第23話 監禁をやめたつもりはないらしい
「アスクくん、そろそろ行かないと遅刻するよ」
「……あ、うん」
同居生活を始めてから一時間が経過した。
サフィラは昨日まで俺を監禁していたとは思えないほどいつも通りだ。
何事もなかったかのように登校準備を整え、鏡の前で髪を整えている。
そんな彼女の行動が理解できずに硬直していると、心配そうに顔を覗き込んできた。
「もしかして昨日の傷が痛むの?」
「えっ、傷なんてないけど」
「でも昨日アスクくんの身体を確認したら、お腹の辺りが真っ赤になってたよ?」
「……俺の身体を確認したら?」
「てっきり奇襲を受けた時に怪我したのかなって」
何を言っているのか分からなかったが、お腹の傷の理由は明確だ。
「あー、あれはぶどうジュースのボトルがぶつかっただけだよ」
「ぶどうジュース?」
「というか、いつ俺の身体を確認したんだよ?」
「アスクくんが眠っている時」
さらっとした様子でとんでもないことを呟いたサフィラ。
俺が眠っている時にこっそり身体を確認した?
「つまり俺の寝込みを襲ったってこと?」
「入念に確認しただけだよ。入念にね」
「……あ、そう」
堂々と自白しているのに悪びれる様子がない。あたかもそれが当然であるかのように振る舞っている。
そんな彼女の態度に気力を削がれ、乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。
「……まあ監禁されるよりマシか」
「別に監禁をやめたわけじゃないよ?」
「えっ?」
「今はその余裕がないだけ。公爵家を乗っ取る必要があるし、あのまま小屋に閉じ込めていたら危険だから。小屋で守るより、学園に通いながら護衛をする方が安全でしょ?」
「いや公爵家を乗っ取るって……」
「安全でしょ?」
「それは……」
「安全でしょ?」
強引に押し切ろうとしてくるサフィラ。笑顔のはずなのに全然目が笑っていなかった。
「……………………」
「安全でしょ?」
「……うん」
「さすがアスクくん! そろそろ本当に遅刻するから急ごう!」
そう言って俺の腕を引っ張ってくるサフィラ。
やはり彼女とはじっくり対話をする必要があるだろう。
全然会話できている気がしないから。完全に話が一方通行だから。
――とりあえず学園に行くか。
幸い、タイムリミットは一ヶ月ある。
国外逃亡のプランは学園でじっくり練ろうと思う。
問題はサフィラが四六時中離れないことだが、そこはなんとか頑張りたい。頑張るしかないのである。
※
「うげぇ……お前ら朝から一緒なのかよ」
部屋から出るとちょうどルクソールに出くわした。
彼は睡眠不足なのか、寝ぼけ顔で目を擦りながらもこちらを見て、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「いや、これはその……特殊な事情があって」
「事情? 結婚でもしたのか?」
ルクソールは眉を上げると、ゆっくりと俺とサフィラを見比べた。
その視線は自然と俺の腕をがっちり掴んでいるサフィラの手に向けられる。
「朝から手を繋いで登校とか、完全にカップルじゃねぇか」
「違う! そういうのじゃなくて!」
「分かってるよ。お前らがカップルなんて曖昧な関係で留まってるはずがねぇよな。結婚だろ?」
「だから違うって」
呆れたように呟くルクソールに対して、俺は全力で否定する。
もし公爵令嬢と結婚なんてしたら、国外逃亡できなくなってしまうじゃないか。
それに公爵家の屋敷とかいう、あんな物騒な場所には住みたくない。警備がザルだし、暗殺組織の人間が潜んでいたりするし、とにかく命がいくつあっても足りないのだ。
「じゃあなんで同じ部屋にいたんだよ?」
「強いて言えば……護衛だから?」
「お前、公爵令嬢の護衛になったのか?」
「いや、サフィラが俺の護衛になったんだよ」
「は? 普通は逆だろ」
「俺も本当にそう思う」
「相変わらず意味わかんねぇな……」
ルクソールは笑いながらも、どこか呆れたように頭をかいた。
すると先ほどから俺たちの様子を見ていたサフィラが口を開く。
「あんまりアスクくんに近づかないでくれる? 私はあなたが賊と繋がっているかもしれないって疑ってるの」
「賊? 何のことだよ?」
「アスクくんは昨日命を狙われた。三人の賊に襲われたの」
「………………は?」
その言葉にルクソールの動きが止まった。
「もうどこまでが本物が分かんねぇんだけど」
「襲われたのは本当」
「……それはやべぇじゃねぇか」
「相手は確実に何かの組織。必ず他にもアスクくんの命を狙う奴がいるはず」
「のっぴきならない事態だな」
「だから近寄らないでくれる?」
サフィラはもう一度警戒するように言った。
「あなたはかなり怪しいから」
「絶対大丈夫だと思うけどな」
俺が口を挟むと、サフィラは凄まじい視線を向けてきた。
「アスクくんは喋らないで。今、私はこの危険人物と話してるの」
「だからこいつだけは信用できるって」
だって主人公だし。
というかメインヒロインが主人公のことを疑わないでほしい。他にもっと疑うべき人物がいるだろ。専属メイドとか。ラヴァンダとか。
ちなみに彼女のことはサフィラに話していない。
話が複雑になって面倒なのと、そもそもラヴァンダは大した脅威ではないからだ。
幸いルクソールがお隣さんだし、もし襲われたら彼に押し付けて頑張ってもらうつもりである。
悪役なら悪役らしく、他の悪役を主人公に押し付けないとな。
「……なんかスケールが違うな」
そんな俺の思考を知ってか知らずか、ルクソールは苦笑を浮かべながらも呟いた。
「スケールが違うよ。それに比べて俺は普通だ。もちろん変な組織には所属してないし、こいつの命を狙ったりもしてねぇ。ごくごく普通の学生だからよ」
「普通ではないだろ」
「普通だよ。俺は監禁されたことないし、学園をサボったこともないし、賊に襲われたこともないし、公爵令嬢と同棲したこともないんだよ。お前はあるだろ?」
「……あるけど」
「やっぱ普通じゃねぇじゃん。てか何したらそんな酷い目に遭うんだよ。まじですげぇ豪運だなおい」
「どこが豪運だよ! 完全に不運だ――」
と言いかけたところで、サフィラの俺の手を握る力が強まった。
視線を向けると、ものすごい剣幕で睨まれる。
「アスクくん、何が不運なの?」
「…………………………」
「……アスクくん?」
心当たりがないのに公爵令嬢に絡まれていることそのものが不運だったが、もしそんなことを口にしたらさらに不運なことになるので、俺は言葉をグッと堪えた。
「賊に襲われたことが不運だったんだよ」
「ふふっ、そうだよね。私に監禁されることは幸運だもんね」
「……あはははは」
「幸運だもんね?」
「……はい」
圧に負けて頷く羽目になるなんて、一体どこまで俺は不運なのだろうか。嘆きたい気分だった。
そんな俺の表情が面白くて仕方がなかったのだろう。
「ほんとめんどくせぇ人生送ってんな」
ルクソールは小さく笑って俺の肩を叩くと、去り際に一言言い残した。
「ま、主人公としては相応しいかもな」
「は?」
その言葉に俺はただ頭を抱えるしかなかった。
「いや、逆でしょ」
――俺は主人公じゃない。悪役だ。
主人公から主人公扱いされるなんて、不運にも程があった。
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