第25話 ……何? 何だと……?
25 ……何? 何だと……?
で――尚も私のターンは続く。
場所は依然、電車の中。
私達は漸く今後の事について、話し合う運びになった。
「そうだな。
取り敢えず、狩南と私は電車の中で休息をとろう。
特に狩南は、今日色々あって疲れている筈だ。
電車の中というのは心苦しいが、それでも休めるだけ有り難いと思ってもらいたい」
「はぁ。
それはいいのだけど、イスカダルはこれからどうするつもりなの?
何処か行くアテがあるとか?」
「ああ。
マルグ達は私達が北に向かったと思っている筈なので、ここは四国にでも行こうと思う」
「四国、ですか?
えらく中途半端な所ですねー。
いっそ、九州辺りまで行ってしまえばどうです?」
プラームちゃんが提案すると、イスカダルは首を横に振る。
「私も西の端から捜索したいが、何れ私達にゲーテを奇襲する意思は無いとバレるだろう。
その時単純に考えれば、敵は、私達はゲーテとは反対に西から仲間の捜索をすると思う筈だ。
そうなるとまたマルグの妨害工作にあって、色々面倒な事になる。
なので、ここは行方を眩ませる為にも、四国辺りから仲間の捜索をする事にする。
四国から北上して中国地方を回り、近畿、関西、九州と行って最後に沖縄に向かう。
マルグは真っ先に九州か沖縄に行く筈だから、四国で彼女をやりすごそう。
私としてはそう考えているが、何か意見はあるか二人とも?」
「えっと、その事に異論はないのだけど、私、さっきからお腹が全然減らないのよね。
これってどういう事……?」
時刻は、既に午後十時を回っている。
育ちざかりな女子高生としては、夕飯は欠かせない物なのに私はお腹が空かない。
何時もなら空腹で倒れそうなのに、ソレも無い。
この疑問に、プラームちゃんは平然と答える。
「えっと、それはクリスタ様が半ば覚醒状態にあるからですね。
我々転生者は守護星からエネルギーを供給されているので、食事による栄養補給はいらないんです」
「……何?
何だと……?」
食事をとる必要が、無い?
それはつまり、料理をする必要がないという事か?
明比佐に対する、私の最大の武器である料理さえも、もう必要ない?
だとすれば、私は益々立場という物を失ってしまう。
料理をする必要がない紫塚狩南など、翼の無い戦闘機も同然だから。
「……え?
アレ?
私、また何か余計なこと言いました?
なんかまた、クリスタ様の体から闇色のオーラが流れ出ている気が?」
「その理由は私も分からないが、落ち着け、狩南。
下手に気配を発すると、マルグに気付かれる恐れがある」
「………」
私としては存在意義に関わる大事に直面しているのだが、そう言われては仕方が無い。
私は何とか平常心を保って、笑顔なんか浮かべてみる。
「そうなんだ?
食事をとらなくていいなんて、それは便利ね?」
「……何か、また心を失ったロボみたいな口調になっていますねー。
クリスタ様は今日だけで、どれだけ心をすり減らしているんです?」
「いや、それは半ば君の所為みたいな物だろう。
……後の半分は、私の所為だが」
三者揃って、笑顔で反省し合う。
いや、プラームちゃんはキャラ的に分かるが、イスカダルまで笑顔なのは合点がいかない。
彼は今何を思い、何に対して笑っているのか?
恋人を寝取られ、特技さえ失いつつある私を嘲笑っているとでも言うのか?
「それも誤解だ。
私は断じて、そんな失礼な事は考えていない。
それより、次の駅で新幹線に乗り換えよう。
私と狩南はそこで仮眠をとるから、後の事は任せた、プラーム」
プラームちゃんは〝了解です〟と頷き、私達は地下鉄を降りて、新幹線に乗る。
予定通り四国行きの新幹線に乗車した私達は、そこで仮眠をとる事にした。
イスカダルは三日ぶりの睡眠で、私も精神的にまいっていたので直ぐに眠りにつく。
――だが、それは大いなる失敗だった。
その安眠も、長くは続かなかったから。
「―――はっ?」
私は私が知らない夢を見ただけで、飛び起きる。
その圧倒的な悪夢を前にして、私はただ眼を開く。
「……何っ?
何なの……っ?」
寒気が、体を覆う。
空調がきいているのに、汗がにじみ出て、呼吸が荒い。
私は夢の中で行った私自身の暴挙を前にして、ただ怯えていた。
「――って、どうかなさいましたか、クリスタ様?」
私の異様な様子を見て、プラームちゃんが身を乗り出す。
見れば、イスカダルは今も安眠中で、起きる気配は無い。
ただ私だけが暗闇に取り残された様で、その寂しさから吐き気さえ覚えていた。
何時もなら〝何でもない〟と強がる所だが、今はソレさえ出来ない。
私は、半ば呆然としながら、ありのままを独白した。
「……夢を、見たの。
とても夢とは思えない、リアルすぎる夢を」
けど、その内容を口にするのは躊躇われた。
余りに凄惨なその凶行を前にして、私はソレ以上口に出来ない。
だというのに、プラームちゃんは事もなく私に質問する。
「それは、クリスタ様が傷付けられる夢?
それとも、クリスタ様が、誰かを傷付ける夢ですか?」
「……そ、それは――」
私は息を呑みながら、一度だけ大きく息を吐き――後者だと答える。
私は見知らぬ誰かを、一方的に傷付けていて、ソレを自分の義務とさえ感じていた。
これが自分の仕事だと思い込み、その非道を何の疑いも無く受け入れている。
私はそんな自分が、何より恐ろしい。
人を傷付けながら何も感じない自分が、汚らしくて仕方が無い。
一体どんな過程を辿れば、あんな真似を出来る様になると言うのか?
私には、それがまるで分からないのだ。
「そうですね。
それは私にも分かりません。
ですが、まだ知らないならクリスタ様は知っておくべきなのかもしれません。
なぜゲーテ・ダンティスは――クリスタ・コーファインを憎むのかを。
ダンティス家とコーファイン家の因縁を、貴女は知っておくべきでしょう」
「……ゲーテとクリスタの、因縁?
クリスタがゲーテに、何かしたと言うの?」
心拍を速めながら問うと、今も真顔なプラームちゃんは首肯する。
「ええ。
今のクリスタ様には想像もつかないでしょうが、貴女はある成果をあげているのです。
というのも、他ではありません。
転生者は本来、私達以外の人間でした。
ですが、今はその役目を私達が担っています。
それは何故か?
私達が戦争の中で――その役目を受け継いでいったから」
「……役目を受け継いだ?
一体何故?
だって転生者は死なない筈でしょう?
死んでもまた誰かに生まれ変わって、生き続ける。
だったら、代替わりなんて起きないのが道理なんじゃないの?」
いや、その先は聴いてはいけない。
その先を聴けば、絶対に後悔する。
そう確信している筈なのに――紫塚狩南はその核心へと踏み込む。
「はい。
普通は、そう考えて然るべきです。
ですが、転生者も万能ではなかった。
一つだけ、転生者に死を与える事象が存在しているのです。
それが――〝精神的な寿命〟」
「……〝精神的な、寿命〟」
それは以前、イスカダルも言っていた事だ。
ヒルビス人には〝精神的な寿命〟以外死は無いと、彼は口にした。
あの時は聞き流していたが、今この時になって、その事実が私に重くのしかかる。
「ええ。
人の精神は、必ずしも強靭とは限りません。
無限の時を生きれば、そのうち生自体に疑問を抱く事になる。
何時までも死ねない自分に嫌気がさして、死そのものに焦がれる事になるのです。
死こそが唯一の安楽だと知った彼等は、だから自ら転生者をやめる事になる。
その唯一の手段が――〝転生権の放棄〟です」
「〝転生権の……放棄〟」
「そう。
それが無限の時を生きる、転生者唯一の救い。
生と言う苦しみから逃れる、ただ一つの手段。
私達転生者には、ちゃんと死ぬ権利も用意されているのです。
事実、始祖から数えると皇族や側近達も代替わりをしている。
クリスタ様の御爺様達も星に留まる形の転生者でしたが、彼もやがて生より死に焦がれた。
戦い続ける事に嫌気がさし、生きる事を放棄して、転生する事をおやめになったのです。
貴女の御爺様は――二万年ほど生きた時点で生きる事をリタイヤした」
「二万年、生きた」
ソレは既に、私では想像もつかない膨大な年月だ。
宇宙の基準で言えば一瞬なのだろうが、人が生きるには余りにも長すぎる時間と言える。
ならば、成る程、彼が生きる事を放棄しても、誰も文句など口にしまい。
私はそんな事を思いながら、自分を誤魔化す。
もう既に私が何をしたのか分かっている筈なのに、私はその先を彼女に言わせてしまう。
「つまりはそういう事で――私達は転生者さえも殺す手段を持っているのです」
「………」
私は眩暈を覚えながら、その続きを連想した。
そうだ。
仮に、クリスタがゲーテの親族にその手段とやらを行っていたら、どうなるか?
あの夢が現実だとすれば、クリスタはゲーテに恨まれて当然なのでは?
実際、私は知る筈もない自分の過去を、告げていた。
「そう、なのね?
私はゲーテの妹を捕え、彼女を■■にかけ、生きる事を放棄させて、彼女に転生権を放棄させた。
それから私は彼女を殺し、その時点で彼女は本当の意味で死んだ」
人一人の体と心を壊し――その挙げ句にその人を死に追いやる。
その人に地獄を見せ――自分から死を望む様に促す。
これもある意味では〝精神的な寿命〟。
強制的に心を壊す事で無理やり終わらせる、精神的な最期だ。
その事実が、余りにもオゾマシイ。
その事実が、余りにも罪深い。
私は、クリスタは、紫塚狩南は、人としてやってはいけない事を、してしまった――。
だからイスカダルは、その肝心な話をしなかったのだ。
この戦争が、今も続いている理由。
ゲーテがコーファインに連なる全ての人間を憎む訳を、彼はだからこそ口にしなかった。
「……何よ、ソレ。
じゃあ、私の方が、よっぽど悪者って事じゃない……」
私にはゲーテを責める資格なんて、微塵もなかった。
逆に非難されるのはクリスタの方で、彼女こそがこの戦争の元凶なのだ。
その魂を引き継いでいる私は、ただの外道にすぎない。
唐突に知ってしまった真実は、余りにも重すぎる。
こんな事なら何も知らない方が良かったと思う程に、酷すぎる話だ。
「冗談……でしょう?
これじゃあ、私、本当に明比佐に顔向けできない……」
彼の憎しみは、本物だ。
彼は心底から、クリスタ・コーファインという私を、憎んでいる。
或いはゲーテとも和解できると考えていた自分が、本当におめでたい。
私が彼に許される日など、永遠にこない。
いや、そんな事などあってはならないのだ。
クリスタとゲーテの繋がりは、私がこの事実を思い出した時点で、完全に断ちきられた。
現に、プラームちゃんもその事を認める。
「そうですね。
全てはクリスタ様の一存で行った事なので、私も詳しい事は知りません。
ですが、クリスタ様がゲーテの妹を本当の意味で、抹殺なさったのは事実です。
私はその事を知って、貴女と言う人を心底から恐れた。
私にはクリスタ様が、そこまでする人には思えなかったから」
「……ああ」
私もそう思いたい。
クリスタという人が、そんなに酷い人だと思いたくない。
でも、私は思い出してしまった。
自分の正体を、私がクリスタである証しを、私はもう思い知ったのだ。
だと言うのに、何故かプラームちゃんは首を横に振る。
「ですが、戦争とはそういう物です。
何故なら、ダンティス側もまたコーファイン側の人間を本当の意味で殺めているのだから。
その度に戦争が激化していったのも事実で、その罪は決してクリスタ様だけが背負っている物ではない。
いえ、本当の貴女は、きっとお優しい方の筈なんです。
だから貴女は、その手を汚した。
他人に押し付けるのではなく、自らの手を汚して、その罪を自分だけの物にした。
貴女が全てを一存で行ったのは、きっとその為なのでしょう」
「………」
「そう。
今の貴女を見ていれば、それ位は分かります。
過去の自分に心を痛めている貴女は、私でなくともお優しい方だと分かりますから。
その所為で貴女は辛い思いをなされているのでしょうが、私はそういう貴女だからこそ好きだと思える。
でなければ、私はとっくに貴女を見限っていますよ――狩南様」
「………」
私を見て、こんな私を見て、プラーム・シフォンは微笑む。
なぜ私を見て彼女は微笑む事が出来るのだろうと思い、私は思わず目を逸らした。
「……何よ、それ?
全然プラームちゃんらしくない。
アナタはもっと、歪んだ人の筈でしょ?
こういう時こそ、私を虐めぬくのがアナタなんじゃないの?」
「そうですね。
実にその通りです。
なので、ここは皇族である貴女に媚を売る為に、慰めの言葉をかけさせて頂きました。
狩南様が、感じている通りです。
これは飽くまで偽善的行為なので、本当の意味で感心してはいけませんよ?」
「………」
本当に、二人とも、私に甘い。
イスカダルもプラームちゃんも、私が立ち止まりそうになる度に、背中を押してくれる。
まだ絶望するのは早いと、私はまだその目で何も確かめていないと、叱咤する。
その厳しさを、その優しさを、私はいま心底から痛感した。
「――ねえ、私は、まだ生きていていいのかな?」
「はい。
貴女は貴女が納得する答えを見つけるまでは――生き延びるべきです。
でなければ、私が貴女を許しません。
例えひっぱたいても、私が狩南様を引き戻します」
「………」
やはり笑顔を浮かべながら、彼女は最後にそう告げる。
私は俯く事で頷き、そのまま床だけを見つめた。
いや、私が顔をあげて何かを言おうとした時――ソレは起きたのだ。
「――何?」
「へ――っ?」
言語を絶する様な、心的圧迫感を感じて、私は思わず身構える。
イスカダルも当然の様に目を覚まし、彼は咄嗟にこう謳った。
「不味い!
動揺するな、狩南!
この殺気は――君から動揺の気配を引き出す為の物だ!」
だが、一歩遅い。
私は思わず心を乱し、反射的に臨戦態勢をとってしまう。
私が戦意を露わにした事で、敵もその気配に気づく。
《――やっと見つけた。
では――決戦といきましょうか、コーファイン》
途端――この新幹線に向かってナニカが襲来したのだ。
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