第7話 悪化
図書館の個室。
五人は円になって座る。
それぞれの手には、ノートとスマホ。
優衣が口を開く。
「じゃあ、順番に報告しよう。私から」
優衣は自分のノートを開いて説明する。
「夢の中で、四階の赤いドアを開けた。その先に地下室があった。そこに、古びた机とノートがあって──」
「ノート?」美優が身を乗り出す。
「うん。『夢鬼ごっこ』って書いてあった。ルールも書いてあった。でも、『三回失敗したら』の先が黒く塗りつぶされてた」
「塗りつぶされてた?」拓海が聞く。
「誰かが意図的に消したみたいに」
拓海がメモを取る。
「他には?」
「名前のリストがあった。何十人もの名前。そして──」優衣は一呼吸置く。「木下くんの名前があった。斜線が引かれて」
沈黙。
「じゃあ、やっぱり」大樹が言う。
「消えた人たちの名前が、リストにある」優衣が続ける。「それに、円の図があった。中心に大きな円、周りに小さな円。矢印で繋がってる」
「それって...」拓海が考える。「ネットワーク図?」
「かもしれない」
「他には?」
「顔のない人影を見た。地下室に現れた。のっぺらぼうみたいな」
香織が小さく頷く。
「私も見た」
全員が香織を見る。
「古い校舎の中。誰かがいた。でも、顔がぼやけてる。近づこうとしたら、目が覚めた」
美優も言う。
「私は、鏡の部屋で見た。鏡に映ってる自分たちの中に、一人だけ顔のない人がいた」
拓海が整理する。
「つまり、複数人が『顔のない存在』を目撃している」
「何なんだろう」大樹が不安そうに言う。
「分からない。でも」優衣が言う。「昨夜調べたら、夢に現れる顔のない人は『自己の欠落』を象徴するって」
「自己の欠落...」拓海が呟く。「消えた人たちと関係ある?」
「多分」
拓海が自分のノートを開く。
「俺が見つけたのは、図書館の地下。そこに、古い掲示板があった」
「掲示板?」
「ネットの掲示板じゃなくて、本物のコルクボード。そこに、紙が貼ってあった」
拓海はスマホの画面を見せる。夢の中で見たものを、起きてからメモしたらしい。
「『夢鬼ごっこ、参加者募集』って書いてあった。日付は──」
画面を拡大する。
「二〇二三年十月」
「去年?」美優が驚く。
「多分。それに、連絡先が書いてあった。メールアドレス」
「覚えてる?」
「いや、夢の中だから、文字が歪んでた。完全には読めなかった」拓海が悔しそうに言う。「でも、@の前が『yume_oni』だったのは確か」
優衣はスマホを取り出す。
「夢鬼...」
Twitterで検索する。
「@yume_oni」
いくつかのアカウントが出てくる。
でも、どれも最近作られたもの。去年からあるアカウントはない。
「消されてる...?」
「か、別のプラットフォーム」拓海が言う。「掲示板かもしれない」
大樹が手を挙げる。
「俺の番いい?」
「どうぞ」
「体育館の奥で、変なもの見たんだ」大樹がノートを開く。絵が描いてある。「機械みたいな。箱型で、前面に画面がついてて、光ってた」
「画面に何か映ってた?」
「うん。数字が流れてた。めっちゃ速くて、読めなかったけど」
「数字...」拓海が考える。「カウント?」
「かもしれない。あと、機械の横に紙が貼ってあった。『接続中』って」
「接続?」優衣が聞き返す。
「何に接続してるのか分からない。でも、その文字を見た瞬間、すごく嫌な感じがした」
美優が自分の番だと言って、話し始める。
「私は、地下の鏡の部屋。壁一面が鏡になってて」
「それで?」
「最初は自分が一人映ってた。でも、近づくと、増えるの。二人、三人、五人、十人って」
「全部、自分?」
「うん。でも、年齢が違う。子供の私、今の私、老人の私。それに──」美優が震える。「一人だけ、違う人がいた」
「違う人?」
「顔のない人。私の服を着て、私と同じポーズしてるけど、顔だけない」
香織が小さな声で言う。
「それ、私も見た」
「校舎の中で?」
「うん。廊下にいた。私と同じ制服着てた。私の動きを真似してた。でも、顔がない」
拓海が整理する。
「つまり、顔のない存在は、私たちの姿を真似している」
「何のために?」大樹が聞く。
「分からない。でも」優衣が言う。「もしかしたら──入れ替わろうとしてる?」
沈黙。
「入れ替わる?」美優が震える。
「消えた人たちは、顔のない存在と入れ替わったのかもしれない」
「じゃあ、木下くんは...」
「今も、夢の中にいる。そして、現実には──」優衣は言葉を選ぶ。「顔のない何かが、木下くんのふりをしている」
「でも、誰も気づかない」香織が続ける。「だって、私たちは木下くんのことを覚えてないから」
「記憶も、書き換えられてる」拓海が分析する。「存在そのものが、曖昧になっていく」
大樹が立ち上がる。
「じゃあ、俺たちも?三回失敗したら、同じことになるの?」
誰も答えられない。
優衣は深呼吸する。
「でも、まだ分からないことがある。誰が、なぜ、これを始めたのか」
「『参加者募集』の紙があったってことは」拓海が言う。「誰かが意図的に始めた」
「去年の十月」優衣が繰り返す。「それから一年以上。なんで今、急に広まったの?」
「俺たちが明晰夢の訓練を始めたから?」大樹が言う。
「でも、誰も募集なんて見てない」美優が言う。
「見えないように広まったのかも」拓海が推測する。「無意識のレベルで」
優衣は円の図を思い出す。
中心の大きな円。周りの小さな円。矢印。
「もしかして」優衣が言う。「最初に始めた人がいて、その人から広がっていった。夢を通じて」
「感染?」
「そう。明晰夢を見る人の無意識が繋がって、そこで『夢鬼ごっこ』が伝播していく」
拓海が頷く。
「集合的無意識。昨日調べたやつだ」
「最初の一人から、どんどん広がって」優衣が続ける。「今は、全国に」
「じゃあ、止められないじゃん」大樹が絶望する。
「いや」拓海が言う。「感染なら、感染源を断てば止められるかもしれない」
「感染源って?」
「最初に始めた人。もし、その人が今も夢の中にいるなら──」
「会えるかもしれない」優衣が続ける。
沈黙。
香織が震える声で言う。
「でも、どうやって?夢の中は広い。どこにいるか分からない」
「地下室のノートに、何か手がかりがあるかも」優衣が言う。「もう一度、ちゃんと読まないと」
「でも」美優が不安そうに言う。「今夜また夢を見たら──」
「鬼として追いかける」大樹が続ける。
「そして、また失敗するかもしれない」
優衣は決意する。
「だから、今夜は違う方法を試そう」
「違う方法?」
「鬼ごっこから逃げる。追いかけない」
「でも、衝動があるでしょ?」美優が言う。「追いかけなきゃって」
「抵抗する」優衣が言う。「明晰夢なら、ある程度は自分の意志で行動できる。衝動に負けずに、探索を続ける」
拓海が補足する。
「完全には消せないかもしれない。でも、同時に別のことができるはず」
「できるかな...」大樹が不安そうに言う。
「やるしかない」優衣が言う。「このままじゃ、本当に消える」
五人で顔を見合わせる。
「じゃあ、決まり」拓海が言う。「今夜も、WBTB法を使う。午前三時に起きて、三時半に再入眠」
「そして、探索を続ける」優衣が言う。「それぞれが見つけた場所に、もう一度行く」
「私は地下室のノート」
「俺は図書館の掲示板」
「俺は体育館の機械」
「私は鏡の部屋」
「私は、古い校舎」
五人は頷き合う。
「絶対に、答えを見つけよう」優衣が言う。
その時、優衣のスマホがバイブする。
通知。Twitter。
「#夢鬼ごっこ」のトレンドが、さらに上昇している。
全員でスマホを見る。
新しい投稿が、洪水のように流れている。
『助けて。もう三日寝てない。怖くて眠れない』
『友達が二人消えた。昨日までいたのに』
『これ、やばいって。マジでやばい』
『誰か、止める方法知ってる人いない?』
そして、ある投稿。
『夢の中で「始めた人」に会った。でも、顔が──』
投稿が途切れている。
優衣はアカウントを開こうとする。
「このアカウントは存在しません」
消えた。
「増えてる」香織が震える。「消える人が、どんどん増えてる」
拓海がニュースアプリを開く。
「これ、見て」
画面には、ニュース記事。
『若者の間で謎の昏睡症状が増加。医師「原因不明」』
記事を読む。
『ここ一週間、全国各地で若者が原因不明の昏睡状態に陥るケースが増加している。患者は眠ったまま目を覚まさず、脳波測定では連続的にREM睡眠を示している。共通点として、患者の多くが「明晰夢」に興味を持ち、夢日記をつけていたことが判明している』
優衣は画面を見つめる。
「ニュースになってる」
「これ、私たちのことだ」美優が震える。
「全国で起きてる」大樹が呟く。
拓海がさらにスクロールする。
「専門家のコメントがある」
『心理学者:「集団ヒステリーの可能性もあるが、詳しい調査が必要。SNSでの情報拡散が影響している可能性」
医師:「脳波は正常だが、目覚めない。まるで、夢の世界に閉じ込められているような状態」』
香織が立ち上がる。
「私たちも、そうなる」
「まだ大丈夫」優衣が言う。「まだ目覚めてる」
「でも、時間の問題だよ」美優が泣きそうになる。
優衣は美優の肩を掴む。
「だから、今夜。絶対に答えを見つける」
「でも──」
「信じて」優衣が真剣な目で言う。「私たち、まだ諦めてない」
美優は涙を拭いて、頷く。
「うん。諦めない」
拓海が言う。
「情報をもっと集めよう。ネットで、同じ体験をしてる人を探す。何か新しい手がかりがあるかもしれない」
「俺も探す」大樹が言う。
「私も」香織が小さく言う。
五人は図書館で、それぞれのスマホとノートパソコンを使って情報を集め始める。
「#夢鬼ごっこ」で検索。
無数の投稿。
でも、ほとんどが悲鳴や助けを求めるもの。
有益な情報は少ない。
優衣は「yume_oni」で検索し直す。
過去のログ、アーカイブ。
そして、見つける。
古い掲示板のスレッド。
タイトル:『夢の中で会いませんか?』
投稿日時:2023年10月15日。
優衣はスレッドを開く。
最初の投稿。
『夢の中で、みんなで会えたら面白いと思いませんか?
明晰夢を使えば、可能かもしれません。
興味のある方、参加してください。
夢の中で「鬼ごっこ」をしましょう。
ルールは簡単です──』
ここで、投稿が途切れている。
レスを見る。
ほとんどが削除されている。
でも、一つだけ残っている。
『面白そう。参加します。──時計仕掛け』
優衣は凍りつく。
「時計仕掛け」
あのアカウント。
最初の参加者だったのか。
そして──
最初に消えた人の一人。
優衣は画面を四人に見せる。
「これ」
全員が見る。
「去年の十月」拓海が呟く。「一年以上前」
「最初の投稿者は誰?」大樹が聞く。
優衣は投稿者のIDをクリックする。
「ユーザー名:夢織(ゆめおり)」
「プロフィールは?」
「削除されてる。アカウント自体が存在しない」
「始めた人も、消えたのか...?」
「か、最初から存在しなかったか」拓海が言う。
優衣はスレッドをさらに読む。
削除されたレスの跡が、いくつも。
でも、断片的に残っている文字がある。
『──楽しかった──』
『──また会おう──』
『──三回目──』
『──助けて──』
『──顔が──』
優衣は震える。
このスレッドに、全ての始まりがある。
そして、全ての終わりも。
「今夜」優衣が決意を込めて言う。「この『夢織』を探す」
「夢の中で?」
「そう。この人が、全ての鍵を握ってる」
五人は頷き合う。
時計を見る。正午。
今夜まで、あと十二時間。
長い一日が、まだ続く。
【第7話 終】
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