第2話
―おやすみ、アレックス。
アレックスはいつもどおり将兵が使う宿舎の一部の簡易ベッドの上で今夜のことを考えていた。アレックスは王族の王子に当たる称号がありながら、自分には合わないと、ジョエルと同じ階にある部屋を使わない。
アレポさんの言ったことが気になった。そんな時、みれいが話しかけてきたのだ。
―みれい、おまえ、思い出したのか?
―...
返事はない。ときおり聞こえるのは、みれいがそこまで会話ができないからだ。わかっている、でも、それでもアレックスはみれいの言霊の響きを味わった。
「あの星にいると、まぁ、こんなことがあるんだ。みれいは君に気づいているよ。が、なんでそうなったのか、それは過去の記憶がもどってないからか、これから起こりうるなにかなのか、私にもわからない。」
アレポはこう続けた。
「あせってはだめだ。父君も言っていただろう。 彼女がいいと思うタイミングで、その気持ちは確実にもどってくる。」
アレックスは手で顔を覆って大きく息をついた。待つのには慣れている。今の今まで、誰も戻ってはこないと信じていたみれいを待ち続けたのは、俺だ。 でも、酷じゃないか、同じ城にいるのに、待てとは。
アレックスはついこの前、父親との約束を破ってみれいに直接話しかける手に出た。想像をこえる美女に成長した彼女は、困惑しながらもなんとか、その消された記憶をたどり寄せようとしていた。が、全く過去を思い出さないみれいに、そんな気分も滅入ってしまった。
―どうかしそうだ。
アレックスはブランケットを引き寄せて、眠ることに専念した。待つ、今はそれしかできない。
***
翌日からのみれいの行動は目を見張るものがあった。
言語学者、考古学者、地理に科学、みれいはこの星のすべてを学びたいと王女に告げた。王女はなぜみれいの気持ちが変わったのかは聞かなかったが、王女とは常に近況を告げることを条件にそれを許した。
王女があえて驚いたのは、みれいが惑星で、この国で一番人気のあるスポーツを学びたいと告げたことだ。それはフェンシングのような競技だった。宙にうくお化けの魂みたいなものを自分の後ろに守りながら相手のそれを攻撃するスポーツだ。みれいとしてはもう少し団体競技を期待していたのだが、どうやらホーリーとジョエルは惑星でも有名な優勝経歴があるらしく、そこから王女にこの競技が浮かんだのかもしれない。
みれいは他にも、王女から城外に出かける特権をもらった。学者を城に呼ぶよりもみれいが出向いたほうが説であるというみれいに折れ、王女が承諾したのだ。 みれいは変装して、警護の人間と初めてみるこの惑星の景色に息を呑んだ。それはまるで、中世ヨーロッパの町並みだが、空には宇宙船が作り出す雲がいろいろな色で飛び交い、遠く町の外には見たこともない近代的なビルが立ち並ぶ町も見える。
***
みれいはこの惑星の歴史や、王族について学んだ。今惑星の王座についているのはベルモント家で、王座は3世代までと決まっている。ベルモント家は元はベルモントという国の王家で、惑星の政権はみれいの母、その妹の王女、とその子孫が継ぐ予定だ。交代制の王族政権など初めて聞いたが、この惑星には他にも聴いたことのない慣例がいくつかあった。例えば、冠婚葬祭が、まったく違うタイミングで行われる。結婚は両者に子供が生まれてから、葬式はできれば本人が生前に行う。 しかし、子供を作ろうとする両者が不妊などを理由に分かれることはないそうだ。この話にすこし抽象的な話し方をする王女から聞いたので、それ以後はよくわからなかったが、現に言霊がとばせるこの惑星の種族にとって、誕生や死はまったく違う意味合いがあるのかもしれない。
みれいは本人が目の前にいれば、言霊が飛ばせるようになった。命令や嘆願はできる。でも、他の人間から自分を隠すというニュアンスはあまりうまくなく、ぼーっと考え事をしてると、回りのものに笑われたりすることはまだ、稀にある。 ようは小さな子供が場を関係なくしゃべってしまうようなものだから、その度にみれいは恥ずかしい思いをするのだ。
今日は今週からはじめたフェンシングの練習をホーリーとする予定だ。なかなか長く伸びた剣を触らしてもらえず、基本をみっちり叩き込まれ、やっとのことで今日は剣を使っての練習だ。王家の人間は誰もベルモント家が惑星を治めることにとてもほこりを持っていて、朝から晩まで彼らを見かけることすらほぼない。本来なら、第一代目の王女の娘に当たるみれいにだって、この惑星に帰還したことが知れた現在、その多忙な任務があるはずだ。が、それはホーリーやジョエル、王の計らいであと一年の引き伸ばしを国会から許可を得ているのだ。
「ごめーん。待った? 」
ホーリーが試合用の保護着を半分着ながら走ってきた。
「いきなりおかあさんに呼ばれちゃって。 もう、本人は優雅もんよね、結論から話してほしいわ。」
「はぁ、」
「じゃ、はじめよ!」
と言って、ホーリーは剣をあわすように促した。
「え?もう?」
「なんとも、いいにくいけど、戦ってみる以外にフェリングの腕をあげる方法はないしね。」
ガチャーン
言い終わるか、終わらないかぐらいで、ホーリーが強烈な一打。みれいは何とか剣はあてているものの、剣は押されるままにみれいの顔直前に迫る。
「ほら、足!あっという間にバックとられちゃうわよ。」
と、いうのが早いか、ホーリーはあっというまにみれいのハート、後ろに浮かび上がる魂のようなものに剣をあわした。
「と、こんな感じよ。どう?」
「…ハァ、どう、って、」
「筋がよさそうだから、始めたらついてこれるかなぁーって。エヘヘヘ」
「連続優勝してるホーリーにまずは手合わせって、それきついよ!」
「大丈夫よ、すぐ慣れるから!」
「おーい、手加減してやれよ。相手は初心者だぞ。」
と、その時ジムの2階から声がした。アレックスだ。たまに見かける軍服を着て、磨きあがったブーツを履いている。
「うっさい、アレックス。あんたなんかより私のほうが、ぜーったいこの競技を理解してます!だいたい、山育ちのあんたにフェリングはわかんない! フェリングは心と心のぶつかり合いよ。」
アレックスはそこまで聞いて二階の窓からひょいっと舞い降りた。
「大体、剣使いでは俺の右にでるやつはいねぇよ。フェリングだろうと、そりゃ同じだ。」
そういってアレックスは軍服を脱ぎ始めた。
「お、やるき?」
「お前じゃねぇよ。」
-は!?!?
「わたし?!」
みれいは思わず2,3歩下がった。
「おう。久しぶりだな、みれい。」
「いや、いやよ! 無理無理無理。私ついこの前剣を生まれて始めて握ったのよ。殺される!」
みれいは本気で、笑いながら腕まくりをするアレックスをよけるようにホーリーの後ろについた。久しぶりに会ったと思ったら、何を考えてるんだ。
-ホーリー、助けて!なんでこうなるの?
「おい、聞こえてるわ!」
アレックスが剣先をホーリーの肩にへばりつくみれいに向けた。
「来い。」
「来ない!」
「ったく、ほら、こっちに来い。」
アレックスはすばやくみれいの腕をもぎ取ると自分と向かい合わせた。
「落ち着け、いいか、剣は目で見てからじゃ遅い。敵がこれからどちらに切りつけようとしているか、聞け。どうだ?」
「何いってるの!?」
ガチャーン
アレックスの剣がホーリーの剣とは比べ物にならないほど早くみれいの剣を押した。もちろんそんな剣を制御できるわけもなく、みれいはそのまま床に体ごと倒された。
「今のは右だ。来い。」
みれいは悔しいのと、強引なアレックスのやり方に頭が来たのとで、またアレックスの前に構えた。
「ほかの事は考えるな。相手がお前を倒そうとしてるんだ。その殺気を感じろ。」
アレックスが剣を合わせると、落ち着き払った声でそう言った。確かに、今したい会話は山ほどあって、剣を合わせるどころではないが、それでも収まってくれる相手には見えない。
キィイイイイーン
「そうだ。よくできた。」
みれいは気がつくと右に切りかかったアレックスを交わしてアレックスの背中を見ていた。
「油断するな、敵は倒れるまで襲ってくるぞ。」
ガチャーン
アレックスの剣は容赦なく左下、右上へとみれいを追い込む。それにみれいは剣を合わせ、後退しつつ防御していく。
「さっきも言ったよな、敵は倒れるまで、襲ってくる。」
と、アレックスはすさまじいペースで攻撃を始めた。 みれいにも何が起きたかわからないが、速さではなかった。アレックスは剣を打つ前にその方向に心が向く。それが、読めるのだ。でも、攻撃は…
「やぁああああーー」
みれいは一寸の隙を見てアレックスの心が攻撃の速度をまた変えようとした瞬間を捉えた。そして剣を下す。が、それはアレックスに見透かされ、後ろからがん締めにあってしまった。
「そうだ、そこだ。でも、今度はこんなヒントはなしだ。」
ガチャーン
アレックスが放った剣先が見えなかった。みれいは何とか倒れそうな体を立て直して冷静を保つことを優先した。
-何かが見えるはず。
中央に戻るみれいを待つアレックスに焦点を合わせる。
キィイイイイーン
みれいからの攻撃がかわされた。が、みれいは攻撃を止めない。アレックスに私の攻撃が見えるなら、受けさせて心が攻撃に反転するその一瞬を捉えたいと思ったのだ。
みれいは自分でも驚くほど剣と一体化していった。重い剣が自分の行きたい方向に収まっていく。と、
「やぁぁぁあああああああ」
アレックスが一瞬の切り替えしに遅れた瞬間に懐に入りそのまま矛先でアレックスを押し切った。
終わってみれば、みれいは息ができないほど体力を消耗して、その場に座り込んだ。
「俺の負けだ。」
アレックスは起き上がらずにそう言った。
「みれい、腕はいいほうだな。またやろうぜ。」
みれいは激しく首を振ったが、アレックスも倒れたまま呼吸を整えている。
「みれい、そういえば、警護の人が探してたわよ。今日どこか行く予定だったの?」
と、ホーリーが唐突に言った。
「え?いや」
「とりあえず部屋に戻ったら?見つからないと、また大騒動になるわ。」
そんなはずは、とおもったが、警護のスケジュールは念蜜で、忘れているような気もしてきた。
「じゃぁ、いちお。」
-今度お話したいわ。いつになったら会ってくれるの?
-わかった。今夜行こう。
アレックスはうつむいて床に座ったままそう返した。
みれいがジムからいなくなってから、ホーリーは急いでアレックスに駆け寄った。
「もう、ほーーーーんと、ばかばかばか! アレックスは人の言うこといつになったら聞き始めるわけ? いったじゃないよーーー!」
ホーリーは血を吐きながら仰向けに倒れたアレックスに近寄ってかまわず顔を叩いた。
「ッテェ、あいつ、やっぱつえぇな。」
「そうね。かあさんが口をすっぱくしていってた意味がわかったわ。みれいには私たちにはない血が流れてる。」
「ああ、そうだったな。昔過ぎて忘れてたぜ。」
と言ってアレックスは力なく笑った。ホーリーにはそんな冗談面白くもなかった。たった5年間アレックスとみれいが一緒にすごした日々を兄が忘れるわけがない。 それが今のアレックスの原動力なんだから。
***
大舞踏会はみれいの正式なお披露目の会であり、ベルモント家の強い子孫光栄の見せつけのようなものでもあるらしい。 みれいはそのためにみっちり紹介される王族やら彼らのバックグラウンドなどを聞かれ、暗記した。 別にそうする理由もないが、みれいにはいままで得た知識の中で決して自分が利用されたり、もともと誘拐された理由が見つからなかったからだ。むしろ、王女のすべてに心を許す態度にみれいは心が痛んだ。 もし本当に亡くなった実の姉の娘をはるか遠い惑星に隠さなければいけない理由があったなら、その気持ちを汲むだけで、みれいは十分だった。
それに、みれいはなかでも踊りのレッスンがなかなか楽しかった。相手をするのは初老の城に使える男性だったが、それははるかにフェリングよりも楽しい日課になった。
「どう? ルンバさん。」
「ステキです。 もう、」
ルンバさんはみれいのかかりつけのお直しさんだ。今夜のドレスは白を基調に水色のレースが交互に見え隠れするフリルがついている。大胆にあいた背中と胸元には王女からジュエリーが飾られるらしい。
「泣かないで、ルンバさん。また、私の母を思い出してるの?」
ルンバはハンカチに長い鼻を埋めながら何度も頷いた。みれいにはまったく記憶のない母は絶えずいろいろな場面でみれいの目の前に訪れる。 ある学者と会ったときも、しばらく彼はみれいをまじまじと見て、その肘を突いて敬意を示し、涙した。
-いつか、解くなぞのひとつになりそうね。
みれいは自分の晴れ姿を確認すると、王女の部屋に向かった。
「まぁすてき。あなた、」
みれいを見て満足げに王女は手を胸元に合わせた。そういった、王女も白いドレスに紫と金色の称号のようなものを肩からかけて、バランスのよく取れたその顔に紅を差している。
窓際にいた王は遠くから一目みれいを見て、うむ、返事をした。
みれいはいまだ王と話したことがない。呼ばれたこともないし、城内で会わないし、本当のことを言えば、王のほうが、あの日みれいをこの惑星に連れてきてから避けているような気がする。
「これはあなたのお母様、私の姉が大事にしていたものよ。」
王女は召使にとても長いネックレスを持たした。どう首につけるのかも想像がつかなかったが、それは首筋から垂らすように背中の線に沿うように落とし、胸元にはみれいのふくよかな胸の尺度に合わせるようにイチゴのような大きさの宝石が散らばめられた。一部、肩にも落ちるそのネックレスはまさにこの世の美意識の結晶のようであった。
「これは、」
「あなたのお父様はこれをつけた姉に一目ぼれしたんですって。頑なな口の少ない人だったけど、とても、お母様を愛していらしたわ。」
王女がかける肩に置いた手から、暖かい気持ちが伝わってきた。そう、この惑星では言葉にならない気持ちも伝えることができるんだ。
「王女様… ありがとうございます。」
「いいえ、私はあなたの母ですよ。そう思って、したってね。」
そういって王女は召使に合図を送った。
「ホーリーとジュエルが応接間で待ってるわ。」
「はい。」
みれいは王にも会釈をするとその部屋を後にした。
応接間では二人が正装して待っていた。
「アレックスはまた後から参加だ。会議が長引いているようだ。」
わかっていたが、そうジョエルに言われて少しへこんだ。完全に避けられている気がしてならない。
みれいは会場に着くなり積極的にジョエルやホーリーと並んで接客に応じた。 笑顔に、暗記した名前や趣味、好物を次々と言い当て、伯爵やら、政治家たちに挨拶をした。あたりも王の挨拶が始まるころ、ジョエルがアレックスを連れて広場の反対から登場した。王のスピーチの後には舞踏会が始まる。その前に、みれいはアレックスと話したかった。もう、フェリングの一件から1週間がすぎているのに、アレックスはみれいを避けるばかり。みれいはアレックスを無視してアレポさんとパートナーになれるように人ごみの中を泳いだ。
王のスピーチは恒例のベルモント家の光栄を感謝し、その年に活躍した王家の国々を賞賛し、みれいの紹介に終わった。みれいはリハーサルのとおり、まだ誰もいない踊り場に出向き、深々と四方面にお辞儀をした。そして、音楽が鳴りはじめたのと同時に人ごみは踊り場のほうへ移動する。みれいも先ほどまで後ろにいたアレポさんを見つけようと振り向くと、左手と腰をつかまれ、180度からだが反転した。強引に体を回された矢先、視野に入ったのは、アレックスだった。
「光栄です。」
アレックスはしらを切って、まるでみれいがそう選んだかのように高らかに言うと、簡入れずみれいを踊り場の中央に先導した。そして、アレックスはまったくリズムをはずすことなくみれいの手をとり、腰を支え、踊り始めた。みれいにはこれだけ大勢の人がいる中で、アレックスと心で会話する能力もなく、ただただアレックスに導かれるまま踊るしかない。 それにしても、ホーリーから散々アレックスは山育ちで礼儀がないと聞いていたが、そんなことはまったく感じさせないステップ裁きだ。いつもの大きな体が繊細にみれいのステップをたどり、大きな手がみれいを回転させては怖くなるほどに近距離に引き寄せられる。
「おい、」
みれいはあまりにも近距離に迫るアレックスにまだこの城に来てすぐ、アレックスが寝室にやって来たときのことを思い出して、少し目を泳がせてしまった。下着同然のみれいに闇の中から
やってきたアレックスは女性の心を突かれる魅力があった。
「みれい、」
-俺を見ろ。
と言い、アレックスがダンスのリズムに合わせてみれいの露出している腕を撫でた。
途端、みれいはいつもの夢に出てくる草原にいた。
-え? ここは?
その草原はいつも春の風が吹いていて、夢とは思えないほど気持ちよかった。ときおり、草原の草に花がついていたり、短くなっていたりするから、なぜか自分はいろいろな時期の草原に夢の中で引き寄せられていたのがわかった。
「なぁ、みれい。」
みれいの隣に座っていた男の子が声をかけた。
「俺と結婚してくれ。 俺は惑星で一番強い男になって、お前を守る。」
「いいよ。わたしでいいの?」
女の子になったみれいは二言返事をして、男の子に抱きついた。男の子もみれいにほっぺにキスをして小さな手を思いっきり広げて抱き合う。
-これは、夢ではないの?
この前見た、花冠のにおいがして、抱きしめる男の子からは、いままで味わったことのない無垢で正直な気持ちが小さな肩を通して伝わってくる。
「…アレックス」
みれいはアレックスがリードするままに踊りながら涙をこらえた。
「…あなたは」
アレックスは微笑んで、もう一度みれいの長い手袋が途切れるあたりをやさしく撫でると
「ああ、」
と小さく頷いた。すると、男の子がしたように暖かい気持ちがみれいを包んだ。
「おかえり、みれい。」
みれいは痛いほどやさしく笑いかけるアレックスの胸を叩いて聞きたかった。じゃあ、私を守ろうとした夢も、日が暮れても二人で遊んでしかられた夢も、すべて本当なの?なのに、いままで、私が思い出すのを、
と、その時、音楽が終わり、アレックスはみれいを回転させて王のほうに会釈ができるようにした。
会場は喝采がおき、みれいはアレックスにされるままに四方に会釈した。
「じゃあな、また」
そういうが早いか、アレックスは人ごみに紛れてみれいを置いて会場の隅に消えていった。
「ちょ、ちょっと待ってよ、お願い!アレックス!!!」
構わず声を上げてもアレックスは全く止まることなく早足で歩いていく。
みれいも逆流する人並みに笑顔を振り向きながら同じ方向に進むが、出口付近に来たときには、すでに人影もなかった。
「こんなことってある? ひどいわ。」
みれいは急に涙が溢れ出てきた。この惑星に来て、初めて自分の過去を思い出した、しかも、多分一番大事な過去が。なのに、すべてが中途半端じゃないか。 なんで、いつもみれいの必要なときに必要なだけいてくれないんだろう。
みれいは構わずその場にうずくまって手袋をはがして顔を手で覆った。
-ひどい、私はどうすればいいの?
みれいには夢のように思い出した、昔のアレックスの気持ちも、いまも変わらないアレックスの気持ちも、
-私、愛してた。すべてをかけて。
自分の気持ちも思い出した。みれいは声を張り上げて泣いた。今一番ほしいものは、自分の記憶で、それを満たしてくれるのはアレックスだけ。
飛び出した廊下は大広間の熱気からかけ離れて暗く、自分の惨めな泣き声が反響するだけ。
「みれい、立てるかい?」
と、足音もなく目の前に立っていたのはジョエルだった。
「おいで」
と、ジョエルは優しくみれいを立たせると、出口から近いガラスのドアを開けて小さなベランダに出るように促した。
「いいもの見たな、今夜は。みれい、アレックス、これでもかって言うくらいオーラが出てたよ。あれは、あとで、母さんにいろいろ言われるかもな。」
「え?」
そういえば喝采があったのは、覚えてる。
「思い出したんだね。兄さんのこと。」
ジョエルがはじめてアレックスを兄さんと呼んだ。
「よかった。 ほら。」
ジョエルはみれいの肩を軽く押した。
小さな椅子が二つあるだけのベランダには人影はなく、辺りを見てジョエルに振り向いた時、
「おまえの泣き声はいつ聞いてもいいもんじゃねぇな。」
と低いだみ声がした。
「アレックス!」
「おう」
みれいは街頭のランプに浮かぶアレックスが壁に重心をかけて何とか立っている様を見て、言葉を失った。
「…心配するな、ちょっと無理しただけだ。ざまぁないな。」
とアレックスは自嘲めいたことを言って地面にすべる様に座った。みれいも急いで駆け寄る。
「本当はお前が思い出すまで、...黙ってるつもりだったんだ。だ、 けどよ、そんな格好のお前を一人で踊らせられる訳ないだろ。」
アレックスは一言ずつ息を吸ってゆっくりそう言った。たしかに今夜のみれいはため息が湧き上がるほど輝いていた。王女から装飾された宝石はみれいが動くたびに水の中でたなびくようにみれいの華奢な体と反比例する大きな胸を強調する。そんなみれいがアレックスと一心となり奏で出したオーラは彼らを青いベールで覆ったのだ。この惑星では青いオーラは最終的な愛の強調とされている。
「そうか、よかった。」
みれいの握った手から伝わる安堵感にアレックスは息をなでおろした。そしてときおりこみあげる激痛に息を潜めた。
「なんで、いままで黙ってたの?」
「…」
「それに、この傷。わたしね? なんで? ホーリーはアレックスは強いからこんなことにはならないって…」
「…たいしたこと、ねぇよ。」
そんなことはない。アレックスは息もできないほど苦しんでいるのに、心で話さない。むしろ、そうすることで、痛みをみれいから隠しているのだ。
「理由なんて、いらねぇ。」
そう言ってアレックスは泣きつかれたみれいの頬をなぞり、黙った。その顔はまっすぐみれいだけを見つめて。みれいにはその顔が昔の記憶にある幼いアレックスと重なった。こんなにりりしいくて男らしいアレックスからその面影を見つけたとき、みれいの目には涙が自然とあふれ、みれいはそっとアレックスの手に自分の手を重ねて目を閉じた。
「おい、泣くなよ。俺がいるだろ。」
「だって、…」
「またお前が聞きたい答えを話すときが来る。でも、なにがあろうと、俺はここにいるからな。」
確かに、暖かい思い出だけではないのだろうとことは察知できた。みれいはうなずくと向かい合っていた体をアレックスの隣に引き寄せて静かにアレックスの肩に顔を預けた。どうやら肩に外傷ないようだ。アレックスはそんなみれいの頭を引き寄せてキスを落とした。
と、その時ベランダのドアが開いてジョエルが入ってきた。
「みれい、そろそろ大広間に戻らないといけない時間だ。おいで」
そういってジョエルはみれいに手を差し出した。
「…ジョエル。」
ずっとアレックスのそばから離れたくない。でも、これはきっと一人では立ってもいられないアレックスがジョエルに頼んでいるに違いない。
「行けよ、俺の分も接待してくれ。」
-いやよ。
みれいに初めて課せられた王家の任務だ。わかってる、でも何でこんなときに、
「行け、みれい。」
アレックスは半場だるそうに肩をみれいに押し当ててそう言った。
みれいはジョエルに手を差し出して立ち上がると、アレックスを見た。
「もう私から隠れるなんて、絶対許さないからね。私、すぐにアレックスがどこにいるか見つけるから!」
みれいはくすくす笑うジョエルに連れられて大広間に戻った。大広間はまぶしいほどに活気にあふれ、みれいもそんな活気にあわせるように笑顔を振り向いた。
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