第35話  その声に応えて

     35 その声に応えて


 其処にいるのはどう見ても、白いワンピースを着た、金髪を背中に流す十歳位の少女だ。


 先程まで自分達と行動を共にしていた彼女を見て、紫塚狩南はただ涙した。


《……プラーム、ちゃん? 

 ――プラームちゃん!》


《はい。

 間違いなく私です、狩南様。

 話はテレパシーを通して、途中からみな聴かせてもらいました。

 どうやら、大変な事になっている様ですね》


《……ああぁ》


 狩南が、驚きと歓喜を混交させた声を上げる。


 それはあろう事か始祖も同じで、このあり得ない光景を見て、彼は笑った。


《――驚いた。

 まさか、本当にプラーム・シフォンか? 

 よもや死んだ筈のそなたが、この場に現れるとは》

 

 歯を食いしばって口角を上げる、始祖。

 狂喜に近いその表情を見て、プラームは鼻で笑う。


《やはり始祖と言えど、まだ地球での転生のルールは完全に把握していない様ですね。

 私の登場を予期していなかった事が、その事を雄弁に物語っている》


《答えになっていないな。

 そなたは、何故ここに居る? 

 そなたが、その姿のままこうも早く蘇ったのは何故だ?》


《そうですね。

 前者の答えは、簡単です。

 私は単に、あなたを倒しに来ただけだから。

 で、後者の答えは少し複雑だと言わざるを得ない。

 確かに私達の転生の在り方は、継続型です。

 ですが、その受け皿は一つでは無かった。

 私の宿主は複数存在していて、一つが潰されても私は別の受け皿に移動する事が出来た。

 Aという宿主が倒されても、Bと言う宿主もまた私の人格を受け入れてくれる。

 私は今Bの体を使ってあなたと対峙しているんですよ――メナディス・ダンティス》


 それを聴いた始祖は、僅かに苦笑した様に見えた。


《成る程。

 だが、やはり解せぬな。

 そなたは、別人の体に転生した筈。

 ならば何故、そなたはその姿なのだ?》


《その理由は――今からタップリ教えてあげます》


 途端、狩南の視界からプラームが消える。


 気が付けば彼女は始祖の間合いに入っていて、プラームは渾身の拳を始祖に打ち放つ。


(速い!)


 それこそ、件の操作術を行うよりプラームの動きは速い。

 全盛期の力を取り戻し、例の力のコントロールが行えるプラームは、超速で始祖に迫る。


 彼女の拳や蹴りを何とか受け止めながら、それでも始祖は嗤う。


《限界を超えた――力の放出か。

 見事な覚悟だが、同じ位滑稽でもあるな。

 それ程の力を振るえば、即座にガス欠になるのは目に見えている。

 限界を超えたその肉体は、最早使い物になるまい》


《まさか。

 いいんですよ、私は、これで。

 何故なら、私はあの時と違い今は一人では無いんだから》


 事実、始祖を足止めしていたプラームは力を使い果たし、後退する。


 その動きを見て、彼は即座に彼女の意図を察した。


《――バルグガム・リグリオン!》


 ゲーテがプラームの体の時間を巻き戻し――体力を完全回復させる。

 復調したプラームは始祖へと猪突し、再度始祖の足止めを図る。


 プラームの猛攻を前にして、始祖は笑みを消した。


《そうか。

 ハナから、時間を稼ぐ事が目的か。

 だが、無駄な事。

 プラームが加勢しようが、そなた等では余には勝てぬ。

 その計算は――今も崩れぬ》


《ソレは、どうでしょうね? 

 例えあなたはそうでも、私は彼等を信じています。

 彼等なら、始祖を倒そうとしている蛮勇に満ちたあの人達なら、必ずなんとかしてくれると》


 これはその為の時間稼ぎだ。

 プラームが力を使い果たした後は、ゲーテがその回復を担う。


 ソレを繰り返す事で始祖を少しでも消耗させて、狩南達に考える時間を与える。

 始祖さえ思いつかない戦術を、彼等に考え出させるのがプラームの仕事だ。


 しかし、そんな方法が本当にあるのか? 


 始祖メナディス・ダンティスを守護する物は――ブラックホールである。


 事象の地平面と呼ばれる、光りさえも脱出不可能な超空間だ。


 そのエネルギー量は、銀河全ての恒星が数十億年かかって発するエネルギーに匹敵する。


 正に銀河を支配するに相応しい事象であり、銀河の中心に君臨する最悪の暴君だ。


 一恒星の力しか振るえないゲーテや狩南では、とても始祖の力には追いつけない。


 けれど――それでもサンダルカは吼える。


《――いえ、彼の体は完全ではない筈よ! 

 仮に完全であるなら、ああしてイスカダルの体に潜む理由は無かった! 

 堂々と私達の前に現れ、勝負を挑んだ筈! 

 そうできなかったのは、やはり彼の体は不完全だから! 

 恐らく転生する度に転生者の肉体を少しずつ蓄積して、今の体を構築したのでしょう。

 でもその体でさえブラックホールを守護に持つ、彼の精神の受け皿にはなり得ないのよ!》


《ほう。

 ただの猪武者だと思っていたが、その事に気付くか、サンダルカ。

 これは少し、評価を改めねばならぬな》


 だが、その事実を看破されても始祖の余裕は揺るがない。

 現に始祖は徐々にプラームを圧倒し始めて、プラームを防戦一方にする。


 力のギアを上げた始祖は、プラームを吹き飛ばす。


《くっ……つっ!》


 それもその筈か。


 何故なら始祖はその気になれば、この場にいるほぼ全ての人間を抹殺できるのだから。


《そう。

 意識をコントロールできるという事は、そなた等の転生権を放棄させる事も可能という事。

 その状態で死ねば、そなた等は完全に死ぬ事になる。

 余の企てを知るそなた等が全滅すれば、余の事を知る者は誰も居なくなる。

 余は安心して、戦争の継続を続行できるという訳だ》


《く――っ!》


《だが、その前に訊いておこう。

 イスカダル、妻を転生術で失ったそなたは、転生術自体を悪だと見なし始めているな?》


 始祖が、今も銃を構えているイスカダルに目を向ける。


 イスカダルは必勝の気迫を保ったまま、頷いた。


《そういう事だ。

 自然に転生してしまう転生者の罪は問えないが、転生というシステム自体には罪がある。

 それは、寄生型も継続型も同じだ。

 何せその何れも、今新たに生まれ様としている命を既に死んでいる誰かが奪うのだから。

 それは、ある種の殺人と変わらないだろう? 

 だから私はこのシステム自体を破綻させ、転生術そのものを無くそうと思った。

 その手段を私は今まで見つける事が出来なかったが、あなたに会ってそれが分かったよ。

 この術を構築したあなたさえ倒せば、恐らく転生術は破綻する。

 ヒルビス人がよその星を侵略する事も、今を生きる人々の意識を奪う事もない。

 妻を失った私にとっては――それが唯一の救いだ》


《かもしれぬな。

 だが、それ故、転生者は必死に生きようとしているのも事実だ。

 彼等は他者の命を踏み台にするが故に、宿主達に恥じぬ人生を歩もうとする。

 彼等に誇れる何かをなし遂げ、奪った命に贖罪をなす。

 そなた等がそう生きる事で、救われる多くの命もまたあるのだ。

 それだけは忘れるなよ――イスカダル・コーファイン》


 それで僅かな間だけ行われた議論は、終わった。

 始祖は最早彼等から一切の興味を無くし、早々に彼等を皆殺しにしようとする。


 絶対的な始祖の殺意を感じて、狩南はもう一度だけ身を震わせた。


(本当に――殺される。

 彼を倒す方法を見つけないと、明比佐も、イスカダルも、プラームちゃん達も――殺される。

 もう……そんなのは厭なのに。

 プラームちゃんの様に誰かが死ぬのは厭なのに、このままでは本当に終わる……。

 だから、考えないと。

 彼を倒す方法を考えないと私は地獄でも後悔する事になってしまう――)


 だが、どうしても、それが思いつかない。

 始祖の力は圧倒的で、最早プラームでも防御するので手一杯だ。


 このままでは、また真っ先にプラームが殺されるだろう。

 あの時の様に、自分はプラームの亡骸を見せつけられる事になる。


(――は?)


 その時、狩南はその些細な矛盾に気付く。


 彼女は彼に起ったその矛盾が、自分にも起きている事に気付いてしまう。


 故に、彼女は最後に告げたのだ。


《ゲーテ。

 約束して。

 貴方は、絶対に生き残ると。

 東国明比佐であるゲーテ・ダンティスとしてこの戦いを生き抜くと、約束して。

 それさえ約束してくれるなら、私はもういいや》


《……何だと? 

 きさま……何を言っている? 

 何をするつもりだ、狩南……?》

 

 最後に微笑んで、紫塚狩南は東国明比佐の横を通り過ぎる。


 彼女は今、一切心身を乱す事なく始祖と対峙した。


《私はあなたを殺します――メナディス・ダンティス》


《ほう? 

 面白い冗談だ、紫塚狩南。

 これから余に殺されるか弱き命が、そう大言を吐くか。

 では、ありもしないその根拠を、見せてもらおう》


 そう。


 そんな物は存在しない。


 始祖の計算は完璧で、狩南達六人ではどう足掻いても始祖には及ばない。


 始祖が力を使い果たす頃には、狩南達は、千回は死んでいる。


《ええ。

 だから――今から私は私達以外の力を使う》


《――何? 

 まさかっ?》


 初めて始祖が眼を大きく開く。


 始祖は狩南を刮目して、ただ息を呑んだ。


《そう。

 私はプラームちゃんの遺体を見た時、ある矛盾を行ったのよ。

 私は彼女の事を殆ど知らないのに――〝彼女の事をマルグ・トリアの妹だ〟と認識した。

 実際、これはあっているでしょう――サンダルカ・メイフィズ?》


 故に、サンダルカも呼吸を止める。


 彼女はその意味を、いま痛感した。


《だから、あなたも少しは力を貸しなさい――コーファインの女帝。

 でなければ私は今から――あなたを含めた転生権の放棄を行うわよ》


 そうだ。


 メナディスが転生を繰り返しているなら、コーファインの女帝もまた転生を繰り返している。


 その意識はメナディスの様に、密かに転生者の意識に潜んでいるのだ。


 そして狩南は、知る筈の無い事実を知っていた。


 自分にそんな矛盾が起きているとすれば、その原因は間違いなくコーファインの女帝にある。


 現に、狩南の脅迫に応え、彼女は止む無く返答した。


《へえ? 

 いいのですか、それで? 

 私が力を貸せば、あなたの体は耐えきれず――この場で死ぬかもしれないんですよ?》


《それでも、構わない。

 私は私が愛する人達の為に、今――命を懸ける。

 でなければ――私は私として生まれてきた意味なんて一つもない》

 

 その決意に、嘘偽りは一つもない。


 彼女は渾身の気迫と共にそう言い切って、己の中の少女に意識を向ける。


 少女は〝あー、あー〟と呆れた後、こう答えた。


《なら、仕方ありませんね》


《ぬっ?》


《私もメナディスに負けるのは癪ですし、少しだけ力を貸してあげます――紫塚狩南》


 その途端――彼女の中で確かに何かが変わった。

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