第11話 悪は去った
11 悪は去った
「――ハックション!」
場所は、来た事も無い街。
そこで何の脈絡もなく、私こと紫塚狩南はクシャミをする。
これは誰かが噂をしているなと惚けていると、イスカダルは此方を振り返った。
「で、何か気配は感じたかな?
それともこの辺りに、仲間は居そうにない?」
「………」
ぶっちゃけ、意味が分からない。
この人は、何で私にそんな事を訊いてくるのか?
私はまだ、普通の人間ですよ?
気配なんて不可解な物、感じる訳がないでしょう?
私の言い分だとそうなのだが、人波に沿って歩を進めるイスカダルは眉をひそめる。
「と、そういえば、まだ肝心な事を話していなかったか。
私とした事が、迂闊だったな。
三日ほど徹夜をした疲れが、今頃出てきた?」
「………」
益々意味が分からないが、この人が今元気じゃない事は理解出来た。
三日ほど徹夜って、昔の漫画家並みに酷い生活だ。
今でこそ休養をとる事を許されている漫画家だが、昔は酷かったと言う。
週刊連載を抱えている漫画家は、例え熱が出ようと三日間徹夜という事は当たり前だったから。
この非人道的な職場環境に匹敵する過酷さを、彼は己に課していると言う。
その理由が私には、どうにもわからない。
いや、僅かなあいだ惚けた後、私はその事に気付く。
「それって、一刻も早く仲間を集めてゲーテを出し抜く為?
あなたはゲーテより一人でも多く仲間を集めて、自分達の有利を確保する気なの?」
「ま、そういう事だ。
この戦争で一番重要なのは、集めた仲間の数。
更に言えば、序列が高い人間を先に見つけた方が有利になる」
「……序列?」
そう言えば、ゲーテと化した明比佐も序列がどうのと言っていた。
自分は序列一位で、イスカダルは二位だとか言っていた様な?
「つまり、この星の転生者には力の序列が存在している?
ダンティス側の序列一位がゲーテで――コーファイン側の序列二位がイスカダルって事?」
イスカダルの後に続く私が首を傾げると、彼は淡々と首肯する。
「ああ、そうだよ。
君は中々物わかりが良い。
序列のトップは皇女と皇太子で、その側近達には明確な序列が存在している。
一位から九位まで存在していて、五位から四位までの力の差はかなり大きい。
そういう意味では、狩南はまだ運がいい方だろう。
君を見つけたのが序列二位の私でなければ、君はゲーテに殺されていた筈だ。
それも、想像を絶する責め苦の果てに」
「………」
何かいま途轍もなく厭な事を言われた様な気がするが……これって私の勘違い?
「……それは要するに、序列二位のあなただからこそ序列一位のゲーテに対抗できたという事ね?
あなた以外の人が私を発見していたら、疾うにこの戦いは決着していた?」
……私の死と言う形で、幕を閉じていたと言うのか?
だとしたら実に救いが無い話だが、イスカダルはここでも頷く。
「そう言う事だ。
もし序列六位以下の人間が君を発見していたら、今のゲーテにさえ勝てなかっただろう。
君を守り切れずに、君ともども殺されていた筈だ。
加えて、最初に目覚めた敵が序列五位であるマルグ・トリアだったのも幸運だな。
序列五位である彼女では、今のゲーテに加勢しても私を脅かす存在にはなりえない。
それでも彼女がゲーテを見つけ出したのは、些か計算違いだったが」
「……んん?
そうなの?
それは何故?」
どうも思った以上に、彼等の人間関係は複雑らしい。
私はまだその一端しか、知り得ていない様なのだ。
……そういえば、私はコーファイン家とダンティス家が戦争をしている理由さえ知らない。
そもそもの原因を、私はまだ聞かされていないのだ。
けれど、私がソレを質問する前に、イスカダルは序列のルールについて話す。
「本来、仲間を見つける場合、捜索する側は序列が近い人間しか見つける事が出来ない。
例えば序列二位である私なら、一位と三位しかその気配を捉える事が出来ない訳だ。
ならば序列五位であるマルグは、四位か六位しか見つけられないのが道理だろ?
けれど彼女は序列一位であるゲーテを発見して復活させた。
恐らくだが、彼女は自身の寿命を削る事でこの序列ルールの書き換えを行ったのだろう。
かなりの反則技なので、マルグの寿命はそう長くはない筈だ」
「――はっ?
自分の寿命を削って――彼女は明比佐を見つけたって言うのっ?」
それは私の常識では異常な行為だったが、イスカダル達にとっては違っていた。
「ああ。
彼女としては、一刻も早くゲーテを見つけ出したかったのだろう。
ゲーテさえ見つければ、先ずは態勢が整う。
逆にゲーテ以外の人間を見つけても、コーファイン側がクリスタを見つければ不利になるだけだ。
マルグが一番恐れたのは、そういう状況だった訳だな。
だからこそ彼女は自身の寿命を削ってまで、ゲーテを見つけ出した。
だが、それでも狩南が思う程の損失にはなりえない。
何故なら私達は死んでも――また転生できるから」
「………」
そうだった。
ヒルビス人に死と言う概念はなく、死んでも転生できるのだ。
ソレを熟知しているからこそ、マルグ・トリアとやらは命を懸けたという事か――。
「だがこの戦略が吉と出るか凶と出るかは、まだ分からないな。
ゲーテは自身の復活と引き換えに、部下一人の死を約束されてしまった。
仮にマルグの死がこの戦争の途中で訪れるなら、敵側は味方を一人失う事になる。
それは、私達コーファイン側の有利に繋がる事だ。
マルグの不在は、それなりにダンティス側の不利に繋がる筈」
イスカダルは、確信がありそうに言う。
でも、それは少し矛盾を感じる発言だ。
彼は今のゲーテとマルグが協力しても自分は倒せないと言った。
なら、それだけの力しか持っていないマルグなら、例え退場してもそれほど意味は無いのでは?
戦況に動きは無いのではないか?
私としてはそう思うのだが、後にこれはとんだ誤解だったと思い知らされる事になる。
「と、話を戻そう。
つまり私はそのルールに則って、序列一位である君を発見した訳だ。
本来なら、これは非常に幸運な事と言える。
何せ何のデメリットも無く、私は皇女殿下を発見する事が出来たのだから」
「ええ、ええ、そうね。
私がこんなポンコツじゃなければ、あなたは諸手をあげて喜んでいたでしょう」
私が皮肉を口にすると、彼はその事には触れず話を続ける。
「で、ここからが君の役割についての話だが、序列一位は件のルールに縛られない。
コーファイン側の人間なら、序列に関係なく見つける事が出来る。
つまり君なら、誰であろうと発見出来る訳だ」
「――は、い?
私なら序列に関係なく――味方を見つけ出せる?」
だとすれば、マルグ・トリアがゲーテの復活を急いだ訳である。
序列一位が誰でも発見できるなら、これほど強力なファクターは無いのだから。
「……いえ、ちょっと待って。
それって言いかえれば、序列が低い人間も見つけてしまう可能性があるって事じゃ?
それとも、私は誰がどの序列かさえ知る事が出来る?」
飽くまでクールなイスカダルさんの答えは、こうだ。
「いや、ソレは無理。
君が危惧した通り、君は序列が低い人間を発見してしまう可能性がある。
……特に、序列八位を発見した場合は最悪だ。
八位では、七位か九位しか見つけ出せない。
そうなると、敵の運次第ではかなり困った事になる」
「……というか、それなら無難にイスカダルが捜索した方がよくない?
あなたはあと序列三位を見つけ出す力があるんだから、ここは三位を発見するべきでしょ?」
が、イスカダルは立ち止まりながら首を横に振る。
「いや、これがそう上手くいかないんだ。
一度発見の為の力を使った場合、発見した人間はもうその力は使えない。
私の発見の為の権利は、君を見つけた事で失われた。
ならば、後の事は全て君に託すしかないだろう?
幸い序列一位は、発見の権利を失わない。
三位を見つけようが九位を見つけようが、見つける権利は継続される。
ただ、先ほども言った通り八位を見つけるのだけは、勘弁願いたい。
それなら、まだ九位の方がマシだから」
「……んん?
それはもしかして、九位なら次に見つけられるのは八位か三位だから?」
「そういう事だ。
この場合九位が隣り合っている序列は、八位か三位になる。
本来なら一位である君だが、私と君は既に復活しているので、三位になるという訳だ。
そういう意味では序列最下位である九位も、逆転の力を秘めていると言えるな」
「………」
反対を言えば、七位や八位はただ序列が低いだけ、という事か。
余りにも酷いこの格差社会、どうにかならない物だろうか?
「――って、私、責任重大じゃない!
私がポカをすれば――コーファイン側は窮地に追い込まれるって事でしょっ?」
イスカダルは〝今頃気付いたか、このマヌケが〟みたいな顔つきになった。
「いや、それは君の被害妄想だ。
私は断じて、そんな失礼な事は思っていない」
「………」
本当だろうか?
この人、イケメンの割に何か胡散臭い感じがするんだよな。
「とにかくこれは運の様な物なので、君に責任は一切ない。
問題があるとすれば、別の事だ」
「……別の事?」
何だ?
この他にもまだ私達には、問題があるというのか?
一体何だと私が身構えていると、イスカダルは確かに今の深刻な状況を説明する。
「恐らく――我々はこれからマルグ・トリアの妨害工作を受ける事になる。
何故ならソレが――敵としては順当な戦略だから」
「――あ」
それだけ聴いただけで、私は彼が言っている意味を理解した。
「そう、か。
此方と違い、敵は二人とも戦闘員。
なら、戦力を分けて一方は仲間を捜し、一方は敵の妨害をするのが当然と言える。
マルグは仲間を見つける権利を失ったから仲間はゲーテが捜し、マルグは私達の妨害を図る。
……確かに理に適った作戦だわ。
その上――私達はこの戦法を使えない」
「そういう事だ。
今の一般人と変わらない君をおいて、私はゲーテの妨害は出来ない。
そんな真似をすれば、一人になった狩南はマルグに嬲り殺しにされる。
よって此方は二人で行動するしかなく、敵の妨害工作も二人で切り抜けなければならない」
「………」
つまり私達がマルグに発見されるのも、織り込み済みという事か。
イスカダルは、復活した敵側の人間の気配なら感知できる様だった。
マルグも同じ事が出来るなら、私達が行方を眩ませても、その内発見されてしまう?
「まず間違いなくそうなるだろう。
かといって、私達に人目を忍んで行動するという選択肢は無い。
こうして人ごみの中を歩かなければ、仲間を発見できる可能性は限りなく低くなるからだ。
そう言った枷がある以上、私達の行動は実に限られる」
「……成る程。
私達は今、本当に不利な状況にあるのね。
これは……本当に困った」
私では、打開策が思いつかない。
敵の動きが読めていると言うのに、その解決策が無い。
今の何の力もない私では、ただ仲間を見つける事に集中するしかないという訳か――?
「いや、そうとも限らない。
ここは発想を逆転させよう。
マルグが単身私達の邪魔をするというなら、これは彼女を倒す好機でもある。
上手くいけば、私達はダンティス側を各個撃破する事が出来るかもしれない。
そう考えれば、この状況もそれほど悪くないさ」
事もなく、イスカダルは言い切る。
それは己に自信がなければ、決して口に出来ない台詞だった。
その力強さが、無意識に俯いていた私の顔を上げさせる。
「……そっか。
そうね。
じゃあ、私達も役割分担といきましょう。
私は仲間を探す事に集中するから、イスカダルは敵を迎い討つ事に専念して。
私も、出来るだけ足手まといにならないよう気を付けるから」
いや。
私は気楽に口にしたが、それがどれほど困難な事か、まだ分かっていなかったのだ。
「了解した。
では、仲間捜しの続きといこう。
恐らく半径五キロ圏内まで近づけば、察知は出来る筈だ」
私は頷き――イスカダル・コーファインと共に歩を進めた。
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