることはまったくない。
***
「おい、俺を探してたんだろう。」
みれいは王女との一件を思い出していた。
「あ、そ、そうよ。」
「こっち来いよ。」
と、アレックスが自分の隣の枕をたたいた。
「母さんと話してきたのか?」
「うん。」
アレックスがみれいの腰に腕を回して肩にキスをした。
「ちょ、アレックス」
「ん?」
「近い」
思い出したことと、それを受け入れたかとは、違う。
「おまえは俺のいいなずけだ。」
アレックスはうんとも動かない太い腕でみれいを抱き寄せて顔を首元に埋めた。埋めたかと思うと、そこからいままでとは違う熱い何かが伝わってきた。
-??? な、なに?
「ちょ、ちょっと、アレックス!」
「なんだよ、お前が2週間待ってた分、大事にしてやるから。」
「どういうこと!?」
「まぁ、」
というとアレックスはみれいを自分の胸元に引き上げて唇を頬に移した。
「待って、ちょっと!」
みれいはアレックスの胸元を腕で押すとベッドから立ち上がった。
「思い出したのと、それを受け止めたかは別問題よ! だいたい昔のアレックスの面影なんて、今のうす汚いアレックスにはないじゃない!」
うす汚いは言い過ぎか。でも、頭が熱くなってるアレックスに一言言いたかった。気持ちはわかる、でも、こちらの気持ちはどうなんだ。
「んだよ、俺はちっとも汚くねぇ。みれいに対する気持ちはこれっぽっちもかわらない。」
確かに、それにはみれいも対抗できない。どうしてか、アレックスの気持ちはとても純だ。
「でも、5歳児が恋に落ちるのとは勝手が違うわ。」
「んだ、ややこしいな。用は今の俺にはもう興味がないって言うのかよ?」
「そんなこと、...言ってないわ。」
今だって、アレックスは胴体こそ傷口を覆う包帯のようなものがついているが、上半身はそのりりしい筋肉質の体を露出している。みれいはこんな会話になってからまた目が泳いでアレックスが直視できない。
「やれやれ。」
アレックスは短くきりそろった頭をかくと、
「なんとかく、お前の言いたいことは想像がつく。でも、俺は絶対におまえを諦めないからな。俺が一緒になりたいと思う女はおまえだけだ。」
と、あまりにも当然に堂々といわれると、みれいも自分の頬が熱を帯びていくのが感じ取れた。
「まぁでも、久しぶりに会ったんだ、こっちこいよ、少し話そう、みれい。」
そういってアレックスはベッドから出るとシャツを羽織ってテラスの方にみれいを誘導した。
アレックスはベルモント家が惑星の王家になった理由を語った。それはみれいの母の巧妙な軍事戦略だったらしい。武力を身につけたわけでもないのに、母は昔から戦には負けない人だったという。それが、惑星がやや外部の圧力に傾いていたときに他国に必要とされたらしい。
が、話はやがて軍事力や専門的なものになり、みれいが理解に苦しむ話題になると、アレックスは話の話題を変えて城下町の話に切り替えた。
「ありがとう、その話なら、私にもわかる。」
「そうか、わりぃな。ジョエルもホーリーもいつもこの話ばっかりだからな。」
みれいははじめてアレックスと時間を過ごした。二人で笑って、召使が夕飯を持ってきてもそのまま話を続けた。アレックスの話は短いが、面白かった。いや、彼の経験が人はなれていい話のネタになるものばかりだからだ。山で育ったというのは表立てで、じつは国の裏組織や秘密組織のものとも一緒に年月を過ごしたことがあるというのだ。
時間はあっという間にたち、夜も遅くなっていた。
「明日から仕事だ。だいぶ溜まってるだろうから、会えないかもしれねぇ。」
「もう? でも、お医者さんは、」
「ああ、でも書類は動かせる。おれはこれでも最高司令官だ。」
アレックスははにかんで笑った。
二人はワインを片手に二人でソファに腰をかけていた。みれいは少しじぶんの気持ちが追いつかないだけで、跳ね返した彼の気持ちを察した。
「ねぇ、」
「ん?」
みれいはワインで濡れるアレックスの唇に軽くキスを落とした。
「...嫌いじゃないわ。」
不意をつかれたアレックスはさっきまでの自信満々の表情とは違ってぐっとくるいい顔をしている。
「でも、もう少し時間ちょうだい。」
「...ああ」
アレックスがおそるおするみれいにキスをする。今度はもっとやさしく、唇があたっているかもわからないぐらい。
「帰るね、アレックス。」
みれいはずっとアレックスの胸元を離れて部屋を出た。
-みれい
と、ドアを閉めるとアレックスが心で話しかけてきた。
-なに?
-愛してる。明日、会いに行くから
-待ってる。おやすみ
-おやすみ
みれいはおどる胸をなでおろすと薄暗い廊下を歩き出した。
***
みれいはいつもどおり大学の構内で一人セイラからもらったサンドイッチを食べながら周りの雑音に耳を傾けていた。 城はいつも静かで、清潔だが、ここは違う。この惑星の、町の活気と希望にあふれかえる学生がまるで明日も明後日もそうあるかのように平然と感情がどこからともなく沸いているのが見える。今日できた些細なこと、新しく学んだ論をまるで今日惑星が回りだしたかのようにとめどなく話すもの、そしてそんな中でも女学生の会話がなりより楽しい。ファッションや彼女たちの感受性にみれいはあっけにとられるばかりだが、今日は面白いことを聞いた。 それは女学生が好んで読むような雑誌の表紙をアレックスが飾ったことだ。 権力もあり、親譲りの美貌にめぐまれ、しかもその生い立ちがあまり表立って知られてないことからそれがミステリアスであり、人気の秘訣らしい。 まぁ、若い子の単純な感受性にこのときばかりはみれいは笑うよりも呆れた。
-本性知ったらそっちが呆れるよ。
アレックスには権力という重さが全く気にならない。無視しているわけでもないが、それ以上にそれが家業であり、それがたまたま惑星を統制する王家であるわけで。そういう意味ではみれいも知らずに政治学や星統学など、不得意ではない。ジョエルやホーリーを知れば知るほど、彼らのためになり、一緒に「家業」を手伝ってやりたいとも思うのだ。
通りがかりの女の子は読みかけの雑誌をテーブルに置いて立ち去った。表の写真はアレックスがいかつい顔で正装をして右手を椅子にかけてポーズをとっている。自然に雑誌をめっくて見れば、“記者は見た!色鮮やかなロロノア司令官の交友関係”とキャッチーなタイトルとともに数々のアレックスと女性のツーショット。 まぁ、それは古いものからまだアレックスが中学生にもならないだろうころのものまで。 その若かりしアレックスのかわいさにおもわずみれいは笑ってしまった。
「ねぇ、あなたもアレックス様好き?」
「え?」
笑ったまま顔を上げると女学生が同じ雑誌を持って話しかけてきた。
「そ、そうね」
ま、嫌いじゃないし、と軽く返すと彼女はまるで一晩雑誌を読み返したのか、とめどなく写真がいつ撮られて、どういう関係でアレックスがその女性と付き合っているのか話し始めた。
「でね、このべレナ皇女はかなりの浮気性で、写真が撮られた夜もほかのパーティで違う男性と写真をとっていて、ま、だからすぐにわかれたんでしょうねぇ~。」
「ふーん。」
青春とはいいもんだ。こんなことに夢中になれるかのじょにしばし感心した。が、あまりにも話が永遠と続くのでみれいは次の授業を理由にその場を去った。
-彼女たちがもし少しでもアレックスの本性を知ったら、まぁびっくりするでしょうね。
みれいは途中から話を横で聞いていたガード役の兵士と合流した。
「ひどい噂ばかりですな、司令官は」
「そうね。人の目に付いて仕事をするっていうのは大変な家業ね。」
と、このときはまだ本当の意味で”家業”がなんなのか、みれいにも想像もつかなかったが。
***
アレックスは冷静沈着にろうそくと炭を暖炉から繕うと左手であたりの窓やドアにロックがかかっていることを確認した。普段は使わない自分の部屋にひとつだけ長年隠している用途があるのだ。 それはこういうときだけに使う精霊を召還するアレックスに生まれて持った能力だ。
アレックスは暖炉の前に広がるじゅうたんをはがし、床に炭で3重の円と幾何学的に重なる古文字を書き始めた。
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
アレックスは円の中心に立つと目を閉じて気を集中させた。
「ただ、満たされる刻を破却する」
アレックスは深呼吸をした。これが成功したことは、…ない。 が、あいつは俺の窮地を何度か戦場で救ったことを俺は知っている。 おれには、おまえしかいない!
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」
アレックスの周りに描かれた円はアレックスを言葉を呑むかのように静かになにも返信がない。が、アレックスがそのふちを触ろうとした瞬間白煙はアレックスを包み、アレックスは見えないその気配を感じた。
-守れ、我が愛しきひとを。どんな術であれ、その盾となり、我が変わり身となり!
煙は消え、あいつも消えた。一瞬の出来事だったが、手ごたえはあった。
-みれい、しばらくの辛抱だ。
***
みれいはその日も、いつもどおり大学から警護のものと城へ帰ろうと教授の研究室から出ると、警護の者の表情を見てすぐにみれいは背筋が凍った。城がクーデターにあったと言うのだ。惑星でも名の高い軍事団体からの空襲で王家は今緊急避難中だという。しかも、今日城にいたのはみれい以外のすべての王家という。警護のものも報告しながら自分の言葉が信じられないように目は床に落としたままだ。
すばやく警護の者はみれいを裏の窓から人目を盗んで大学の敷地外で待機している飛行船に載せると、どこに行くかも言わずに「ご幸運を」といってみれいをパイロットと普段はアレックスとともに城の最高警護にあたるものに引き渡したのだ。
この惑星では平気で車や馬車が道を走り、空には飛行船が往来する。人は馬車に乗る時間と余裕が粋であると感じるらしく、こんな不思議な景色が生まれたらしい。
「ご安心ください。私たちはこのような自体のためにロロノア司令官とともに日々訓練をしております。これからシークレットハウスにみれい様をお連れします。残念ながら人目を引いてしまうため、私たちはご一緒できませんが、みれい様は全く心配されることはございません。」
副パイロット席に座っている征服の男性がそういった。飛行船は20分空を飛べば惑星を半周するという。時間的にみれいはかなり遠くまで来たことは予想できた。
それから飛行船は何もない商業用の飛行場に降り、みれいは馬車に乗り換え、あたりを見ることもなく馬車にゆられて小さな山小屋に着いた。あたりはかなり冷え込んで、杉や針葉樹のにおいが鼻をつく。馬車を運転していた男は何も言わずにみれいが馬車を降りるのを確認すると馬車を出した。 みれいは山小屋の窓をのぞいてみたが、そこに人影はない。恐る恐る開ける小屋は外以上に冷え込んでいた。食料や備品はそろっているようだが、それにしても質素な借り家である。王家のものが非難するとはこんなに落差のあるものなんだろうか。またはそれぐらい事態は悪化しているのか。
-こんなことで、めげるほど、私は弱くない!
みれいは自分を振起すとまず、暖を取るものを探した。 暖炉があるし、一部屋しかない小屋にはキッチンもあるが、燃料らしきものがない。みれいは小屋をいったん出た。見渡す限り、小屋の周りには針葉樹が広がり、人や家の気配は全くない。が、小屋の後ろに回ったところに小さな物置を発見した。 みれいはかまわず物置の鍵を落ちていた石で壊すとドアを引き剥がした。 中は暗かったが薪を見つけ、みれいは物置に足を踏み入れた。と、その時、物置とは思えない冷たい風が顔を覆い、思わず目を閉じた。
「え? な、なに?」
とひるんだ足元に何かが当たった。
「こんなところでなにをしている?」
と、突然の声にみれいは声も出ずに飛び上がった。
「…。」
と、男性は構わず言葉が出ないみれいをまじまじと近距離で見下ろしている。
「あ、…あなたこそ」
「よく見たまえ」
長身の男性は指で足元を指した。恐る恐る見たその先には何かの文字が床に刻まれていた。
「君が私を呼んだんだ。」
「???」
そして、みれいはその男性を思い出した。
「英雄ジャン!」
男性、ジャンは満足げにそうだ、と頷いた。
みれいにはもう王に誘拐され(救出され)る前の記憶はあまりない。とぎれとぎれ、写真のように覚えているものもあれば、全く、たとえば自分が何歳だったかまで覚えていない。でも、英雄ジャンは実在した神様みたいなもので、その伝説は覚えていた。
「本物?」
言うつもりはなかったが、もう思想と現実が混乱して口から出てしまった。今物置の中で息もかかるぐらい近くでみれいを見下ろしているのは昔聞いた神話のまま、白髪の深い紅の腰から広がるマント、鍛え抜かれた強靭な体、体が刀でできているとも言われる伝説の大魔術士。
「だとしたらなにか不都合か?」
「…。」
みれいは首を横に振った。すると、ジャンはみれいの肩をつかんで物置の外に誘導した。
「私が薪を持とう。君は家で待ちなさい。」
と、物置を物色し始めた。
みれいは混乱と自分の記憶をたどるのがいっぱいで、ただそこに立って作業に当たるジャンの後姿を見ていた。背はアレックスよりも少し高いだろうか。
「この惑星で私を知っている物には会ったことがない。君はあの星の出身か?」
「…い、いえ」
ジャンは薪を持って振り向いた。
「怖がらなくてもいい。私を呼んだのは君だ。君に危害を与えるものではない。」
「私にはそのようなことは、」
英雄を呼んだりするのは伝説に残る魔術師だと聞いたことがある。少なくともみれいはそんな魔術師ではなかったはず。
「この星は、少し勝手が違う。私のよく知っているあの星よりも柔軟で、君でも必要とあれば私を呼べるのだろう。」
ジャンは薪を抱えて物置からできてきた。 みれいが見守る中、ジャンは集めた薪に手際よく火をつけ、小さな部屋は暖かい空気に包まれた。
みれいはなんとなく、昔この惑星にはいなかったことを話した。ジャンは何もいわずに話を聞くと、
「そうか。私の本性を知っているのなら、話も早い。が、私の本性はこの星では知られてない。だから、あえてジャンと呼んでくれるか?」
と、それだけ要求してまた明日来ると言って霧にまぎれて消えていった。
翌日、みれいは浅い眠りから起きるとジャンがお茶を入れる音で起きた。きっと昨日のようにドアからではなく、煙とともに舞い降りてきたのだろう。
「うなされていたぞ。」
ジャンはお茶を渡すと、自分もお茶をすすりながらいすに座った。
「…」
「クーデターならまだ死者が出た情報は出てないようだ。」
「知ってるの?」
「ああ、みれい。今朝、町へ出た。そんなに大規模なものではない。」
みれいはジャンが自分の名前を知ってるいることも驚いた。どの癖町で聞いたのかもしれない。だとするといくら変装してもこの髪ではばれてしまう。
「町へ出たいのか?」
「いずれ、出ることになるでしょうね。状態が長引けば。」
そう言ってみれいは髪の毛に手を通した。さて、切ろうか染めようか、緑色の髪の毛とは、ベルモント国では珍しくないとさんざんアレックスが念を押したが、それでも大学でも一人とて見たことがない。
「髪がどうした?」
「すぐにばれてしまうわ、これでは」
ジャンはなぜか首をかしげる。
「これ、」
「?」
「緑色の髪の毛、」
「緑?それは私の目には黒にしか見えない。」
「え?」
「大体緑色の髪の毛の人間にあったことがない。」
「は?」
みれいは思わずキッチンの洗面台の近くで自分を見る。どう見てもいつもどおりの緑色の髪、ヒスイ色の目。
「そんなうそ言うものじゃないわ。」
ジャンは無言でお茶をすすった。
-これは、もしかして…
「遠坂 凛。」
「なんだ、そんなことまで知っているのか。」
ジャンは少し眉をしかめた。
「確か彼女の髪も黒かったわね。そういうことがこの星では起きるのよ。ふふふ」
-なるほど、伝説で覚えてるのはジャンは魔術師遠坂凛に命を助けられたんだっけ。その投影が私に影響してるのね。
「何をいいたいのかよくわからぬが、君は私にはあの星によくいる平々凡々の女性には見えない。へんな関心はごめんだ。」
「ごもっとも。こちらもごめんよ。でも、」
そう言ってみれいはジャンの手からコップを取り、その大きな両手を掴んだ。
「来てくれてありがとう。こちらこそよろしくお願いします!」
と言って笑った。
「ああ、いいとも。 久しぶりにこの惑星に来た。 しばらくは相手をしよう。」
そう言ってジャンは自分の手を引いた。
「あら、失礼ね。なにもしてないわ。」
と、みれいはその行為に不満そうに頬を膨らませた。
「すまない。別に意味はないが、君と親しくするためにこの惑星に来たわけではない。」
と、冷血にジャンは返した。
「あ、そ」
みれいは気にせずバスルームの調子を見に行った。
みれいはその後ジャンから自分のいる森や近くにある町のことを聞いた。 ここは惑星でも有名な山岳地帯の田舎町チェック。山林業や酪農が有名で、町は毎週末にマーケットが開くらしい。
みれいは早まる気持ちを抑えてとりあえずジャンに情報収集と連絡方法になりそうなっものを探すことを告げるとバスルーム向かった。
小屋のバスルームは少し肌寒いが、湯を張ったせいもあって少し曇った空気の中みれいは静かに身を湯に任せた。すべては緊急事態のための訓練のとおり、危険要因は全くない。恐ろしいほど、警護の者も、計画とおりだ。が、こんなことはやはり経験したことはないし、大学と城以外に外出したことすらないみれいにとってそれはすこし理解するのに時間がいる。
ーアレックス…
みれいは湯に体をつけて、なんとなくアレックスと心で呼んでみた。呼んでみてから、それがむなしくて、目じりに熱いものがこみ上げてきて、湯に顔をつけた。 こんなことで、くじけてどうする。 きっとことが収まり次第、笑って迎えに来る。
ー私は大丈夫。
みれいは独り言のようにそうつぶやいて、曇る天井を見上げた。
ー…
ジャンはしばらく小屋から離れて歩いていた。 歩いているといっても実体のない飛行中ではあるが、みれいとのやり取りを思い出しては、その長い英雄としての人生でも稀な経験に動揺していた。
ジャンは聖杯戦争の後、遠坂凛との戦争経験を忘れることなく、自分、ジャン四郎と向き合って生きてきたのだ。そのなかで、背水の陣にわざわざ身をおいては国や民のために身をけずるアレックスという男に惑星を乗り越えて興味を持った。最初は本人に知られないよう、戦に加戦していたのだが、なんせ勘のいい男で、ジャンの存在に薄々気づいていたのだろう。かして、魔術師でもないのに、ジャンの聞いたことのない必死な懇願をアレックスは見事に成熟させた。 無視できなかった。ここまでは、納得のいく範囲だ。聖杯戦争以来、ジャンは他の戦に召還されることを拒み、剣自体も自己の世界から大部分除去した。これはジャンの心の変わり様であり、広大な孤独な台地に雨が降り、草が生え、虫が鳥が存在したことからも何か、大きな存在が、ジャンへの召還を拒否したのかもしれない。
ところが、そんな変化以上にみれいという存在はジャンを動揺させた。魔術師のように魔力をまとい、その潜伏する能力に全く気づかず、そしてなにより手を握っただけで、ジャンでも受け取ったことのない魔力をジャンに授けたのだ。
ーこの星には不思議なことがあるもんだ。あいつもとんだ女に惚れたもんだ。
ジャンは町近郊の木陰で町人のように杖と荷物を肩に掛けると、町へ向けて徒歩で歩き始めた。
「そう、それはよかった。鳥がさえずるなんて、素敵だわ。」
みれいはすっかり空になったジャンのグラスにワインを注ぎながらジャンの話を興味深く聞いていた。記憶は薄かったが、ジャンの伝説は昔好きだったので、よく覚えている。ジャンは悲しくも、正義の味方をするがために殺戮の道具と化してしまう悲惨な伝説の英雄である。が、それはジャンが最後に召還された魔術師によって修正される。ジャンは少しずつ言葉を選んでしゃべる。ジャンが持ち帰った鶏をみれいがよろこんで夕食に誘うと冷静に食べなくとも持続できることを理由として断った。が、みれいがしつこく誘うのも、彼女が寂しいのであろうことは目に見えていた。ならば、と、酒の付き合いをしているのだが、そのうちにみれいの誘いに負けて一緒にこんがりと焼かれた鶏をみれいと摘んでいる。みれいは王族の一人であると聞いていたが、その味付けは素朴でジャンの口によくあった。気がつけばわけ皿にみれいがのせた大半の夕飯を食べ終わっていた。
「この土地のものを食べると、少しはこの惑星にいる実感がするでしょ?」
みれいは自分のグラスにもワインを注いでそんなへんなことを言った。
「持久できるとかじゃないのよ。それ以上に大きなものが、私たちを生かしているの。」
「私は生きても死んでもいない。」
「知ってるわ。でもそういう考えがこの惑星にはあってね、私はおいしい食事をする度に、」
みれいはそう言って目をつぶって微笑んだ。
「この星にいたころの記憶、もどれ、って自分に言い聞かせるの。」
「記憶はその時五感で感じたものとまた遭遇するときに自然と戻るものだ。」
みれいは皿を持ってテーブルを立つと、だるそうに背伸びをした。
「そうね。ま、それもそうかも。」
と軽く相槌をうつとみれいは無言で皿を洗いはじめた。
ジャンはみれいが寝る前に部屋を暖めるために薪を暖炉に入れた。
「ありがとう。昨日はすごくさむかった。」
と、いつのまにかみれいがジャンの後ろから声を掛けた。
ーアレックスがいたら、こんなに寒くないのに。
みれいはジャンが組む薪を見ながらそうつぶやいた。アレックスはみれいにはとても慎重になった。人目のある場所ではまず手も握らないし、二人になっても別れ際にきつく抱きしめるぐらい。本当はすぐにでもみれいを自分のものにしたいだろうに、アレックスは忍耐強い。みれいがそう望むまで全くそうとは思わせない紳士ぶりだ。
「私でできることならなんでも言ってもらって構わんが、一緒に寝てくれというのは少々私の許容範囲を超えている。」
「え?」
「アレックスとは君の恋人だろう。」
ジャンは知らず、みれいの声を聞いた。
「え?聞こえたの?」
「ああ、君の心声は聞こえる。」
みれいはすっかりそれぐらい英雄には簡単なことであることを忘れていた。
「そ、そんなことはお願いしないわ。」
みれいはくるっとベッドのほうへ方向転換して話題をそらした。
「でも、ジャンはこの小屋にいてくれるんでしょ?」
「ああ、ときどき見回りにいっている。心配はない。まったく人の気配のない静かな森だ。」
「そう…よかった。ありがとう。」
みれいは暖炉の近くの腰掛に座るジャンの肩に手を掛けてそう言った。と、ジャンは軽くその手をはらった。
「悪いが、あまり私に障らないでくれるか? 魔力のバランスが悪くなる。」
「あ、あら、そうなの? ごめんなさい。わたし何も知らなくて。」
みれいは素直に詫びてバスルームに消えていった。
ーやれやれ。
ジャンは深く深呼吸をするとみれいの発する魔力にあきれていた。それは白い天竜の力のようで、体と心に白いベールがかかるような心地よさがある。どのような用途のものかもわからないが、それが原因でジャンの警戒心が鈍ってはもともとの警護としての役目が果たせない。
ジャンは自分の肩をなでてそのみれいの手の感触を追った。
翌日、ジャンが音もなく小屋に入るとみれいは穏やかな寝息をたてて眠っていた。
ーかなり経験のしたことのないストレスで疲れているのだろう。
ジャンは静かに湯を沸かすポットを暖炉にかけると、朝森で摘んできた野いちごなどをテーブルの上においた。
「おはよう」
小さな声が聞こえて振り返ると寝巻きのままみれいが上半身を起こしていた。
「よく寝れたか?」
「ええ」
みれいはジャンが置いた野いちごを見て目を輝かせた。
「これは?」
「野いちごだ。君が好きそうだと思って、少々摘んできた。」
そう言ってジャンは中でも特に赤い小さなイチゴをみれいに見せた。と、みれいはそのままパクリとジャンの手から直接口にくわえた。
「おいしい!初めて食べたわ。」
と、みれいは目を閉じて深呼吸をする。
その様子をばかげてるとは思いつつもジャンも微笑んでみていた。
ーまったく調子を狂わせる人だ。
「おい、どうした?」
と、イチゴの味を体全体で味わっているようなみれいから笑顔が消えて目じりが滲んできた。
「これ、食べたことあるわ。」
みれいは顔を手で覆って自分を落ち着かせた。 甘みと酸味が絶妙に混ざり合うこのイチゴはベルモントの山々にもあった。よくアレックスと山に迷い込んでは腹がいっぱいになるまでイチゴを食べたものだ。そして、その記憶は一気にみれいの脳裏によみがえった。
「落ち着け、ただのイチゴだ。」
ジャンはそう言ってみれいの肩をさすった。か細い肩からは恐怖感が感じられた。
ーよみがえった記憶に混乱しているのだろう。心配ない。
ーごめんなさい、ジャン
ジャンが自分の胸にみれいを招くとみれいはジャンに抱きついた。こうされたくないのだろう、きっとこの惑星の人間であるみれいからの魔力が嫌いなのに、ジャンはみれいを落ち着かせるために今、みれいの頭をなでてくれている。そして、ジャンにもみれいの記憶が見えた。 小さなアレックスとみれいは野原を走って転んでは笑いあい、イチゴで真っ赤に染まった口を笑いあう。 そして、お互いの口にキスを落とすのだ。その愛おしいみれいの気持ちさえ伝わるようで、ジャンはやさしくみれいを自分から引き離した。
「早く、会えるといいな、君の幼馴染。」
みれいはコクンとうなずくとジャンに礼を言って身支度を整えた。
チェックの町は静かな農村にふさわしい深い雪に耐えるためであろうとがった屋根が丸太で組んである家々が並ぶきれいな町であった。 ある程度町外からも訪問者がいるようで、町人の顔はいろいろ、また、それがジャンとみれいが馴染むのにちょうどよかった。
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