第2話 ゲンヤとハルキ

ハルキ 「おい、ゲンヤ! いるかー? ……って、お前また渋いツラしてんな。」


ふすまをガラリと開けた瞬間、ハルキはいつもの調子でゲンヤを茶化した。


ゲンヤ 「……っおぅ……」


ハルキ 「なんだそのやる気ない返事は!」


ゲンヤ 「そんなこと言われましても……いや、寝起きなら誰でもこうなるやろ?」


少しの沈黙が流れた。


ゲンヤ 「……またPCのトップ画像が勝手に変えられたぞ。」


ハルキ (またかよ……)


ハルキはズカズカとゲンヤの部屋に入り、まるで自分の部屋かのようにパソコンデスク前の椅子へドカッと腰を下ろした。


ハルキ 「で? 今度は何だ。例の“勝手に変わる画像”か?」


ゲンヤ 「ああ。マジで意味わからん。ほら、見てみろ」


ゲンヤの周りで起こる怪奇現象には、常にひとつだけ妙な共通点があった。


──“意識した瞬間に、何も起こらなくなる”という点だ。


PCの画像が変わってるかもと身構えて開けば何も起きず。

蝋燭やお香の火がいつの間にか灯るかもしれないと、それを警戒すると絶対に

何も起こらない。


そういった怪異は、ゲンヤが気を抜いている時にだけ発生する。


つまり──どれも、“無意識でいる瞬間”にだけ現れる現象だった。


ある意味では、観測した途端に状態が確定する量子の振る舞いにも似ている。


そういう背景もあって、ゲンヤは幼い頃から超自然現象と量子論という、

一見相反する分野に強い関心を抱いていた。


ハルキはふっと息を漏らした。いつもの軽口めいた気配は、その顔にはなかった。


ハルキ 「……ゲンヤ。お前んとこで起こってる“それ”って、どう考えても普通と

    ちゃうぞ。」


ゲンヤ 「でしょうね…。」 ゲンヤは他人事のようにあっさりと返した。


一般的に、超自然現象に遭遇すると人間はしどろもどろになりがちだ。


しかし、日常的にそういう事態と背中合わせで生きてきた彼らは、

意外とすぐに現実を受け入れるのだった。


ゲンヤ 「なあ、アンタは桁外れの霊感持ちで、

    パソコンのスペシャリストでもあるやろ?」


ハルキは少し面倒くさそうに頭を掻きながら、ぼそっと言った。


ハルキ 「……ま、まぁな……」


ゲンヤ 「ちょっと色々と調べてくれない?」


ハルキはいつもゲンヤをからかう調子で口調を真似しながら、

ハルキ 「…そんなことを言われましても……」


ゲンヤ はすこし呆れた表情で、「いや……俺のマネはいいから……。」


ゲンヤは昔から直感が鋭く、嫌な予感がすると本当に何かが起こったり、

逆に“良さそう”と感じると良い出来事が続いたりした。


例えば、身内に不幸が起こる前兆を“何らかの形で”察知したり、

なんとなくワクワクした日に「彼女できそうだな」と思ったら、

本当に女性からアプローチがあったり──。


ただゲンヤは、神霊などの存在を“はっきりした姿”として視認することはできない。


より正確に言うと、形としては見えないが “色” で認識することがあるという。

悪意あるものは、いつだってどす黒い赤色をしていた。


一方、ハルキはいわゆる完全に“見える側”の人間で、

調子がいい時には物や空間に残る“残留思念”すら読めてしまう。


ハルキの実家は代々小さな寺の住職の家系で、

彼曰く、高校時代に関西の深い山中にある某寺院で滝行していた時期を境に、

霊感が強まったらしい。


そのハルキが言うには──

ゲンヤは“見えない”のではなく、“見ようとしない”ことで無意識に力を封じている可能性がある、と。


さらにハルキはPCにも異常に詳しい。

表向きはパソコン関連の仕事をし、裏ではハッカーまがいのこともしていた(とっくにやめているらしいが)。


ゲンヤの頼みを受け、ハルキは黙ってキーボードを叩き始めた。


しばらくして──


ハルキ 「色々調べたが、外部からの侵入は考えにくいな……

    変なマルウェアの痕跡も見当たらん。」


ハルキ 「そもそも、そんな技量のあるヤツがさ、一般人のお前のPCを

    “ちょっとだけ改変”して遊ぶとか……どんだけ暇人ヒマジン

    なんだよ!」


ゲンヤ (確かに……)

ゲンヤ 「てか、《ヒマジン》ってジョン・レノンの曲のやつか?」


ハルキ 「それはイマジンや~!」


そして、急にハルキがテンション高く歌いだした。

ハルキ 「イマジン~レッピンポー~♪、イマジン~レッピンポー~♪」


ゲンヤはまるで何かの“禁忌”に触れてしまったかのような顔で言った。


ゲンヤ 「だから…そのレッピンポー~♪っていうのをやめい。」


ゲンヤ 「もうイマジンの曲を聞くと、その歌詞にしか聞こえなくなるわ!」


ハルキはいつもイマジンを歌うと、次の歌詞はなぜか決まって 「レッピンポー〜♪」 が続くのだ。

そのせいでゲンヤの耳には、イマジン以降の歌詞がもう全部 「レッピンポー〜♪」 にしか聞こえなくなってしまっていた。

もっとも、ハルキは本気にそう聞こえるという”素晴らしい”耳の持ち主である。


……おっと、話が脇道にそれちまったな。

これ以上このネタを擦るとジョン・レノンの関係者達からクレームが

来そうなので、元に戻ろう。


実はゲンヤのPCでは、デスクトップ画像が変わるだけでなく、

動画や音楽ファイルが“勝手に一部分だけ編集される”こともあった。

しかも、その編集技術は素人離れしていた。


その時──

ハルキは突然、真剣な顔つきになり、

PC画面の例の画像内にある “少女のような小さな影” をじっと見つめ始めた。

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